第26話 友だち、戦争、悩み……

(それにしても、この三人は本当に仲が良いのよね)


 アリアは不毛な争いをするクロヴィスたちにあきれつつも、やっぱりうらやましくて心がちくりとした。


アリアは友だちらしい相手がひとりもいない。スージーと仲はいいが、やはり主従関係だし、年齢もはなれている。


 領内で会う子どもたちは、仲良く遊んでくれても、どこかよそよそしく、彼らが緊張しているのが、アリアにも伝わってくる。領主の娘であり、後継者なのだ、ちょっとしたことで言い合いになる、なんて些細なケンカすらおこらない。


 アリアはスヴェンやカーマインのことが好きだ。


はじめはクロヴィスの腰巾着だと思ってなめていた節もあったが、彼らの友情は周りがいうほど格差のあるものではないことがわかった。おたがい言いたいことは言い、爵位を振りかざしても、あくまで冗談ですむレベルだった。


 そういう関係を、アリアはこの世界で築くことができるだろうか。


悪女アリア・マルシャンに親友がいた、との記述はなかった。彼女は孤立していた。親しげに近づき、アリアを褒め称える人はたくさんがいたが、それは全部うわべだけ。有力貴族の娘、第六王子の正妃に取り入ろうとしていたにすぎない。


 だから処刑の日。多くの人々が、アリアの死をショーのように面白がった。あの残酷な、必要以上に長引く苦しみを、朽ち果てていく死体を、燃やされ灰となって消えたアリア・マルシャンを、誰も同情などしなかった。


 悪女アリア・マルシャンに友人はいなかった。そして新生アリアにも、友人と呼べる人はいない。


(ま、社交界デビューしたら仲良しができるかもね)


 アリアは気をとりなおすように、フォークをパイにつきさして、あーんと大きなひとくちでほおばった。さっくりとした生地が香ばしく、バターの風味が鼻をぬけていく。


 ジャルディネイラ国の子女たちが社交界デビューするのは、十三歳から十五歳くらいである。まだ七歳になったばかりのアリアには遠い未来だが、精神年齢が十八からスタートしたためか、一年一年が早い。


 あっという間に日々は過ぎていく。本来小さい頃は一日ですら長くて、一週間先なんて想像すらできないものだが、新生アリアにしてみれば、ひと月くらいはすぐに経ってしまう。


(だから、ちょっとあせっちゃうんだよなあ)


 日々が過ぎていくということは、タイムリミットも迫るということだ。アリアの処刑まであと約十八年。まだまだ先のようで、余裕ぶってもいられない気分になる。


(第六王子と結婚するのが、たしか十七歳のときよね。で、王子は翌年、戦争に参戦するはず)


 戦争はいつはじまっただろうか。アリアは記憶をたどる。


 現在は、まだ国境での小競り合い程度の衝突しかなかったが、あと数年後には大きな戦争が起こるはずだ。


(この三人もたぶん出征するよね)


アリアは、げらげらと笑いながら、互いにこづきあい、悪態をついているクロヴィス、スヴェン、カーマインを見やる。


戦争にクロヴィスは家門を代表して参戦したと小説『孤児グレイスの幸福な結婚』には記されていたが、彼の友人たち、スヴェンとカーマインについては、記述がない。彼らが無事戦火をくぐりぬけたのかどうか、アリアは知らない。


 戦争はグレイスが十二歳のときに勃発したとあったが、開戦のきっかけはさらに数年前に起こっており、戦況は最初から不利だった。


だが、あくまでグレイスが主役の物語だったので、戦争についての記述は少なく、さらにアリアもその場面にあまり注視していなかったため、記憶はあいまいだ。


それでもグレイスが十二の頃なら、三つ年上のロザリオは十五、つまり同い年のアリアも十五か十四歳になっている。


 あと七、八年後に本格的に開戦するとして、クロヴィスや友人たちが出征するのはいつぐらいだろうか。


スヴェンは男爵の爵位継承者なので、配属先が配慮される可能性もあるが、カーマインは伯爵の息子でも、継承順位は低い。陸軍士官クラスに進学するときいたが、同じ陸軍に進むクロヴィスとはクラスがちがうと話していた。


マルシャンは有力貴族で歴史も古い家柄だが、カーマインは同じ伯爵でも、現在の宮廷で重用されている家柄ではない。


(なんだか、心配になってきちゃった)


 クロヴィスの肩にうでを回して笑っているカーマインを見ていると、アリアは胸がきゅっとなってしまった。


(わたし、未来のこと考えすぎてるよね。どうなるかわかんないのにさ)


 クロヴィスだけでなく、カーマインもスヴェンも、けろりとした顔で戦地から戻ってくるかもしれない。戦地に行った貴族が、どれほど被害にあうのか予想がつかないが、平民よりはうんといい待遇のはずである。


(あ、でも王子は大怪我するのよね。運ばれた病院でグレイスと出会うんだから)


 当時は継承者争いから遠いとされていた王子とはいえ、第六王子のロザリオが重傷を負うのなら、他の貴族たちもどうなるかわからない。


(ああ、ダメダメ。なんでもう心配してるのよ。まだ先のことじゃない)


 ぶんぶんと不穏なイメージをふりはらったアリアだが、気持ちがはやるのにも理由がある。クロヴィスたちは士官学校に入学すると三年は戻らない。その後も情勢によっては帰郷することなく戦地へ行く可能性もある。


(クロヴィスはまた会えるとしても)


 カーマインとスヴェンはつぎ、いつ会えるのかわからない。まさか今回が最後とは思いたくないが、どうしても気になってしまう。


(やだな、未来がわかるって)


 アリアはあらためて自身の境遇を嘆きたくなった。


(死刑のことばかり気にしてたけど、戦争もあるんだった)


 アリアが戦地へ行くわけではないが、開戦して楽しい気分になるはずもなく。また最終的にはロザリオによって勝利するとわかっても、心に重しがのしかかる。


「アーリアちゃん。どうしたの?」


 はっと顔をあげると、カーマインがアリアの顔をのぞきこんでいた。


「暗い顔してたよ。ぼくら、うるさかったかな」


 スヴェンも心配そうに、じっと見つめてくる。


「ううん、なんでもないよ。え、とね」


 アリアは目を泳がせたが、本心をいっても違和感はないだろうと、まゆをよせながら打ちあける。


「あのね。おにいちゃまたち、ちかん学校にいくんでしょ? だから」


 ぶふっ、とクロヴィスがお茶をふきだす。


「ちかん学校てなんだよ。変態育成学校かよ」


「もー、クロヴィス。士官学校ていったんだよ。『し』が『ち』になっちゃったくらいわかるだろお」


「そうだぞ、空気読めよな。で、おれたちが士官学校に行くから?」


 カーマインがさきをうながすが、アリアは「う」と頬が染まった。


「アリー、ちゃんと士官学校ていったよ!」

 自分でも噛んだおぼえはあったが、ここはつっぱねるのが最適だ。

「ちかんなんていってないもん。おにいちゃまたち、士官学校に行ったら、お手紙もたくさん出せなくなるんだよね、っていおうとしたの!」


「ああ、そうだね。手紙もあまり自由に出せないらしいね」


 スヴェンがうなずく。彼はぷりぷりしているアリアがかわいくて思わず顔がにやけそうになったが、なるべく彼女の目に親身に映るよう、真面目な調子でつづけた。


「どこまで本当かわからないけど、いちいち中身を確認するらしいよ。昔、手紙に混ざって爆発物がまぎれこんでいたからって」


「すっげえ昔のことらしいけどな。まだ魔術師がうようよいた時代」

 カーマインは手を頭のうしろに組んだ。

「無意味な慣習も多いってきいたぜ。窮屈だわー。おれ早々に病気療養で帰郷するかも。そうしたら、アリアちゃん看病に」


「アリア!」


 クロヴィスが大きな声を出した。アリアはぴくっと肩をはねさせる。


「お前、いままでのように大量に手紙なんか送ってくるなよ。親族だからって調子こいて面会したがるのもよせよ、わかったな」


「わ、わかってるよ。おにいちゃま」


 しゅんっとするアリア。スヴェンとカーマインが冷えびえとした視線をクロヴィスにむけた。


「お前、言い方ってもんが」

「っていうか、それって、逆に手紙送ってこいアピール?」


「は、ちがうし。こいつ教師にも手紙送ったりしてただろう。ああいうことを士官学校でもされたら、たまんねーからいってんだよ」


「だから、しないよ」


 アリアはすねたように口をとがらせた。


 クロヴィスにわざわざいわれなくとも、アリアだって寄宿学校と士官学校では勝手がちがうことくらい了解している。かつて帝国といわれていた時代とはちがい、いまのジャルディネイラの情勢は不安定だ。


それは数年後に開戦することでもわかる。まだクロヴィスたちは知らないだろうが、上層部では、そろそろ危機感をもっていてもおかしくない時期なのだ。


だから士官学校はすこしピリピリした雰囲気があるときくのも、その理由からだろう。元々閉鎖的な空間が、不安定な情勢のために、さらにうちに閉じこもっているのだ。


となると、アリアの「おにちゃま好き好きアピール」も自重せざるを得ない。わずらわしいマルシャンの姪として、軍に目をつけられたら、今後不利になる。将来のためにも、アリア・マルシャンの悪評がたつことは避けねばならない。


(手紙も面会も自由にできないってなると、せっかく距離がちぢまったクロヴィスとの関係をどうやってつなぎとめたらいいのよ)


 それが目下アリアの悩みだったのだが……


「クロヴィスさま」


 足音なく近づいてきた執事シェパーデスが頭を下げた。


「荷物が届いたようなのですが」


 と彼はクロヴィスを見ながら言葉をにごす。

 するとクロヴィスは、スヴェンとカーマインと目を見かわし、にやりと笑った。


「届いたか」


 きょとんとするアリアに三人は、「くくく」「むふふ」「にひひ」と怪しい。

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