第14話 女子同士の戦いは醜くも美しい 2
ピンポーン。
再びリビングの隅のドアホンが電子音を鳴らし、来客を告げました。
「誰よ、こんな時に……」
美也子は首を傾げました。
それからドアホンのそばまで行き、受話器を取りました。
流石にこんな時は、『銀河』が出るわけにも行きません。
「はい、天河ですが」
「……天宮ですけど、天河くんいらっしゃいますか?」
「えっ?」
穏やかで美しい声とその名前に、美也子は思わず顔を上げ、ドアホンの画面を見ました。
トレアリィとはまた違った、お嬢様らしい整った顔に長い黒髪を後頭部で綺麗にまとめた、背高の少女。
間違いありません。彼女は、銀河と美也子が通う私立秋津州学園高等部の同級生で、地元の名家天宮家のお嬢様である、天宮綾音です。
どうやら遊びに来たのか、用事があるのか、銀河の家にやってきたようです。
「天宮さん……? ちょっと、待ってて」
(もう、なんでこんな時にっ! 天宮さんとかが銀河んちに来るのよ!? また稽古の後でご飯食べに来たとか!? まったく、これだからあのスケベ男はっ!!)
内心のいらつきを隠しつつ、美也子は玄関まで行き、靴を履いて外に出ました。
門の向こうには、黒のコートで包んだ、天宮綾音の姿がありました。
肩には大きなスポーツバッグがかかっていました。彼女は格技系の部活に所属しており、この春に行われる大会に出場するため、学校で稽古中でした。
「天宮さん、どうしたのよ、こんな時間に……」
門を開けながら問いかけた美也子に、
「猫山さん、こんばんわ。今銀河とお客さんがいるのでしょう? その方々にお会いしたいの」
綾音は、白い息を吐きながらニッコリと答え、そのまま玄関へと向かいます。
「え……? なんで天宮さんがそれを知ってるのよ!?」
(──どういうこと!? 天宮さん、宇宙人がこの家に来ていること知っているの!?)
「天宮さん!?」
美也子は大きな声で問いかけながら、彼女のあとを追いかけました。
綾音は既に玄関を上がり、リビングへと入っていきます。
(──何故よ!? 何故天宮さんは!?)
美也子が追いついたとき、綾音は銀河の隣に並んでいました。
そしてトレアリィ達を見るなり、
「貴方達が、グライスのペリー王妃とトレアリィ王女、そしてそのホログラムメイドですね? 申し訳ありませんが、私達が、地球周辺に転送妨害波を張らせていただきましたわ」
いきなりそう言いました。
そしてそう言うと、黒いコートを脱ぎ、空いているソファの背もたれにかけ、スポーツバッグもそのソファに置きます。
私立秋津洲学園高等部の、紫と赤紫をベースにしたワンピースの制服に包まれた彼女の、身長百七十センチ以上ある背高の体は、格技をやっているだけがっしりとした体で、服の下から筋肉の盛り上がりが見えます。それでいて胸も大きく、美也子はともかく、トレアリィやペリー王妃よりも大きいほどでした。
それでいてその黒いアーモンド状の目に黒くきれいな髪を後頭部で丁寧にまとめた顔立ちは、トレアリィに負けないほどの整った顔立ちで、高貴さあふれるものでした。
それはともかく。
その言葉で部屋の空気がわずかに揺らぎます。
それを聞いた銀河(アキト)以外の四人は、
「どういうことですの……!?」
「貴女……!?」
「あんさんは一体……!?」
「天宮さん、なんでそんなこと知っているのよ!?」
一斉に言葉を返します。それに構わず、天宮綾音は、いや『彼女』はこう告げました。
「私はリブリティア星間帝国皇女。プリシア・フィメル・リブリティアでございます」
「えっ……!?」
「あ、貴女がプリシア皇女……?」
「この現地人が……、プリシア皇女はん……!?」
彼女の名乗りで、皆から発せられた空気のゆらぎが、さらに大きくなりました。
美也子は彼女に駆け寄ると、綾音のおでこに手を当てます。
熱で、頭がおかしくなったのではないかと思ったからです。
「プリシア……? リブリティア……? あっ、天宮さん、熱ない!? 大丈夫!? 風邪引いたとか!?」
『綾音』は手を払いのけながら、答えました。日常で挨拶するかのように。
「熱はありませんわよ。美也子さん。私はプリシアであり、また天宮綾音でもあるのです」
「な、なんかよくわからないわね……? どういうこと?」
「それは……」
その時です。
美也子を押しのけ、綾音、いや、プリシア姫に割って入る影が一つありました。
トレアリィ姫です。
「ほ、本当にプリシア姫!? あなたがかつてアキト皇子と共にどこかの星へ向かったきり、行方知れずだった、プリシア姫なの……!?」
「ええ、そうですよ。私がプリシアでございますよ。トレアリィ姫様。姿は違っても」
綾音、いや、プリシアの返事を聞くなり、トレアリィの周囲の空気、そして声色が突然変わりました。
その声は、お姫様と言うより、ギャルや女ヤンキーの切れた怒り声にも聞こえて。
「……なんであんたがこんなところにいやがるのですか!? プリシアっ!?」
彼女はお姫様とは思えない、狂犬病にかかった犬のような表情で叫びました。
「トレアリィ。あんたキャラ、変わりすぎっ!? ギャルかヤンキー!?」
美也子はそう突っ込みました。
それをよそ目に、綾音、いやプリシアはすました顔で答えます。
「さあ、なんでいるのでしょうね、かわいいギャル姫さん」
「この女っ……!」
トレアリィとプリシアは近づくと、お互いの息がかからんばかりの距離でにらみ合います。
まさに、醜くも美しい、女同士の戦いが勃発する寸前です。
睨み合う二人を見て、美也子はディディに向かって困り顔で質問しました。
「なんでこの二人、仲が悪いのよ……?」
「お二方は、実は上流階級が留学する学園ステーションの初等部で、犬猿の仲だったんでやんすよ……」
「そ、そうだったの……。この二人が、犬猿の仲……」
「アキト様をめぐっても激しく争っていたでやんすからねえ……。お二人は」
「なに他人事で語っているんですか! あんたの主人でしょう! 片方は!」
美也子とディディが、言い合っているその一方。
一連のやり取りを、銀河は相変わらず「見聞き」することしかできませんでした。
彼の気分は、まさに檻に囚われた動物のようです。
(一体、いつになったら自由になるんだろうか……?)
うんざりした気分でそう思った時でした。
〔ご主人さま……〕
銀河の頭のなかに、温かい声が聞こえてきました。トレアリィのテレパシーです。
〔あ。テレパシーでなら、君と話せるんだ〕
〔大丈夫でございますか銀河様、不具合とかは……?〕
〔いいや、いつものことだから慣れてるよ。それにしてもトレアリィ、綾音とはどんな関係だったの?〕
〔ああ、あの女ですかっ……。あいつはいっつもわたくしの邪魔をして……。あいつのせいで、わたくしはいつも、苦汁をなめさせられておりましたわっ。おかげでついた二つ名が『永遠の二番手トレアリィ』と……。くーっ〕
お姫様とは思えないほどの不良めいた言葉を聞いて、銀河の背筋が寒くなりました。
(……おお怖っ。女って男が絡むとこんなに怖くなるものなんだ……)
そんな心の中をさとられないように、銀河は彼女を落ち着かせるために言いました。
〔ま、まあ……。昔と今とじゃ、君は違うだろうからさ……。それより……〕
〔……どうなさいました? ご主人さま?〕
〔いい加減自由になりたいんだけどなあ……。アキトに体を奪われると、気絶するかただ見聞きするだけになるし……〕
〔ご主人さま、わたくしの端末を使いましょうか? もしかすると……〕
とその時でした。
銀河とトレアリィのテレパシーでの会話に、割り込む声が一つありました。
〔それなら、私の端末を使おうか?〕
〔アキト様!? わ、わたくし達の会話、お聞きになられていたのですか……〕
〔そりゃ、同じ脳を使っているからね。いくらでも読み取ることができるさ〕
アキトの言葉に、銀河の「背筋」に冷たいものが走りました。
一方、リビングでは『銀河』が、パジャマのポケットからスマホを取り出しました。
そして何事かつぶやくと、スマホの画面が変化しました。
地球上にはない文字が、画面に並んでいます。
アキトは心の中で銀河達に向け、陽気な声で言葉を続けます。
〔銀河、申し訳ないが、君のスマホとやらをちょっと改造させてもらった。今からこれに君の意識を移して、人格ホログラム化させる。これでよかろう?〕
〔これでよかろうって、言われても……、ってうわっ!?〕
次の瞬間、またもや銀河の意識は途絶えました。パソコンが終了するときのように。
〔ご主人さま!?〕
びっくりしたトレアリィが、ザウエニア皇子の方を見た時でした。
スマホのカメラから、白光が溢れました。その光は青白いクリスタルを形作ります。
これは「ナノクリスタルコア」と言い、ディディのクリスタルとほぼ同じものです。
そのナノクリスタルコアの光が、みるみるうちに大きくなり、空間に形を作り出します。
それは、人の形でした。発せられる白光は更に強まると、部屋一面を満たしました。
「なっ、なによこれ……!? ディディの時より更に強い……!?」
美也子は腕で顔を隠しながら、隙間からその様子を見ます。
そして、その光が収まると、そこには一人の人の形が立っていました。
そう、天河銀河、その人です。
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