第27話 白いもふもふ

「つれて来てくれ」


 クロヴィスが頼むと、執事シェパーデスは迷うそぶりを見せたが、「承知いたしました」と頭を下げる。


「ここへ」とシェパーデスが声をかけると、ひとりの従僕が庭の角から顔を見せた。手にはリードを持っていて、かつかつとテラスの床上を歩く爪の音がする。


「!」


 アリアは思わずイスの上に立ち、避難態勢をとった。従僕がつれてきたのは、白い毛並みが見事な大型犬だった。シルバーブルーの瞳が、アリアを射抜くように見てくる。


「わんちゃん。おにいちゃま、飼ってたの?」


 クロヴィスは従僕からリードを受けとると、もふもふとした毛並みに手をやった。首もとをなでると、犬は心地よさそうに目を細めている。


「かったんだ」とクロヴィス。


(飼った、買った?)


 きょとんとするアリアに、スヴェンが説明する。


「卒業パーティーに呼んだ大道芸人の中に、珍獣ショーをしている人がいてね。彼から譲り受けたんだよ」


「大金は払ったけど」とクロヴィス。カーマインが「アリアちゃんのためなら惜しくなかっただろぉ」とからかう。


「こいつのためじゃねーし」

 鼻にしわをよせるクロヴィス。

「珍しいからほしくなったんだよ。最近手に入れたばかりで、芸はまだ仕込んでないらしいけど、大人しくて賢いっていうからさ。面白いかと思って」


 おれのだからな、とクロヴィスは強調した。


「このわんちゃん、珍しいの?」


 ハスキー犬に似ているが、この世界では珍しいのだろうか。たしかにマルシャン家で飼っている猟犬は毛が短く中型ばかりだし、他で見かけた犬も、小型犬が多かった。


(でも王都ですんごい大きな犬、見たことあるしな。白色が希少なのかな?)


 大人しそうだし、イスからおりて、犬の近くによってみようかと足をもじもじさせると、クロヴィスが「はああ」と大きくため息をついた。バカにした目をアリアに向けてくる。


「アリアちゃん、こいつは犬じゃないよ」


 カーマインが笑った。スヴェンもくすくすと、やけに愉快そうだ。


「お前、こいつが何かわかってないのか?」


 クロヴィスあきれ声に、アリアは首をかしげる。


「うーん、白いわんちゃん」


「だーかーらー。犬じゃねえっての」


「わんちゃんじゃないの?」


 じゃあなんなのよ、とイラっとしたアリアだったが、顔には出さないようにして、にこにこと笑う。クロヴィスは、「来いよ」とアリアを手招いた。


「え、かまない?」


「大丈夫だよ」心配するアリアに、カーマインが明るく答える。

「ほら、めちゃくちゃ大人しいんだ。ぜんぜん吠えないし」


 カーマインは、すこしだけ乱暴な手つきで、犬の頭をがしがしとなでた。


「はやくお前も来いよ」


 クロヴィスがうるさいので、アリアは用心しながらも、犬に近づく。


「わあ、ふわふわ。すごいふわっふわっ!」


 そっと毛並みをさわったアリアは感動で目をぱっちりさせた。


「おにいちゃま、この子、とってもふわふわよ」


「お、アリアちゃん気に入ったみたいだね」

「よかったね、クロヴィス。怖がるかもって心配してたもんね」


 カーマインとスヴェンがクロヴィスを見やると、彼は「心配はしてない」とぴしゃりといった。むきになって否定する姿に、ふたりの友人はくすっと笑う。


「こいつはオオカミだ」


 クロヴィスの言葉に、アリアはぎょっとして、さわっていた手を慌ててはなす。大人しいので、抱きつこうかと思っていたのだが、やめとおいてよかった。


 オオカミは忠犬みたいに姿勢よく座っているが、よくよく見れば四つ足は太くがっしりしているし、口も大きい。いまは、きばは見えてないが、歯茎にはきっと鋭い歯がずらりと並んでいるのだろう。


「オオカミはあまり人に姿を見せないから捕まえにくいんだ」とクロヴィス。


「見世物小屋でもあまり見かけないんだぞ。しかも、こいつは全身白毛だから、もっと珍しい。王宮に売り込むつもりだったらしいが、その前におれがもらっておいたんだ」


 かなり気に入っているのか、彼は珍しく笑顔を見せている。


「むこうは手放したくなかったみたいだけどな。こいつでかなり儲けようとしていたみたいだし」と、カーマイン。クロヴィスはしてやったりな顔だ。


「でもクロヴィスになついちゃってさ。だから相手も最後はあきらめたんだよね」


 スヴェンがいうと、クロヴィスが「金は払ったし」とアリアを見る。


「高価だったんだからな。それに希少動物なんだ。お前、ありがたく思えよ」


「え、あたしにくれるの?」


 手をうしろに組んで防御していたアリアが問い返す。

 すると、クロヴィスは「いや、やらねーけど」と声を荒げた。


「またまたぁ、照れちゃって」スヴェンがからかう。


「ちがうっつの。アリアにやるんじゃなくて、世話を頼むだけだ。おれは士官学校に行かなきゃなんねーし、ペットはつれていけないからな」


 話が見えてきたアリアは、オオカミを見て、クロヴィスを見て、それからまたオオカミを見た。オオカミは気高い顔つきで、アリアをちらと見ると、ふすっと鼻を鳴らした。


「あたしがお世話するの? 散歩とかしなきゃだめ?」


 いくら珍しくても、オオカミの飼育なんてどうやるのよ、とたじろぐアリアに、クロヴィスは不満げな態度になる。


「なんだよ、いやなのかよ」

「え、う、うれしいよ! だって、すっごくもふもふしてて、頭良さそうだもん」


 わあ、クロヴィスおにいちゃま、ありがとう! アリアは大慌てで喜びを表現した。いかんいかん。あのクロヴィスが、アリアにペットをプレゼントしてくれたのに、オオカミなもんだから反応がおかしくなってしまった。


「この子、お手もするかなあ。アリー、この子といっしょに寝てもいい?」


 クロヴィスを見上げながら、きゃぴきゃぴと飛び跳ねていると、またもやオオカミが「ふすん」と鼻を鳴らした。


(ん、なんだかバカにしてない?)


 目を合わせると、ふいっとオオカミはそっぽを向く。


(なるほど。たしかに利口そうだわ)


 アリアはゆっくりオオカミに近よりながらたずねた。


「この子の名前はなあに?」


「あー、それなんだけど」とスヴェン。カーマインがクロヴィスのほうへ、にやっと視線をやりながらいった。


「アリアちゃんが決めていいんだって」


「ほんと?」


 クロヴィスを振り返ると、彼は「ああ」と短く答える。


「わあ。じゃ、じゃあねえ」


 アリアはオオカミの目をじっとのぞきこんだ。シルバーブルーの瞳は、吸い込まれそうなほどきれいだ。


(そういや、わたし、犬飼いたかったのよね)


 丸島ありさだったとき、ペットに金魚くらいしか飼えなかった。祖母は動物好きではあったものの、飼うことには興味がなく、結局チャンスのないままこの世界に来てしまった。


(大型犬に興味があったけど、まさかオオカミを飼うことになるとは)


 アリアはびくつきながら、オオカミの頭をなでてみた。毛並みはつやがあって思ったほどゴワゴワしていない。オオカミはアリアがなでやすいように、耳をペトと横にたおした。仲良くできそうな気配だ。


(名前かあ。つけるなら和風の名前がいいと思ってたんだけど)


 将来飼うときのために用意していた名前は、「だいふく」「よもぎ」「まりも」である。しかしこの三つをこの世界で見たことがない。よもぎっぽい植物は見かけたが、なんだかしゃれた名前がついていて、すぐには思い出せない。


(白色だから、だいふく、かなあ)


 どういう意味かと問われたら、返事に困るネーミングだ。


「うーん」


 アリアが眉間に深いしわを作って悩む姿に、クロヴィス、スヴェン、カーマインの三人は顔を見合わせて笑う。


「考えらんねーんなら、おれが」


 クロヴィスがそういったとき、


「ウルウル!」


 アリアが大きな声を出す。


「この子、ウルウルにする」


「う、うるうるぅ?」


 あきらかに不満そうなクロヴィスだったが、しぶしぶ「いいんじゃねえの」とオッケーを出した。


「よし、お前はウルウルだ」

 カーマインがぽんっとオオカミの頭を軽く叩くと、

「バウ」

「お、鳴いた」

「気に入ったみたいだね」スヴェンがアリアに微笑みかける。


「うん。ウルウル、今日からよろしくね!」

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