第24話 士官学校に行く前に
十八歳になったクロヴィスは寄宿学校を卒業して士官学校に進学する。
友人二人も進路を同じくしているが、スヴェンは海軍、カーマインは陸軍でもクロヴィスが進むエリートコースとは異なるため、今までのように三人つるんで過ごす時間はぐんと減るだろう。
「いいかい、クロヴィス」と言い聞かせているのはスヴェンである。
「カッとなっても物を投げたり暴力を振るったりしちゃダメだよ。いくらマルシャン伯爵の弟だとしてもね、士官学校はべつのルールで成り立っているんだからね。今までのようにすべて我が配下だと思って行動してると痛い目見るよ」
「それとな」と別の注意事項を付け加えるのはカーマインだ。
「お前、見た目だけは綺麗だから用心して過ごせよ。着替えをのぞかれたり、寝込みを襲われたりしかねないんだからな。全員野獣だと思いなさい」
「でも殴ったり蹴ったりしちゃダメ」
「変態は罵声でも喜ぶ。いざとなったら権力者にすり寄り守ってもらいなさい」
「カーマイン、あのさあ。君のアドバイスはちょっとおかしくない?」
「馬鹿野郎、おかしくねーよ。この顔を見ろ、べっぴんさんすぎるだろっ。士官学校にいる奴らは飢えまくってるらしいからな、絶対にクロヴィスは危ない!!」
スヴェンとカーマインは真剣そのもの。
でもクロヴィスはうんざりしていた。
「俺の事より自分の心配をしたらどうだ。スヴェンは船酔いするのに海軍行きだし、カーマインは、お前に婚約者を寝取られた男たちが、あっちにゴロゴロいるって噂じゃないか」
「そりゃあね、新生活に不安はあるよ」
とスヴェン。
「でも僕の家って代々海軍で活躍しているから、流れで海軍目指してると思われてるけど、まだ決定じゃないし。そのうち陸軍に変えてもらうつもりさ」
「俺の心配はいいんだよ、恨まれるのには慣れてる」とあっさりしているカーマイン。それより、「お前、簡単に金をばらまくなよ。危ない遊びに手を出したり、変な誘いに乗ったりしたらダメだからな」とさらに注意してくる。
「女にも気をつけろ、士官候補生狙いの娘って多いんだよ。万が一、気に入った子ができてもフラフラ付いて行かず、まずは俺に相談しろ、わかった?」
「うるっせーんだよ。だいたいお前ら、俺と会えなくなるのが寂しいんだろ」
フンッとやる。
スヴェンとカーマインは目をぱちくりさせ、顔を見合わせていたが。
「うん、そうだよ。寂しいよ、クロヴィス」
「そう寂しい。お前のプラチナブロンドが拝めなくなるなんて寂しすぎる!」
わっ、と抱きついてくる。
クロヴィスは「やめろっ」と抵抗したが、スヴェンは「うんうん、クロヴィスも寂しいよね、不安だよね」と頭をなで繰り回し、カーマインは「いいんだ、お前の気持ちはわかってる」と背をぽんぽんと叩いてくる。
士官学校では卒業までの三年間、外泊は基本禁止しており、面会許可が下りるのも身内か婚約者に限られている。長期休暇も存在せず、戦況によっては在学中でも戦地へ配属されることも。
だから三人が気ままに過ごせる時間も寄宿学校卒業から士官学校入学までの数週間しかない。
「やっぱり貴重な時間は、アリアちゃんに使いたいよね」
「だよな。どの女の子に一番会いたいか、って言や、そりゃあアリアちゃんでしょ」
スヴェンとカーマインはすっかりアリアのファンだ。
スヴェンは弟はいるが妹はいないので、理想の妹像をアリアを重ねて癒されていたし、ただれた恋愛事情を持つカーマインは、アリアの純真無垢さに毒素を抜いてもらうのを切望していた。
「僕ら、またマルシャン家に泊まりに行っていい?」
「旅行? いいって伯爵領をアリアちゃんと回ろうぜ」
卒業旅行に隣国まで行ってみようと計画していたのに、それらはあっさり却下され、クロヴィスは不満タラタラだった。それなら一人旅したら、と言い出すスヴェンに、結局クロヴィスもしばらく実家に戻ることになった。
「おにいちゃま!」
馬車から下りるや否や、駆け寄ってきたアリアは体が破裂せんばかりに喜んでいる。跳びついてハグしてこようとするのを、クロヴィスはふらっと横にかわす。
「スヴェンおにいちゃまとカーマインおにいちゃまも、いらっしゃい!」
クロヴィスのために広げていた両手を、アリアはスヴェンに方向転換してハグ。スヴェンは「来たよお」と破顔する。隣でカーマインが次は自分だと手を広げて待機していたが、アリアはスヴェンから離れると、
「お茶かいのじゅんびしてあるのっ。こっち」
弾む足取りで行ってしまう。
待ちぼうけをくらったカーマインを見て、「ふ」と鼻で笑うクロヴィス。カーマインは「お前に笑われたくはないね」と口を尖らせた。
「ハ? 俺はあいつを避けたんだ、無視されたお前とは違う」
「へいへい、どうせ無視されました。アリアちゃんは俺の魅力に照れちゃったのよ」
「んなわけ」
「やめなって。アリアちゃんがお茶会に招待してくれるって言ってるんだから喧嘩しないの。揉めるんだったら、二人は部屋に引っ込んだら?」
「おいスヴェン、調子に乗るなよ」
「そうそう、ちょっとハグしてもらったからって勘違いして恥ずかし」
「勘違い? あのさ、いつも思うんだけどクロヴィスの態度は冷たすぎるし、カーマインはふしだらすぎるぞ。アリアちゃんの成長に毒だよ。僕、イゼルダさんに相談しようかな。君たち二人には今後会わせないほうがいいですよ、って」
「どうして伯爵夫人の名前を出すんだよ」
「アリアとお前なんて他人だろ、他人。うちの事に口出しするな」
カーマインとクロヴィスが言うと、スヴェンも負けまいと張り合う。そうして三人が立ち止まり、ゴチャゴチャやっていると。
「どうしたのー? おにいちゃまがスキなレモンのケーキとハムのサンドイッチもあるよー。ベリーのジュースはね、アリーがつくったんだよ、たくさんのんでねー」
少し離れた場所から声を張りるアリア。早く来てほしいとその場でピョコピョコ跳ねている。
「わあ楽しみだねえ」
スヴェンが駆け出すと、カーマインも「アリアちゃんは何が好きなの。あーんしてあげる」と大股で続く。クロヴィスだけが重い足取りで、「ジュース作ったって、シロップ薄めただけだろ?」と小馬鹿にした。
「ちがうよ」
ぷくりとふくれっ面するアリア。
「アリーがシロップからつくったんだもん。春にたくさんベリーをつんで、おさとうといっしょにビンにつめたの。まっかでキレーなシロップができたんだから」
小さな体を大きくそらし、自慢する。
「おにいちゃまに、『おいしい』っていってもらいたくて、アリー、がんばった」
「甘ったるいジュースなんか飲むかよ」
けっ、と吐き捨てたクロヴィスだが。
「飲めよ、罰当たりめが」
「拒否しても鼻の穴から注ぐぞ」
スヴェンとカーマインの豹変にたじろぐ。
「お前らすぐそうやって俺を……!!」
「さ、アリアちゃん、お茶会はどこでやってるの? 僕らを案内してよ」
「楽しみだなあ、俺たち何だって食べちゃうぞ」
ガオッとオオカミの真似をするカーマインに、アリアは「きゃあ」と悲鳴を上げクスクス笑う。スヴェンまで「ガオッ」と真似してアリアを笑わせていた。
クロヴィスは脱力し、視線を遠くにやる。
心底やってらんねー気分だった。
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