第24話 休暇はすべてアリアに使う by 崇拝者2号3号
寄宿学校を卒業したクロヴィスは士官学校に進学する。
同じくスヴェンとカーマインも同校に進学するが、所属はべつになるようで、いままでのように三人つるんで過ごすことは難しくなる。
「いいかい、クロヴィス。カッとなっても物を投げたり暴力をふるったりしちゃだめだよ。いくらマルシャン伯爵の弟だといっても、士官学校はべつのルールで成り立っているんだからね。いままでのように優遇してもらえると思っちゃダメだよ」
「そうだぞ。お前、見かけはきれいなんだから、用心して過ごせよ。着替えをのぞかれたり、寝込みを襲われたりしかねないんだからな。おれの兄貴がお前の所属クラスに知り合いがいるらしいから、よく頼んでおくから」
スヴェンとカーマインが真顔でクロヴィスにいいきかせるのを、彼は不服そうにながめやった。
「おれの心配より、自分たちの心配をしたらどうだ。スヴェンは船酔いするのに海軍所属だし、カーマインはお前に彼女を寝取られた婚約者たちがゴロゴロいるって噂じゃないか」
「そりゃあね、新生活に不安はあるよ」
スヴェンはいちおう納得を見せるが、
「ぼくのうちは代々海軍で活躍しているから、流れでぼくまで海軍所属になってるけど、まだ決定じゃないし。いずれ陸軍に変えてもらうつもりさ」
そうしたらクロヴィスと同じクラスになれるかもしれないから、それまで大人しく周りに合わせておくんだよ、と子を心配する母のような目をむけてくる。
カーマインは、
「おれの心配はいいんだよ。なんとかやり過ごす自信があるから」
と打ち消し、
「お前、簡単に金をばらまくなよ。危ない遊びに手を出したり、へんな誘いに乗ったりしたらダメだからな。女にも気をつけろ、士官候補生狙いのやつが多いんだから。気に入った子ができても、まずはおれに相談しろ、な?」
「うるせーな。お前ら、おれと会えなくなるから寂しいんだろ」
ふんっと突っぱねるクロヴィス。スヴェンとカーマインは目を見かわした。
「そうだね、寂しいよ、クロヴィス」
「そうだ、寂しい。お前の金髪が拝めなくなるなんて」
抱きついてくるふたりに、クロヴィスは「やめろっ」と抵抗したが、スヴェンは「うんうん、クロヴィスも寂しいよね、不安だよね」と頭をなで、「いいんだ、お前の気持ちはわかってる」とカーマインは背をぽんぽんと叩く。
彼らが進学する士官学校は、貴族の子息たちが所属するわりに、規則に厳しい場所だった。
卒業までの三年間は、許可なく外泊することは禁止されているし、面会も身内か婚約者に限られている。長期休暇も存在せず、戦況によっては在学中でも戦地へ配属されることもあった。
士官学校に入れば、自由はなくなり、気まぐれに友だちと会うこともできない。ほとんど軍に入隊したに等しかった。
彼らが気ままに過ごせる残りの期間は、寄宿学校卒業から士官学校入学までの約ひと月あるばかりだ。
「やっぱり貴重な時間は、アリアちゃんに使いたいよね」
「だよな。どの女の子にいちばん会いたいかって、そりゃあアリアちゃんでしょ」
スヴェンとカーマインはすっかりアリアのファンだ。
スヴェンに弟はいるが妹はいなかったので、理想の妹像をアリアに見出して癒されていたし、ただれた恋愛事情のカーマインは、アリアの純真無垢さに毒素を抜いてもらいたがった。
「入学までマルシャン邸に滞在するよ」
「旅行? いいって、マルシャン領内をアリアちゃんと回ろうぜ」
クロヴィスは卒業旅行に隣国まで行ってみようと計画していたのだが、それらはあっさり却下された。それならそうで、一人旅をしてもいいものだが(一人旅といっても随行者はいる)結局クロヴィスもマルシャン邸で過ごすことになった。
「おにいちゃま!」
クロヴィスの到着に、アリアはからだが破裂せんばかりの喜びを見せた。馬車からおりてきたクロヴィスに駆けより、飛びつこうとしたが、ふいっとかわされる。
「スヴェンおにいちゃま、カーマインおにいちゃまもいらっしゃったのね!」
クロヴィスに飛びつくために広げた両手を、スヴェンに方向転換して抱きつくアリア。スヴェンは「来たよお」と破顔して抱きしめ返す。隣でカーマインが次は自分だと手を広げているが、アリアはスヴェンからはなれると、
「お茶会の用意をしてあるのよ。こっち」
と弾む足取りで邸内へ案内しはじめた。
ふっ、とクロヴィスが、両手を広げて待ちぼうけをくらったカーマインを鼻で笑う。カーマインは「お前に笑われたくはないね」と口をとがらせた。
「なんでだよ。おれがあいつをよけたんだ。お前は無視されたけど」
「へいへい、どーせ無視されましたよ。たぶんおれの魅力に照れちゃったのさ」
「んなわけ」
「あー、もうやめなって。アリアちゃんがお茶会にご招待してくれてるんだよ。おっかない顔をするなら、ふたりは部屋に引っこんでたら?」
言い争いをするクロヴィスとカーマインに、スヴェンがあきれる。アリアは、ちょっとはなれた場所から三人を見やって、
「どうしたのー? おにいちゃまが好きなレモンのカップケーキとハムのサンドイッチもあるのよ。ベリーのジュースはあたしが作ったんだから」
と、はやく見せたくてたまらないと、ぴょこぴょこしている。
「わあ、楽しみだねえ」
スヴェンがアリアのもとまで小走りすると、カーマインも「アリアちゃんは何が好きなの。あーんしてあげる」と大股で近づく。クロヴィスだけが、重い足取りで、
「ジュース作ったって、シロップ薄めただけだろ?」
と小ばかにした。
アリアはぷくっとふくれっ面をして、
「シロップも作ったの。春にたくさんのベリーをつんで、おさとうといっしょにビンにつめたのよ。真っ赤なシロップができたんだから」
小さなからだで、めいっぱいふんぞり返る。
「おにいちゃまに、『おいしい』っていってもらいたくて、アリア、がんばったのよ」
「あまったるいジュースなんか飲むかよ」
けっ、と吐き捨てたクロヴィスだが、
「飲めよ、罰あたりが」
「拒否すんなら、鼻の穴からそそぐぞ」
スヴェンとカーマインの豹変にたじろぐ。
「お、お前ら」
「さ、アリアちゃん、案内して」
「楽しみだなあ、おれたちは何だって食べちゃうぞ」
ガオッとオオカミの真似をするカーマインに、アリアは「きゃあ」と悲鳴を上げながらクスクスと笑った。スヴェンまで「ガオッ」と真似をしている。クロヴィスは脱力して視線を遠くに向けた。やってられない気分である。
「こっちですよー」
お茶の準備が整ったテラスに、アリアは三人を案内した。
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