第13話 女子同士の戦いは醜くも美しい 1
第二話:女子同士の戦いは醜くも美しい
日も暮れ、黒い夜の街の姿が窓から見える、天河家の広々としたリビング。
そこにいる誰もが口を開こうとしませんでした。窓から見える景色はとても静かでした。
沈黙している理由。それは、天河銀河その人にありました。
正確に言うと、天河銀河の姿をした、何者かです。
異星人、トレアリィ王女のストーカー、イズーの攻撃を受けて倒れた彼でしたが。
突如として起き上がり、彼が知らないはずの術法で彼女を倒したのです。
一体彼は、何者なのか。
美也子も、トレアリィも、ディディも、ペリー王妃も、迷子のような顔をしていました。
そして、ようやくのことで口を開いたのは……、美也子です。
「あんた、銀河と名乗っているけど、本当はそうじゃないでしょ! 一体何者なの!?」
「……いいだろう」
その問いかけに、銀河はにやりと笑い、大きく首を縦に振りました。
そして、答えました。新時代の幕開けを告げるような声で。
「……俺は、ザウエニア星間連合皇国皇子。アキト・メル・ザウエニアだよ」
「あ、アキト皇子……!? ほ、本当なのですか? 本当に、アキト皇子なのですか!?」
「どういうことなのよ……。まったく」
トレアリィと美也子は、お互い顔を見合わせました。それぞれ別の顔で。
「『私』は一人だけではないぞ《・・・・・・・・・》?」
「えっ!?」
『銀河』は顔を伏せました。
そして顔を上げた時、『銀河』の風貌はすぐ前までのそれとは全く違っていました。
その顔は、まるでいくつもの戦場を渡り歩いた戦士のようでした。
姿勢も、しっかりとしたものになっています。
「よう。我は戦士のファイタル。いくさばで活躍する戦士の人格だ。よろしく」
「なんか声もちょっと変わった!? 別人みたい!?」
それから急に、姿勢が変わりました。
そのさまは、まるで老人のようです。
「やぁ。儂は術法使い《メイジ》の人格、ウィズルじゃ。こうして……。術法が使えるのじゃよ」
と、目の前の『銀河』は言うと片手のひらを空け、何事かを唱えました。
すると、手のひらの上で炎が灯りました。術法(魔法)の炎です。
まさに魔法の初歩、お約束です。
「うわーっ、今度は銀河が魔法使いに!?」
そして次の瞬間には、まるでいたずら好きの子供のような、顔立ちと身のこなしが軽そうな姿勢になりました。
そして、これまた銀河とは違った、軽い少年の声で言いました。
「やあ、おいらは『
「口調がさらに変わった!? 体格や身のこなしも違って見える!? 本当に違う人格なの!?」
次々と変わる銀河の姿に、美也子はびっくり仰天です。
そんな美也子の姿を、『銀河』は高い塔から見下ろすように見ていました。
そして最後に、『銀河』の口調は、大人めいた落ち着いた口調に切り替わりました。
「私こそが、ザウエニア星間連合皇国皇子にして、人格使い。アキト・メル・コアル・ザウエニアです。どうぞお見知りおきを」
「……アキト様だ! 本物のアキト様だ!」
その言葉遣いを聞くなり、トレアリィは小躍りして嬉しそうな声を上げました。
知人を、いや、愛しい人を見つけたような顔です。
そして『アキト』は、またさっきの荒々しい人格に戻ります。
「オレは『直接戦闘用人格』の一つで、コアルは指揮・儀礼用の人格というわけだな。他にも細かく違う数十種類の人格を取り揃えているぜ?」
「へー」
美也子は、心の底から同意していない、というような顔と声で言うと、
「でもローグとかメイジとかって何よ!? まるっきりRPGじゃない!?」
そう突っ込みました。
『アキト』は、乾いた笑いを上げ、
「まあ、当たらずといえども遠からず、ってとこだな」
と、軽く返しました。
「正確には、これらの「人格」は<
そこへディディが、先生のような口調で、横から入って言いました。
「普通、
「ま、まあ、アイドルにも畑を耕したり、島を開拓したりするのがいるぐらいだし……」
「あと、これらの
『アキト』が口を挟むと、手持ち無沙汰そうに手をぶらぶらさせました。
「シャード・フェデニア、特にザウエニアでは、数えきれないほどの職能が存在しているでやんす。その中には、軍人向け、商売人向け、政治家・役人向けなどといった、それぞれの職業にあった職能も存在していて、ザウエニアの社会を形作っているでやんす。ま、そんな感じでやんすね」
「……でも、そんなに多くてどこに違いがあるのよ……? というか人間、人格なんて一つで十分じゃない?」
美也子の問いを聞くなり、『銀河』の態度がまた礼儀正しい物に戻りました。
どうやら、本来のアキト(コアル)の人格のようです。
「君達だって、誰かの前では大人しくしていて、誰かの前では活発だったりするとか、そういうことがあるだろう? それと同じだよ」
「……そう言われても、理解したくないわね!」
「だが、学び舎での私達の振る舞いで慣れているのでは?」
「変貌はよく見てるけど、理由がわからなければただのおかしな人よ! まあクラスの女子に囲まれている銀河と、小等部の女子をジーっと見ている銀河は、まるで別人みたいだとは思ってましたけど!?」
「これでよくお分かりになられたかな?」
「ええよくわかったわよ! わかりすぎるぐらいに!」
美也子は、やけくそのような声で返しました。
まあまあ落ち着きなさい、とアキトは笑い声を上げました。
その響きに、美也子は傷に触れられたような顔つきをしたあと、何かを思い出した顔へと変わり、疑問を口にします。もっとも、聞きたかったことです。
「それはそうとあんた達、銀河にどうやって乗り移っているのよ……?」
「私達は、現地人にまぎれて生活するために、意識を現地人の脳に<マインド・インストール>していたわけだな」
「マインドインストール?」
「ザウエニア人の高級種族に伝わる儀式魔術でやんす。自分の意識を他人の脳に移動させて、保管する儀式霊魂魔法でやんす。本来は寿命を迎えた魔術師などが、クローンなどの他の体を用意して移動させるでやんすが、このように生きている人間の脳にも移動できるでやんす」
「へえ……、ってそれひどくない!?」
ディディの言葉に、美也子は目を丸くしながら、質問を続けます。
「でも、人間の脳の中にそれほど多くの人格を入れさせることができるの? 頭がパンクしそうだけど……」
「そこは、私の
「銀河、いやアキト。なるほどね。うーん、便利というか、気持ち悪いというか……」
「そこが我々と君達との違いだな。便利だぞ。人格が自由自在に取り替えられるのは」
「そうかしら……?」
首をひねると、美也子はトレアリィの方を向き、言いました。疑問が増えたからです。
「というか、トレアリィ姫様。なんであなた銀河の秘密知らなかったのよ?」
「アキト様と一緒にいたのは、わたくしが初等部の時までですし……。中等部からは別々でしたので……」
「そうなのね……」
(ちょっと他人のことを知らなすぎというか……。ま、いいけど)
美也子は心のなかでため息をつくと、再び銀河、いや、アキトの方へと顔を向けました。
「理由はわかったわ。銀河がモテモテになったのは、あなた達のせいね!?」
「いや、宿主がモテるのは、もともとのようだが……?」
アキトは美也子の問いに、首を横に振りました。
それがあまりにもはっきりしていたので、美也子はさらにムキになって問いかけます。
「……あのね。そもそもあんた達が宿らなければ、銀河はモテモテにならなかったと思うんんですけど!?」
「そんなに力説して、さてはこの宿主のことが好きなのかな? ハニー?」
「そそそそんなわけないわよっ!!」
「図星のようだね? 顔を真赤にしたところからして。ハニー」
「ハニーハニーって、私は蜂蜜じゃなーいー!! ミツバチじゃなーいー!!」
美也子は、腕を何度も縦に振りました。
アキトは、それを見てははは、と笑いました。
美也子はさらに声の大きさを上げます。リビングのガラスが震えたとも思えるほどに。
「そ・れ・に! とっとと早く銀河の体から出ていきなさいよ!」
「ご生憎様。私はこの体が気に入っている。それに、地球人の体で活動するのが、地球で活動するには一番適しているのでね。あるいは、君と戯れるのにも適しているから、と言った方が正しいかな?」
「そ、そんなこと言っても無駄だからね!?」
「ほら。顔がもっと赤くなっているぞ?」
「じ、冗談じゃないわよ!!」
「ははっ、美也子君は本当に可愛いなあ」
アキトが美也子をいじって遊んでいた時。
本来の肉体の持ち主である、銀河といえば、頭のなかで「見聞き」していました。
見聞きしている、といえば、聞こえはいいのですが。
見えるものは見え、聞けるものは聞け、感じるものは感じるのに。
しゃべることもできず、動くこともできない。
まるで、金縛りにあったかのような。
まるで、体という薄い壁を一枚隔てた、牢屋の中にいるような。
そんな感覚で、すべてを見聞きしていました。
銀河はあの日から、答えを探していました。
頭のなかにいる、アキトが何者なのかを。
彼は事あることに、アキトに話しかけたりしていました。
けれども、アキトは自分の正体に関して、決して答えようとしなかったのです。
しかし、これですべてがはっきりしました。
(そういうことだったのか……。僕の中には異星人の皇子様がいたのか……。それがアキトで、他の人格もアキトの一部と……。なるほど、これで合点がいったぞ。でも、なんで僕に……)
銀河がそう思った、その時でした。
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