第9話 風呂場でご主人さまと僕に囁いている 9

(──危ねえ!)

 テレパシーやコミュニケーターとは違う、誰かの警告が銀河の頭の中で飛びました。

 その瞬間、

「んなわけあるかぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 イズーはそのまま一回転し、その勢いで、右腕を銀河に突きつけました。

 右腕の揃えた指先には、青白い魔法陣の光が輝いていました。そして──。

 魔法陣は、一条の電撃の矢に変化して鋭く飛び、銀河を貫きました!

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 銀河は宙を飛び、猛烈な勢いで廊下の突き当たりへと飛んでいき……。

 壁に叩きつけられました! 鈍い音が、家中に響き渡ります!

「ご主人さま!!」

「銀河!?」

 トレアリィ達が慌てて廊下に出ると、廊下の向こう側で銀河が倒れていました。

 指一つ、動きません。

「ご主人さま!!」

 トレアリィは、悲鳴をあげ銀河のもとに駆け寄ります。跳ねる子鹿のように。

「ご主人さま……!」

 彼女がしゃがんで呼びかけても、銀河はまったく動きません。息一つありません。

 銀河の体に触ろうとしたトレアリィは、玄関の方から気配を感じました。

 見るとイズーが右腕を差し出し、手のひらで魔法陣を輝かせています。

 その顔は、怒りを通り越して無表情そのものでした。

「トレアリィ、どいてくれ。こいつにトドメを刺す」

 そう言いながら、イズーは腕に力を込めます。

「いいえ、どきません……!」

 それに対しトレアリィは、銀河とイズーの間に立ちふさがりました。

 その顔はこわばっています。

「トレアリィ……!」

 玄関先と廊下の途中で、二人はにらみ合いました。

 撃つものなら撃ってみなさい、と顔で語る険しい表情のトレアリィに。

 お前を撃つわけにはいかないんだ。と言うように、イズーは顔をしかめました。

 しばらく無言の二人でしたが、

「わかった──」

 イズーはそう言いながら、右腕をゆっくりと下ろしました。

 イズーの動作を見て、トレアリィが、顔を緩めたその時でした。

「こうさせてもらう!」

 イズーの鋭い声と共に、銀河を貫いたのとは別の光が、彼女の体にまとわりつきます。

「きゃっ!?」

 動けなくなったトレアリィが振り向いた光の先は、イズーの左腕につながっていました。

「さあ帰ろう。トレアリィ。そして私と一緒に暮らそう。君は強い。君と私、強いもので一緒に暮らそう」

 イズーは左手の指を動かし、トレアリィを引き寄せます。

 が、彼女は身をよじらせ必死に抵抗しました。

「嫌です……! あなたと一緒にいたくありません!」

「何故!? 私はこんなに君を愛しているのに……」

 イズーは、困惑した顔でトレアリィに問いかけます。

 彼女は強い口調で、

「わたくしは、貴方のことが、大っ嫌いです……!!」

 イズーに答えを突きつけました。

 イズーの顔は、真っ赤になりましたが、しかしひるまず、

「……なら、私のことを好きにしてみせる!!」

 そう叫ぶと、指をさらに動かしました。

 トレアリィを縛り付ける光が強くなり、トレアリィに電気ショックを与えます!

「あああああああ!!」

 トレアリィは、悲鳴をあげ、廊下に倒れこみます。

 彼女の悲鳴を聞いた美也子は、怒りに我を忘れ、

「あんた、歪んでるわ……! 銀河の方がずっとマシ!!」

 思わず、リビングからイズーに突進しようとします。

 が、ディディにつかまれると、リビングの中程へと引き戻されました。

「やめるでやんす! あやつの術法で、銀河はんみたいになりたいですか!!」

「術法……!?」

「そうでやんす! トレアリィを縛り付けているのも、ザウエニアの術法でやんす! あの電撃の矢に当たったら、普通の人間はひとたまりもないでやんす!!」

「ほう、グライスの侍女はさすがに賢いな。さてトレアリィに愛を教えてあげるとしよう」

 イズーはそう言って左指をさらに動かし、動けないトレアリィを引っ張ろうとしました。

 その時!

「だから……。人工生命体のあっしが、何とかするでやんす!!」

 ディディはそう叫ぶと美也子を放し、イズーへと突進していきます!

 まるで猛牛のように!

 しかし、イズーは冷静に右腕をディディの方に突き出すと、

「……やっぱり愚かだったか」

 もう一度右手で魔法陣を形作ると、再び電撃の矢が飛び、ディディの体に直撃!

 ディディの体に、青白い電撃が幾筋も走ります!

「qうぇryついおp@!!」

 悲鳴ともノイズともつかない音と共に、ディディの体は跡形もなく消滅しました。

 そしてその場に小さく青いクリスタルが、音もなくその場に転がり落ちました。

 電池が切れたおもちゃのヘリコプターのように。

「バカメイド……! あんた何やってんのよ!?」

 美也子の叫びに、何も答えはなく、そこにはただ静寂のみ。

 その間にもトレアリィの体が少しずつ、イズーのもとに近づいてきます。

(──彼女を助けられたら……。でも、あたしじゃ、なにもできない……)

 美也子は、リビングで無力な自分に、歯噛みしていました。

(──でも、まだ生きているよね!? こんなことでくたばる、銀河じゃないよね!?)

 そんな祈りを、抱えて。

(──生きているなら、返事をして)

 一方トレアリィも、引きずられつつ、倒れている銀河の方に顔を向けていました。

(──ご主人さま、起きてください。起きて戦ってください。ご主人さま、わたくしを助けてください……!!)

 まだ彼は生きている。起き上がって、戦ってくれる。そんなごく僅かな、望みを託して。

 トレアリィと美也子は、同時に叫びました。

「……ご主人さま!!」

「……銀河!!」

 二人の叫びにも、イズーは悠然と、

「無知で無謀で無力な未開人に、何を言っても無駄だけどね」

 そうあざけ笑いました。そしてアンカーでトレアリィを引き寄せたのを確認すると、

「さて、艦に帰るか。転送しよう」

 満足げにつぶやいた、その時です!

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