第25話 アリア主催のお茶会

 以前クロヴィスがティーカップを投げつけた花壇には、この日もたくさんの花が咲き、蝶が楽しそうに飛び回っている。


「じゃっじゃーんっ」


 アリアは伸ばした指先をぴろぴろぴろーっと振りテーブルを示す。


 白いクロスがかけられたテーブルには、溢れんばかりのお菓子や軽食が用意してある。庭の花も飾り、見事なお茶会の設えだ。


「ようこそアリーのお茶会へ。ぞんぶんにおくつろぎください」


 スカートの裾を軽く摘まみ、膝を曲げあいさつするアリア。


「お招きありがとうございます」


 調子を合わせたスヴェンとカーマインも、胸に手をやり深々とお辞儀する。


 クロヴィスは足で椅子を引き出すとさっさと座ろうとしたが、カーマインが腕を引き寄せ強引に頭を下げさせた。


「なにすっ」

「お行儀よくしなさい、クロヴィスさん」

「ほんと恥ずかしいったらないわ、クロヴィスさん」


 スヴェンとカーマインがマダムのように叱ってくると、クロヴィスは絶句して目を剥く。そうしてお茶会は一人だけ不機嫌にブスッとしているのを除けば、とても和やかにスタートした。


「こちらをどーぞ」


 アリアが一口サイズのサンドイッチが乗る皿を勧める。


「とても美味しゅうございます」とスヴェン。

「主催者が愛らしいと苦手なピクルスまでぺろりです」とカーマイン。


 ルンルンとご満悦のアリア。スヴェンはだらしなくにやけ、カーマインは毎度必ず残しているピクルスをバリバリ食べている。


「お前ら帰れ、見苦しい」


 友の変貌に辟易するクロヴィス。ずっと紅茶だけしか飲んでいなかったが、胃がムカムカして吐きそうだった。


「おっ、なんだなんだ。アリアちゃんを独占しようってか、この野郎」


「クロヴィスの姪っこかもしれないけど、アリアちゃんは『ぼくらのお姫さま』なんだからね、独占禁止!」


「アリー、プリンセスなのーっ!」


 頬に手を当てて驚くアリアにクロヴィスは「プリンセスなのー」と裏声でモノマネしてからかうが、カーマインとスヴェンは無視して「そうそう、我らのプリンセスー!」とアリアにデレデレだ。


 うんざりしたクロヴィスは席を立とうとした。と、そこへアリアが「おにいちゃま、ジュースをどうぞ」と真っ赤な液体が入ったグラスを勧めてくる。イラつきに任せて一気飲みするクロヴィス。


「あんっま!?」

 砂糖の塊のような味にオエッとするクロヴィスだが。

「当たり前だ。辛いと思ったのか、ジュースだぞ」

「アリアちゃん特製のベリージュースだよ。ありがたく頂戴しなさい」


「お前ら、マジで帰れ」

「やだね」「やなこった」


 ギャイギャイ騒がしい男たち。

 そんな三人をアリアはうらやましく見やる。

 丸島ありさがこの世界に来たとき、彼女は十八歳だった。


(この人たちと同じくらいだったのよね)


 クロヴィスたちは今後士官学校に通い始める。ありさの年齢を超え、どんどん大人になっていくのだ。ありさは受験に失敗した浪人生。それでも未来はあると信じて頑張ろうとしていた。


 あれから二年経った。ありさの年齢で計算すると自分は二十歳だ。


 でもこっちに来て年齢が止まったような気がしている。いやむしろ仕草や話し方などが無意識のうちに幼くなり、アリアの年齢に合わさっていくような……?


(だからって七歳はないよなー)


 アリアはグラスに口をつけ、上目で三人を見やりながらジュースを飲む。

 うん、クロヴィスが文句を言うだけある。甘すぎる。


「お前らアホ面してんじゃねーよ。ほんと頼むからしっかりしてくれ」


「しっかりするのはお前だろ、クロヴィス」

「そうだよ、アリアちゃんを前にしてグダグダグダグダ……反抗期ですか。大人になりなさい、八歳じゃなくて十八歳でしょ」


「お前らのほうヘニョヘニョデレデレしてガキじゃねーかっ!!」

「そんなわけない」

「うん、そんなわけない」


 キレて出ていくかと思ったクロヴィスだが、わめきながらも居座り、今はカップケーキにかぶりついている。


 それにしても、とアリアは思う。


 いつ見ても容姿だけは美しすぎる叔父だ。この人に処刑されるのかと思うとぞっとするが、見た目は天使そのもの。成長と共にあどけなさが抜け、少しは華やかさに陰りが出るかと思いきや、ますます美貌に磨きがかかってきているご様子である。


(まあアリアも美人だけどさ)


 ありさは平凡で影の薄い、どこにでもいる女の子だった。一方、アリアは小説で大陸一の美女と記されるように、七歳にしてすでに完璧な美少女だった。


(アリアって大人になる頃には美女オーラだけで相手を失神させられそう)


 ううん、大人にならなくても、今だってやろうと思えば出来そうだ。愛らしくニコリと微笑めば……いやいや、そういうことを考えるから悪女のアリア・マルシャンが誕生したのだ、美女でも性悪だと死ぬ。それは困る。


 アリアがつらつらと物思いに耽っていると。


「士官学校に入ったらアリアちゃんとも気軽に会えなくなるんだよなあ」


 背骨が抜けたようにスヴェンが、ぐにゃりとテーブルに突っ伏した。


「だよなあ」とカーマインも同調する。

「俺、女性成分不足で栄養失調になるかもしれない。そうしたら、アリアちゃん介抱しに来てくれる?」


「お前は親族じゃないだろ。親族以外、面会禁止だ」

 

 アリアがポカンとしていると、クロヴィスが即答だ。


「婚約者は会えるじゃん。ね、アリアちゃーんっ」


 カーマインが甘え声ですり寄り、アリアは「へっ?」と目を丸くした。

 するとクロヴィスが眉をしかめて言う。


「アリアは誰とも結婚しないだろ」


「え?」とカーマインとスヴェン、それから思わず出たアリアの声も重なる。


 いっせいに視線を浴びたクロヴィスは、むっと顎を引く。


「アリアは跡取り娘だ。爵位を持つのに結婚したらややこしくなるだろ」


 言い切り、ごくごくと茶を飲む。


「なんでだよ」とカーマイン。「既婚者の女性伯爵だってたくさんいるだろ」

「うちは母さんが男爵だ」とスヴェン。「クロヴィスだって知ってるでしょ」と不満を示す。だがクロヴィスは断固として主張する。


「弱小貴族ならいいけどな、うちはマルシャン伯爵なんだ。アリアに近づいてくるのは絶対に爵位目的のクズばかりに決まってる。乗っ取りなんて俺が許さねぇ。それならアリアは襲爵せずに俺に伯爵を譲ればいいんだ」


「お前っ、それが本意だな!」

「謀反だ謀反!!」

「ちげーよっ、クズ男しかアリアと結婚したがらねぇって話してんの!!」


「え、えと?」


 思わぬ話題に戸惑うアリア。でも小説通り展開するなら、アリアは八歳のとき王家との婚約が決まり、爵位継承者から外れる。そしてクロヴィスがマルシャン伯爵の爵位継承者になるはずだ。


 でもそれは未来の話であってここで言い出せるものでもない。

 だからアリアは何もわかってない振りをして笑っているしかない。


「わかった。お前ツンデレだから、アリアちゃんが好きすぎて拗らせてんだろ」


 カーマインの言葉にスヴェンも大きくうなずく。


「だね。娘を溺愛している父親が良く言うセリフじゃん。『娘に結婚は必要ない。跡継ぎは親族から養子をとればいい』って」


「んなわけねえだろ。マルシャン伯爵家のように有力な家柄は、わざわざ婚姻によって勢力を広げる必要がなく——」


「だったら爵位を継がない奴と結婚すればいいだろ、俺のように!」


 カーマインがバンッとテーブルを叩く。


「だから、それが乗っ取りだ、つってんだろ!!」


 ダンッとテーブルを蹴るクロヴィス。


「誰が乗っとるものか。愛による結婚だぞ。甲斐甲斐しく添い遂げるわいっ。俺はマルシャン伯爵夫君になる!!」

「お前がマルシャンを名乗るなんて許さん!!」

「何をぅ!!」


 立ち上がるカーマインに「やるかあ!!」と向き合い腕まくりするクロヴィス。


 と、その時。


「待って」


 スヴェンが片手を挙げた。冷静に仲裁するのかと思いきや、


「僕だってね、男爵位を捨てて伯爵の夫になる選択肢はあるよ。後継者として育ったけど兄弟多いし、問題ないよね」


 きりっと宣言する。


(いやいやいや。わたし王子と結婚するから。離婚するけど)


 アリアは無言でジュースを飲み続けた。

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