第10話 風呂場でご主人さまと僕に囁いている 10

「待てよ、こらぁ……!」

 廊下の向こうから、力強く引き止める声が一つ響き渡りました。

 その声を聞き、イズーとトレアリィは、同時に視線をそちらの方へと向けます。

 そこには再び力強く、立ち上がる地球人の姿がありました。ヒーローのように。

 銀河が、復活したのです……!

「銀河……!?」

「ご主人さま……!?」

 リビングの入り口と玄関先から、驚きと喜びの声がしました。

 イズーは信じられないという顔で、仁王立ちした少年へと問いかけます。

「貴様……、一体何者だ!?」

 パジャマの真ん中が大きく黒焦げ、髪が逆立った銀河は不敵に笑いました。

 そして、先程とは違った荒々しい声で叫びました。

「俺が《・・》……、トレアリィのご主人さまさ!」

 その変貌ぶりを見て、イズーの表情が突然凍りつきました。

「ま、まさか!? い、いかんこれは逃げないと!!」

 そう叫ぶと、左腕にはめた腕時計のようなものに何か言おうとしましたが、

「逃がさねぇぇぇぜ!!」

『銀河』はそう叫ぶと、一つ床に足を叩きつけ疾走開始!

 同時に、右足裏に赤い魔法陣が輝き、炎となって足を包むではありませんか!

「ぬうぉぉぉぉぉぉ!!」

 そして『銀河』はトレアリィの前でジャンプし、彼女を飛び越えると……。

「喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 彼のキックがイズーの体に直撃。炎のパワーと跳び蹴りの全荷重が、イズーの体に全てのしかかります! 二人の体が炎に包まれたようにも見える勢いです!

「なんですのグボあぁ!?」

 イズーの体は軽々と吹き飛ばされ、玄関のドアに直撃しました。

 直撃した勢いでドアが開き、イズーと『銀河』は玄関先の駐車場まで直行!

 イズーはそのまま、駐車場のブロック塀へと直撃!

 一方『銀河』は、蹴りの反動で再度跳躍すると月面宙返りを決め、地面へと華麗に着地!

 なんという業前でしょうか!

 その轟音を聞いた美也子は、玄関の外へと慌てて裸足で飛び出します。

 ブロック塀にめり込んだイズーは、かろうじて首を上げ、

「な、なんて強さなの……。わ、私、あ、あなたに、ほ、ほれ……」

 と言い残して崩れ落ち、そのまま動かなくなりました。

「大丈夫かな……? 死んだ……?」

「大丈夫です。気絶しているだけですよ。美也子さま」

 イズーの戒めから開放されたトレアリィは、美也子の傍へ行くと、ぴくりとも動かないイズーを見つめていました。その視線は、外惑星の衛星にある氷河のようでした。

 その時美也子は気が付きました。イズーの「服」が、黒焦げて破れていることに。

 そして、彼女の《・・・》胸に、二つの大きな膨らみがあることにも。

「この子、女の子だったの……」

「はい。『彼女』、男装の子だったんです……。彼女、自分よりも強い人が好きという主義らしく、わたくしが学園で格技で対戦して勝って以来、恋心をいだいたようで……」

「なあるほどねえ……」

 美也子は納得した様子でうなずきました。

「やれやれ、あの程度の術法攻撃でも、再起動には時間がかかるでやんすね。これはアップグレードしてもらわないとでやんす」

 その時、今や聞きなれた声が背中から飛んできたので、三人が振り向くと。

 ディディが、少し困った笑い顔で歩いてきました。

 先程受けたダメージが感じられないほど、ピンピンした様子です。

「ディディ……」

「貴様、大丈夫だったか」

「よかった、あんたも無事だったのね」

「あっしは思っているほどポンコツではないでやんすよ。たしかに旧式でやんすが」

「そんなこと思ってないわよ!?」

「まあ落ち着け、美也子君」

 ディディは美也子の抗議を受け流し、

「さて、この男装ストーカーを家に入れるでやんす。放置しておくとあとあと面倒でやんすからね」

 と言うと、イズーの方に手をかざし、手から放射状の青い光線を放射しました。

 その光線がイズーの体を、空中へと持ち上がります。

 まるでフォークリフトがそこにあるかのように、軽々と。

「これは何よ?」

「トラクタービームでやんす。重力子ビームで物を押したり持ち上げたり引っ張ったりする光線でやんすね。元々は宇宙船の装備でやんすが、ナノマシンによる小型化により人工生命体でも使えるようになったでやんす」

「へぇ〜、便利ねぇ〜」

「さて、家に入るでやんす」

「俺がドアを閉めよう。……これでよし、と」

 四人は、リビングへと戻りました。

 トラクタービームで運ばれたイズーは、先程までトレアリィが座っていたソファに座らされました。

 手には、ディディが作り出したナノマテリアル──微小人工物質製の手錠を掛けられています。手錠は鉄のように冷たく輝き、手首に食い込んでいます。

「またあんな目に合うのも何でやんすから、アップデートするでやんすかね。……更新っ」

 ディディの姿が一度消え、しばらく経ってからまた現れました。

 どうやら、アップデートはすぐに終わったようです。

「さっ更新したでやんすよ。どうでやんすかあっしの姿は? 惚れ惚れするでやんす?」

「全然変わってないけど……?」

「変わってないですわね……」

「変わってないな」

「そっ、そうでやんすか……」

 三人からダメ出しを喰らい、ディディはお預けを食らった犬のような表情をしました。

 それから美也子は、気絶している男装レズストーカー異星人の方を見やって言いました。

 その表情はちょっと心配そうです。

「彼女、どうなの……」

「案外ダメージは少ないでやんすから、すぐに目覚めるでやんすよ。それにしても……」

 そう言って、ディディは『銀河』の方を見やりました。

(──あれはたしかに、ザウエニアの魔法格闘家モンクの炎の蹴撃術だったでやんす。たしかにテレパシストであるでやんすが、ただの現地人のはずである銀河はんが、あの技を使えるわけがないでやんす! しかし……)

 そこまで思考しつつ、先程調査した銀河の脳に関するデータを見なおそうとした時でした。

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