第15話 女子同士の戦いは醜くも美しい 3
美也子は腕を下ろし、胸をなでおろしました。
「あーよかった! 一時はどうなることかとお……。ええーっ!? 銀河なんでこんな姿に!?」
彼の姿をはっきりと見た瞬間、彼女は、何よこれ!? という表情で一歩後ずさりました。
その顔は明らかに引きつっていました。まるで油虫の塊を見たかのように。
「ご主人さま!?」
「ぎ、銀河さん!? アキト様、ちょっとこれは!?」
トレアリィと綾音、いや、プリシアも、一歩後ずさりました。
ディディもペリー王妃も、顔をこわばらせています。
顔をひきつらせた彼女らの視線の先には……。
顔が銀河で、体が二本足で立っている猫の姿をした「人間」がいたのです!
「なっ、なんだこれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
復活した銀河は自分の手、それから体を見るなり、大声で絶叫しました。
「ちょっと!? アキト、何するのさ!?」
普段はおとなしい銀河も、声を張り上げてアキトに抗議します。
アキトは、大声で笑いました。TVバラエティに出ている三流芸人のように。
「ハハハハハ! ハハハハハ……。ここまで受けるとは思わなかったよ……」
「受けてるんじゃなくてドン引きしているのよっ!?」
美也子がアキトに近寄ると、思いっきり頭を叩こうとしました。
が、軽く躱すと、ローグの少年の声で、
「いいじゃん、人間の頭に猫の体って。こういうのにオタクは萌えるんだろう?」
「それは猫耳だよっ!? それに男にやってもキモいだけだから!? 早く元に戻してよ!?」
「どーしよっかなー?」
少年ローグのアキトは、考える素振りをして首をひねりました。
その不愉快な仕草に、銀河の思考回路は怒りで真っ赤に染まります。
「あんた、いい気になりやがって……!」
そして、猫の手の拳を固め、殴りかかろうとしました。
しかし。その時、激しい頭痛が銀河を襲いました。
「グワーッ!! qうぇrちゅいおおp@あsdfghjkl;:ー!!」
「どうしたの銀河!?」
「ご主人さま!?」
「銀河君!?」
頭を抱えてうずくまった銀河に、美也子とトレアリィ、綾音が駆け寄ります。
アキトはその様子を見下ろし、モンク人格の顔と声で告げました。氷を吐くように。
「おおっと、お前の体は俺の制御下にあるからな。ちょっとでも逆らったらこうだぞ?」
「ぐ、ぐっ……!」
「アキト様、非道はおやめください! 私の中の綾音も困っています!」
プリシアは見上げてアキトを見るなり、きっ、と睨みつけました。
その目には、言葉の剣で貫くような何かが宿っていました。
アキトも、何だその目は、という表情で睨み返します。
しばらく二人はそのまま睨み合っていましたが、アキトは何かを手放した様子で、
「……お
と言うなり、顔が変化し、あの高潔な顔のアキトに戻りました。
と同時に、猫人間の銀河は再び光に包まれました。
そして彼は、私立秋津洲学園の、紫を基調としたブレザーの制服姿になりました。
アキト=コアルは、銀河を立ち上がらせながら、
「私の一人格が悪さをしてしまったようだ。申し訳ない。大丈夫か、銀河君?」
と詫びましたが、銀河は一瞬鋭い目つきで睨みつけると、
「あ、ああ、いいよ。もう……」
彼の手を振り払うと、リビングのソファの一つに力なく座りました。
銀河はうつむき、歯を強くかみしめていました。
(いつの間にか、自分の頭の中に勝手に入ってきた異星人に自分の体を奪われるなんて。いつか、体を奪い返してあいつに仕返ししてやる。絶対に。絶対にだ)
その様子を見るなり、プリシアは大事なものを捨ててしまったというような表情になり、 それからトレアリィ達に、深くお辞儀をしました。
「申し訳ありません……。わたくしの
「あいつのせいで銀河が死にかけたのよ! どうしてくれるのよ!」
「プリシア! 今度こういうことあったら、アキト様もあなたも許さないからね!」
平謝りのプリシアに、二人は猛烈な勢いで詰め寄りました。
二人の息が、プリシアの顔にかかるほどの近さです。空気が燃えるほど温まります。
一歩間違えれば、そのまま殴り合いが始まりそうな緊迫感です。
その張り詰めた空気を破ったのは、
「ミャーコ、トレアリィ、そこらへんにしないか。綾音も謝っているし……」
ソファに座ったまま顔を弱々しく上げた、制服姿の銀河でした。
その目は薄暗く、黒い炎をたたえていました。二人は顔を見合わせて黙りました。
「銀河……」
「ご主人さま……」
少年の言葉に、二人は黒いコートを着た、綾音の姿の異星人のお姫様から離れます。
銀河は彼女らの争いにも疲れていました。そもそもそんな場合ではありませんでしたが。
「わかったわよ、銀河が言うなら……」
「はい、ご主人さま……」
二人はそう答えると、空いているソファに座りました。
彼女らの顔には、収まりきらないものがありありと浮かんでいました。
そんな一同を、舞台上から観客を見渡すような顔で見た銀河……、いや、アキトは、
「役者が揃ったな」
そう言うと、手元の端末を操作しました。
するとどうでしょうか!
窓の外に光の壁が現れました。
一瞬、電気が消え、光は白光の壁のみになりました。
そして、光の壁が消えると……。
景色は一変していました。空には灰色の天井がありました。
周りには家やビルなどがありましたが、どことなく地球のそれとは雰囲気が違います。
光の壁が消えきると同時に、家の明かりが再び灯りました。
「ここは……」
美也子は窓のそばに駆け寄ると、あたりを見渡しました。
その問いに、綾音(プリシア)はいつもそれを話しているような口調で答えます。
「ザウエニア皇国<レグロス>級可変宇宙戦闘空母<シャルンゼナウ>の艦内街よ。アキト様と私は、これに乗って地球までやってきたのです」
「レグロス級……。シャルンゼナウ……」
美也子は何もかもわからず、とりあえずつぶやきました。
理解できないという風に、美也子は自分の席に戻りながら問いを続けます。
「でも、こんなもの、地球のどこに隠しておけるというのよ……」
「海の中よ。しかも大陸棚よりも深いところ。さらに遮蔽やアクティブステルスもかけてあるから、地球のテクノロジー程度では、今まで見つけられなかったのよ」
「海の中!? ここ、海の中なんですか!? 水圧は!?」
「情報改変で支えているから大丈夫よ」
「なんてでたらめな……」
「でだ」
そんなやり取りに割って入り、アキトはすこしきつめの声色で言いました。
「これより艦を発進させる。ちょっと揺れるかもしれないがそこのところは勘弁してくれ」
そのときテレビのスピーカーから、命令が響きました。
滑らかな合成音声です。おそらくは艦を操るアンドロイドかAIなのでしょう。
「艦内各部最終チェック終了したか」
「航宙確認。航宙準備よし」
「機関確認。機関準備よし」
「砲術確認。砲術準備よし」
「宙雷確認。宙雷準備よし」
「艦載確認。艦載準備よし」
「よし、行くぞ」
各AIの報告を聞き、艦長AIは命じました。
「機関本格始動」
「機関本格始動。術式融合エンジン作動良好」
「重力スラスタ作動。傾斜復元、船体起こせ」
その命令とともに、足元から軽い振動がして、傾いていた床が水平に戻っていくのを、銀河は感じました。
「傾斜復元終了しました」
「よし、征こう。<シャルンゼナウ>発進」
アキトのその言葉は、意外にも、どことなく力の抜けたソーダのようにも思えました。
しかしそれに反して、足元下から響く振動はさらに大きくなり、ごすん、という揺れがしたかと思うと、電車が動き出すような感覚に襲われました。艦が動き出したのです。
先ほどは、右から左へと傾いているような感じでしたが、今度は前から後ろへと傾いているような感覚です。
「これって……」
「海中を上昇しているのさ。海から出たら、空へと上がるぞ」
アキトは楽しげに笑いました。それから少しまじめな声色になって、警告しました。
「海を出たら敵の攻撃があるからな。気を付けたほうがいい」
「敵?」
「わたくし達のことです」トレアリィが代わりに答えます。
「この星の衛星付近、あるいは惑星軌道上に待機している艦隊よ」
「戦いは避けられないってことか……」
銀河は、息を飲み込みました。そして目の前の大きなテレビをまっすぐに見つめます。
「海面まで五〇」
合成音声が艦内に響き渡りました。テレビにも様々な文字や数値が表示されます。
それは銀河や美也子にとって、見たことがない文字や数字でした。
「さあ、上がるぞ。まったく、期待してしまうよ」
そう言って、アキトは笑いを大きくしました。
それに対し銀河は、それどころじゃないだろ、という顔で彼を見つめるのでした。
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