第8話 風呂場でご主人さまと僕に囁いている 8


「トレアリィ、帰ろう。私と一緒にステーションシップへ」

 イズーが、銀河の家の中へと上がろうとした時でした。

 が、その前に地球人の少年が、イズーの前に立ちふさがりました。

「……嘘つけ。トレアリィは君に追われて逃げてきたと言っているぞ」

「それは違う。トレアリィは宇宙船を操縦中に宇宙船のトラブルでこの星に不時着しただけだ。私は彼女に助けを求められ、助けようと後を追っていた。それだけさ」

 その弁明に、銀河は全く怯みません。

「全て君の嘘だけどね」

 少年の鋭い一言に、イズーの右の眉毛がわずかに動きました。

 構わず、銀河は主張を続けます。

「もしそうだとしても、彼女にはディディがいる。僕に出会わずとも、宇宙船の中で助けを待っていてもよかった。でも、僕を呼び、僕のもとに向かった。……これがどういう事か、わかる?」

「……?」

 イズーは顔を傾けました。一体、どういう事なのか、と。

「それはだね」

 その顔に、銀河は右の人差し指を突き付けました!

「彼女は、僕のことを好きだってということだ!」

「なん、だって……!?」

 銀河の答えを聞いた瞬間、イズーは絶句し、顔が、見る見る間に紅潮していきます。

「違う、それは違う! こんな未開の惑星の人類であるお前を、トレアリィが好きなはずがない! 彼女は、私と付き合っている! それが事実だ!!」

「そうかな……?」

 銀河は人差し指を突き立てたまま、語句を強めます。

「君のことが好きであれば、付き合っているなら、事故が起きた際、すぐに君の元へ転送するはずだよ」

 銀河は一息つくと、唇のはしを歪めました。そして続けます。

「けれど、彼女はそれをせずに地球に逃れ、僕の元へ転送した。その事実だけでも君は彼女に愛されてない。……そうだろ? それに引き換え!」

 銀河の強い言葉が玄関中に響き渡り、トレアリィ達がいるリビングへと届きます。

 トレアリィは目を閉じ、安堵の表情で彼の言葉を聞いています。

 対する美也子は、呆れと不安が入り混じったような表情をしていました。

「僕は彼女に愛されている! トレアリィが僕を呼び、僕はそれに応じた! 僕と彼女は心と心でつながっている! 君は呼ばれなかった! ……それだけでも、僕と君の違いがわかるだろ?」

「わからない……。この未開人の言うことが全くわからない!」

 イズーはかぶりを振りました。

 そこで銀河はいつもの口調に戻り、ある問いを投げかけます。

「そう言えば、なんで君は僕の言葉がわかるの? コミュニケーターを使っているの?」

「ああ……」

 その問いでイズーも我に返ると、揺るぎない声で答えます。

「トレアリィが持っていた端末から漏出していた量子波や電磁波などを、私のコミュニケータで読み取って、この未開惑星の言語を通訳できるようにしたのさ」

「なるほどねぇ……。ってディディ!?」

 銀河は、鋭い声を上げてリビングの方を向きました。

 トレアリィと美也子の視線が、メイド姿のホログラムへと集中します。

〔あっしから漏れ出てたのをトレースしてたでやんすかー! しまったでやんすー!!〕

〔あんたって……、結構ドジね……〕

〔言わんといてくれや、美也子はん……〕

〔ディディ、給料一週間分カットです〕

〔うう、でやんす……〕

〔ホログラムにも、給料あったんだ……〕

 銀河は、はぁ、とため息を付くと、視線を目の前のストーカーへと戻しました。

(さて、また格好つけよう。これはトレアリィを守るために必要なんだ。ちょっとぐらい大げさな程度でいいよね?)

 そう思うと、口調も先ほどの口調へと戻ります。芝居の続きです。

「話続けようか。イズーとか言ったね? 君は、トレアリィのことがなぜ好きなんだい?」

 イズーは少しむっとしました。けれども丁寧に答えます。

 丁寧さが巡り巡って、莫迦にしているような口調です。

「それは銀河中から生徒が集まる学園ステーションで、体育の格技の時間、彼女が私に勝ったからだ。彼女は強い。だから私は彼女のことが好きなのだ」

「それで『好きになった』ねぇ……。まあ、そういう惚れ方はよくあることだから、それはそれでいいけど。ねえ、ちょっと聞くけどさ?」

「なんだ?」

「そちらの星の結婚制度ってどんななのさ?」

「ああ……。一夫多妻制、一妻多夫制、両方共あるが? けれども、私はトレアリィだけを愛しているがね? 私は他の凡人とは違うのだ」

 銀河の問いに、イズーは答えました。太陽は明るいだろ、というように。

 その答えに、銀河は微笑すると、片手でイズーの肩を叩きました。

「わかったよ……。あんた、一人の女で満足する程度の男なんだな」

「!?」

 イズーは訳がわからない、という顔をしました。一足す一は十、と答えられたような顔です。

「……どういうことだ!?」

 銀河はその言葉を待っていたように、大きく息を吸い込み、そして……。

「……僕は、いろんな女の子から愛されている。巨乳から愛されている、貧乳から愛されている。背高から愛されている、おちびな子から愛されている。長髪の女から愛されている、短髪の女から愛されている。メガネの子から愛されている、コンタクトの子から愛されている。 ストレートの子から愛されている、三つ編みの子から愛されている。お金持ちの子から愛されている、貧乏の子から愛されている。スポーツ少女から愛されている、文学少女から愛されている。優しい女から愛されている、気が強い女から愛されている。……そんな彼女達を、僕はみんな好きだ!」

 一気にまくし立てました!

 銀河の言葉に、イズーはただ呆然とした顔を見せるばかり。

 その顔は、ガリレオ・ガリレイの地動説を聞いた、異端審問官のようにも見えます。

「み、みんな愛しているだと……!? お前の星も、一夫多妻制とかなのか……!?」

「……いや違うけど?」

「ち、違うのか!? ならなぜお前は多くの女性を愛するんだ!?」

 イズーの疑問を、銀河は鼻で笑い、

「だからお前は阿呆なんだ! 誰からも愛されずに、誰かを愛しても、愛は通じないのさ!!」

 銀河は右手を振り下ろし、イズーにつきつけます。

 それは判決を下す裁判官のようでもありました。

「あ、阿呆だと……!?」

「そして今、僕は新しい愛を受け取った。異星の姫、トレアリィからの愛だ!! 彼女の愛も、みんなの愛も、等しく変わりはない!! 全て素晴らしい愛だ!!」

(言ってやった、言ってやった。……でも、ちょっと言い過ぎたかな。実際みんなのこと全員を好きじゃないし。でも、トレアリィを守るためだ。これくらい言ってもいいよね?)

 銀河は、内心舌を出しました。

 しかしそれで、簡単に相手は引いてくれるものとは思っていませんでしたが。

「ご主人さま……!! 素晴らしいです……!」

 彼の宣言を聞いたトレアリィは、目をうるませました。

 まるでプロポーズを聞いた乙女のように。

「また出た……。いつもの銀河の病気……。もう、病院行きなさいよ……」

 それに対して美也子は、思わず遠くを見ました。

 その眼差しは銀河の星々を見ているかのようでした。

「……まったく、一人しか愛せない人間は心貧しいね。もっとこの僕を見習うべきだ」

 銀河は顔を伏せてから、再びイズーの方へと向きなおり、

「というわけだイズーさん。君もみんなを愛せるように、愛されるように、もっと修行してから出なおしてはどうかな? まあ、その頃にはトレアリィは僕の虜だけどね」

 と言いました。彼の唇のはしは大きく歪んでいました。

「どっちが悪党よ、銀河……」

 美也子は呆れ顔でため息を付きました。そして彼女は心のなかで続けます。

(というか、これ別人格と違うの……? 銀河なの……? 一体、銀河の中に何がいるというの……?)

 彼女の体を、冬の寒さとは別の種類の震えが走りました。

 銀河のご高説を、黙って聞いていたイズーでしたが。

 やがて、体と言葉を震わせ、

「わかったよ……! 今日のところは引き下がらせていただく……!」

 銀河から背を向け、一歩踏み出しました。

(分かってくれたのかな……?)

 銀河はその姿を見て、胸をなで下ろそうとした……。その時です!

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