第4章(7歳)
第23話 溺愛コースは順調?
寄宿学校侵入計画は案じたような事態にはならず、アリアとスージーの秘密の行動は、伯爵に知られることはなかった。クロヴィスは誰にも告げ口することなく、ただ黙っていたのである。
そうして、新生アリアになって二年が経過した。
この間、アリアがやったことといえば、クロヴィスにあいかわらず手紙を書きつづけ、愛嬌をふりまき、好き好きアピールをつづけた、に限る。
クロヴィスのほうでも、あいかわらず手紙は無視、会えば疎ましそうに顔をしかめ、話しかければ舌打ちとにらみをきかす。
アリアは溺愛コースを目指して奮闘したが、果たして自分はどこへ向かっているのか、逆走しているのか、すでにコースアウトしているのか、暗中模索もはなはだしかった。
それでも王都に出向いたときは、スヴェンやカーマインの誘いで街を散策したり、王城にある動植物園を見学したりと楽しんだ。クロヴィスも苦痛そうではあったが、友人たちにつきあって毎回しぶしぶ参加していた。
また長期休暇には、スヴェンとカーマインがマルシャン邸を訪問して、しばらく滞在した。朝早くから夜遅くまで、彼らはアリアの相手をした。
伯爵夫人は「夜更かしに誘わないでちょうだい、悪い子たちね!」と叱りながらも、娘がちやほやされているのが嬉しいようで、終始機嫌がよかった。
反比例するようにクロヴィスは不機嫌になり、アリアに冷たい態度をとったが、友人たちが帰郷しても、彼らについていくかと思いきや、新学期がはじまるまで邸に滞在をつづけた。
伯爵夫妻も、それから邸に勤める使用人たちも、この変化に戸惑いを見せたが、クロヴィスは横柄にふるまうことで、ただの気まぐれだと示した。だがアリアは良い兆しをかんじとり、好き好きアピールのギアをさらにあげた。
どこへでもクロヴィスについて回り、笑いかけ、べたべたとすりよった。クロヴィスは馬糞にだってもっと愛情深い眼差しを向けるだろうというほど、アリアに向ける視線は相当ひどいものだったが、彼女はくじけなかった。
なぜなら、クロヴィスは精神的暴力をふるっても、実際に殴りつけるだの、引っぱたくだの、偶然をよそおって突き飛ばすなんてこともなく、「ちっ」と舌を鳴らすか、目力で人を殺そうとするだけである。
精神年齢は彼より上であるアリアなら、気持ちさえしっかり持っていれば、対抗できないこともなかった。ダメージを受けようが未来を思えば、些細な苦難である。
この際、ターゲットに好かれなくても、好きだという意志を周りにアピールすることのほうが重要になってきているのだ。
しかしそうはいっても、クロヴィスの攻撃相手は幼い子ども、アリアである。
周りはアリアの猛烈アピールに感情を揺さぶられた。そしてそのアリアに対するクロヴィスのあまりの仕打ちに、彼らは義憤をおぼえていく。
「アリア、クロヴィスおじちゃまに近づいてはダメ!」
「アリア、クロヴィスはひとりが好きなんだよ」
「アリアお嬢さま、クロヴィスさまとは……(言葉をにごす使用人たち)」
結果、クロヴィスの人望はだだ下がりする。誰もが彼を恐れつつも、こそこそと陰で意見を述べ、その大方はアリア擁護、クロヴィス批判であった。
クロヴィスもさすがにこたえたのか、休暇が明ける前日までには、お茶をいっしょに飲む程度には妥協を見せるようになった。
「おにいちゃま、アリー、このプリン大好きなの。おにいちゃまも食べて」
アリアが媚び媚びでそう提案すると、クロヴィスは臭そうに鼻にしわを作るが、横を向きつつ、パクパクとプリンを食べる。彼は意外と甘党なのだ。そして血がものをいうのか、アリアと食の好みが似ていた。
だから嘘でも食べてマズいとはいえないので(そういうともう食べられなくなるかもしれないから)、彼の態度はいつも中途半端になる。そうしてアリアとクロヴィスの関係はちょっとずつちぢまったかに思えた。
が、新学期になって手紙攻撃を開始すると、返事はなく、人々が愛に満ちるという聖誕祭にもカード一枚送ってこなかった、スヴェンは人形を、カーマインはたくさんのバラの花束とルビーがついたイヤリングをくれたのに。
だからクロヴィスとの関係は改善しているのか、悪化しているのか、アリアはさっぱりわからなかった。
ただアリアはクロヴィスに好かれようとふるまうついでに、彼の周りにも愛想よくしたので、『かわいいアリアちゃん』は寄宿学校でも有名になった。他にも、『ぼくらのお姫さま』『ピンクアイの妖精』などの愛称も頂戴している。
アリアは着実にこの二年間で、周りからの信頼と愛情を勝ち得た。
元々は、すこし生意気なお嬢さま(将来が心配)だったものが、愛すべきお嬢さまに進歩する。アリアはそのお人形のような容姿と明るい性格、思いやりがあり愛情深い少女として、マルシャン邸のなかだけでなく領内でも人気者になった。
気さくに村人にも話しかけ、同じ年頃の子に会えば泥だらけになるのもいとわず、全力で遊ぶ。マルシャン伯爵が領内を見て回るときは、いつもアリアも同行して、病人を見つけるとクッキーやくだもののビン詰め、チーズやパンを手渡した。
小説では、アリアは、マルシャン伯爵領内でも悪評が立ち、アリア・マルシャンに似せた人形に火を点けられ燃やされたりしたものだが、いまのところ、新生アリアは最高の評判を得ているのである。
もちろん、すべてが計算づくの行動から築き上げた評価ではない。
悪女アリア・マルシャンは根っからの性悪だったかもしれないが、丸島ありさは平凡で、ただちょっとだけ本番に弱く、不運に陥りがちだっただけの庶民である。
その頃の魂は健在なので、いくら伯爵令嬢になったとしても、フラットな感覚で誰とでも接するし、幼女らしく年相応に振舞おうと意識することはあれ、基本は心赴くままに行動している。
つまり自然体でいることで、なんなく彼女は人々に好かれたわけなのだが。どうしても気にかかるのは、やはりクロヴィスの心情であろう。
アリアは自分の評判が上がるにつれ、クロヴィスがアリアを嫌悪し、その行動すべてを嫌味に感じるようになるのではと危惧した。
アリアが周りに好かれるほど、彼女に冷たく接するクロヴィスの評価は下がる。評価を気にして、彼がアリアにやさしくするようになればいいが、将来、このことを根に持たれたら元も子もない。アリアの目的は、死刑回避、特にクロヴィス主導の死刑は阻止なのだから。
そんなわけで、アリア七歳の誕生日。
クロヴィスがお祝いのカードを送ってきたとき、アリアは叫び声をあげて喜んだ。とつぜんあがった悲鳴に何事かと邸内はざわついたが、アリアが満面の笑みで、
「見て! おにいちゃまがカードをくださったの」
と誰かれかまわず自慢して回る姿を見て、ほっと息をついた。
と同時に、近場の雑貨店で特に選びもせずに買ったであろう、直筆のコメントもサインも添えていない、ありきたりな絵柄の簡素なカードを見て、
「まあ、クロヴィスさまったら(あんなおざなりにカードを送るなんて)」
「アリアさまは、あんなに喜んで(健気すぎるわ)」
よよよ、とハンカチーフとエプロンの裾が涙に濡れに濡れた。
それでもアリアはガッツポーズをして「うおおお」と雄叫びをあげたいほど興奮したのである。
よって、寄宿学校を卒業したクロヴィスが、「こいつの世話をたのむ」とアリアにペットを預けたとき、彼女は心から、演技でなく、本当に心底、
「!」
目玉が飛び出るほど驚いた。
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