第26話 未来がわかると憂鬱も増える
アリアの結婚相手で言い争う三人を見ていると、呆れつつもうらやましくなる。
アリアは七歳になったが学校に通わず引き続き家庭教師から授業を受けている。だから同世代の友人はまだ誰もいない。
思えば小説のアリアにも友人がいなかった。親しげに近づく人はいたが、全てうわべだけ。本人の性格もあるだろうが、貴族や王子妃の立場では友だちを作るのは難しいのかもしれない。
それに憑依や小説の世界なんて話は一生誰にも打ち明けられないだろう。そんな中で親友を作るのは難しい。
だから小突き合い、笑っているクロヴィス、スヴェン、カーマインの三人を見ているとアリアは虚しさが芽生える。
それに気鬱になる要素が他にもある。
士官学校に入ってしまえば、この三人と会う機会は今まで以上に減る。
そして、この国は数年後、侵略戦争に遭うのだ。
アリアが結婚するのが十七歳の時。その翌年に王子が出征するが、戦争自体はその数年前から始まっている。
クロヴィスは家門を代表して参戦する。でもスヴェンとカーマインの情報はない。彼らが無事戦火をくぐりぬけたのかどうか、アリアは知らない。
(……なんだか心配になってきた)
クロヴィスの肩に腕を回し笑っているカーマインや、朗らかに微笑んでいるスヴェンを見ていると胸がちくりとする。
二人とも無事に戦地から戻るかもしれない。そもそも出征せずにいる可能性もある。一方で王子ロザリオが大怪我し、運ばれた病院でグレイスと会う筋書きを思えば、貴族だから安全に過ごせるかというと心許ない。
士官学校は入学すると三年は帰れない。その後も情勢によっては在学中に戦地へ向かう可能性もある。
(クロヴィスはまた会えるとしても)
カーマインとスヴェンとは次にいつ会えるだろう。まさか今日が最後とは思いたくないが。
(未来がわかると憂鬱も増えるのね……)
アリアは改めて自分の境遇を嘆きたくなった。処刑のことばかり気にしていたが戦争もある。自分が戦地に赴くわけじゃないが、開戦して楽しい気分になるはずもなく。最終的には王子ロザリオの活躍で勝利するとわかっていても数年間続く長い戦争が待っているのだ。今から憂鬱になってしまう。
「アリアちゃん、どうしたの?」
はっとして顔を上げるとカーマインと目が合う。
「疲れちゃった?」
「ごめんね。僕ら、うるさかったよね?」
スヴェンも心配そうに、じっと見つめてくる。
「ううん、なんでもないよ。えっとね」
アリアは焦って舌がもつれた。
「おにいちゃまたちって、ちかんがっこにいくんでしょ?」
ブッとクロヴィスがお茶を吹き出す。ゲラゲラ腹を抱えて笑う。
「痴漢学校って何だよ、変態育成学校かよっ」
「んもー、クロヴィス。士官学校って言ったんだよ。『し』が『ち』になっちゃったくらい、わかるだろー」
「大人げねーなあ。で、俺たちが士官学校に行くから?」
カーマインが優しく先を促してきたが、アリアはボッと顔から火が出そうだった。
「ちゃんと士官学校っていったもん!!」
自分でも噛んだ覚えがあったが、思いっきり否定する。
「チカンなんていってないよ。アリーね、おにいちゃまたちが士官学校に行ったら、おてがみもたくさん出せなくなるんだよね、っていおうとしただけだもんっ」
「あー、そっか、そうだね。……手紙も自由に出せないらしいね、士官学校」
スヴェンはがくりと肩を落とす。
「牢に入る気分だよ。本当かわからないけど、届く荷物は全部、中身を確認するらしいよ。昔、手紙に混ざって爆発物が紛れ込んだことがあったからって」
「すっげえ昔のことらしいけどな。魔術師がうようよいた時代」
カーマインは手を頭の後ろで組み、背もたれに寄りかかる。
「無意味な慣習も多いって聞いたぜ。窮屈だわー。俺、早々に病気療養で帰郷するかも。そうしたらアリアちゃんに真っ先に会い——」
「アリア!」
クロヴィスの大声に、アリアはぴくっと肩を跳ねさせる。
「お前、今までのように手紙を大量に送ってくるなよ。親族だからって調子こいて面会に来てもぜってえ会わねぇからな。わかったか!」
「わ、わかってるよ。おにいちゃま」
アリアがしょんぼりとすると、スヴェンとカーマインが冷たい視線をクロヴィスに向ける。
「お前、言い方ってもんがあるだろ」
「っていうか、それって逆に手紙送ってこいアピール?」
「違うわっ。コイツ、教師にも手紙送ってきてただろ。あれを士官学校でもされたらたまんねーから言ってんだよ」
「だからしないってば」
アリアは唇を尖らせる。
クロヴィスに言われてなくても、アリアだって寄宿学校と士官学校では勝手が違うことくらい了解している。
でもそうするとアリアの「おにいちゃま好き好き作戦」も自重しなくてはいけなくなる。
(手紙も面会も自由にできなくて帰省もなし。クロヴィスとの関係をどうやってつなぎ留めたらいいのよーっ)
それが目下直面しているアリアの悩みである。
と、そこへ。
「クロヴィスさま」
静かにやって来た執事シェパーデスが頭を下げる。
「お荷物が届いたようなのですが」
クロヴィスを見たあと、アリアのほうへ視線をやり言葉を濁す。
するとクロヴィスたち三人は互いに目を見かわしてニヤリとする。
「届いたか」
キョトンとするアリアに、三人は「ククク」「ムフフ」「ニヒヒ」と怪しい。
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