第22話 筋書きは変更できるのか?

 その日の夜。


 アリアが部屋でゴロゴロしていると、スージーが蜂に刺されたような顔をして入室してきた。あれからますます目がパンパンにむくんできてしまったらしい。どちらさま?ってくらいに別人になっている。


「今日は大冒険でしたね」


 アリアの寝間着を手に取りつつ、スージーは、ふーっと大きな息を吐く。


「クロヴィスさまにはお会いできましたけど、あまり話せませんでしたね?」

「あまりというか、ぜんぜんはなしてない」


 バイバイの時に抱きつき、思いの丈は伝えた。

 でも効果のほどは……マイナス?

 別れ際にらんできていたクロヴィスの顔が思い浮かびアリアは苦笑する。

 スージーも同じらしく、険しく眉間に皺をよせていた。


「今回の作戦は失敗だったかもしれませんね。あの様子だと……今後クロヴィスさまにお手紙を出すのもやめにしますか?」


 スージーが広げて持つ寝間着の袖に腕を通しながら、アリアは「ううん、出すよ」とにっこりする。


「おともだちのカーマインさんだっけ、その人もいってたじゃん、クロヴィスおにいちゃまはツンデレだって。だからここでくじけたりしないよ。いつかアリーの心がおにいちゃまにつたわるはずだもん」


 真っすぐな目をして言うアリアに、スージーはひっそり嘆息する。


 あのクロヴィスさまのどこがそんなにいいのか。

 スージーにはよくわからなかった。冷たすぎる。愛情の欠片もない。


 でも聡明なお嬢さまがこういうのだ。きっと自分のような凡人にはわからない深い深い訳があるのだろう。


「それはそうと」

 アリアは自分で前ボタンを留めると、スージーを振り返る。

「あなたはどうやって中に入ったの? おにいちゃまといっしょにいるの見てびっくりした」


「正面突破ですよ。マルシャン伯爵家から火急の用件で参りました、って」

「へーっ。それですんなり入れたんだ」

「まあ伯母の名前も出しちゃいましたけど」

「おばさん?」


「バウスの姪ですって。あの人、十代になってすぐ家を出たから乳母歴長くって。マルシャン家以外にもあちこちの名家で働いてたんです。本人が大げさに吹聴しているのかと思ってましたけど、それなりに知名度があるみたいですねー。若い頃、女王陛下にも謁見したことがあるって自慢してましたけど、あれも本当だったのかな」


「えっ、スージーってバウスの姪!?」


 驚くアリアに、スージーまでびっくりしている。


「ご存じなかったです? 母の一番上の姉がバウス夫人なんですよ。夫人と言ってもあの人独身ですけどね。でもその縁でわたしも田舎から出てすぐ伯爵家にご奉公に上がれたんです」


「じゃあスージーの苗字ってバウス?」

 

 するとスージーは「まあそうですね」と言いよどむ。


「本当はバウスって、乳母の功績が認められた伯母が特別に授かった苗字なんです。でもわたしも屋敷で働くなら使ってもいいって伯爵さまが。だから名乗る時は、いつもスザンナ・バウスですって言ってます。生まれは田舎育ちの平民ですけどね」


「そうだったんだ」


 アリアは納得の顔をして見せたが内心は動揺していた。バウスは小説『孤児グレイスの幸福な結婚』にも名前が出てくる登場人物だからだ。


 その傲慢さゆえ、どの使用人も長続きしなかった中で、バウスだけは「私のお嬢さま」と敬愛し、最後までアリアに付き従った人物として描かれていた。その姿があまりに健気であるため、アリアの悪女ぶりを強調させる描写の一つになっていたのだが……。


「あなたなの?」

「はい?」


 ベッドを整えていたスージーがきょとんと振り返る。


「ううん、なんでもない」


 アリアは笑顔で誤魔化し、ベッドに入る。

 童話の本を渡すと、スージーは大喜びで読んでくれる。

 その声に耳を傾けながらアリアは考えた。


 スージーと親しくなったのは自分の意志だ。


 他の使用人が遠巻きに「お嬢さま」を見やるのに比べ、スージーは直球でアリアを好んでくれる。だからアリアも愛嬌たっぷりに接して距離を縮めた。言葉は悪いが、クロヴィスに挑むのと同じようにスージーに対しても自分の魅力を発揮して手懐けたのだ。


 でも小説に登場するバウスが乳母のバウス夫人ではなく、スージーのことだったなら。


(わたしがスージーと仲良くなったのは筋書き通りだった?)


 心がざわつく。スージーが「めでたしめでたし」と本を閉じ、おやすみなさい、と部屋を出て行ったあとも、アリアは眠る気になれずぼうっと窓の外を見やる。


「運命って変えられないのかな」


 処刑を回避し大往生するため、媚びを売りまくって寿命を延ばそうとしてきた。

 でも筋書きは変えられず、アリアは何をしても結局クロヴィスの手で死に追いやられるのなら……。


 アリアの悪行を出世の踏み台にすることで、宰相まで登りつめていくクロヴィス。彼が突き進む運命とアリアが望む運命が衝突した場合——。


「やめやめっ。くよくよしてたって未来は始まらない!」


 とにかく好き好きオーラで押し倒してみよう。


 アリアが熱狂的にクロヴィスを好いているのを周知させていれば、いくら疎ましく思おうと、そうそう無下に扱わないだろう。あの冷血だって周囲の目は気にする、たぶん!


 次は何をして媚びようかと思い巡らせながら目を閉じる。


 今日は忙しい日だった。緊張もたっぷりしたしあちこち移動して疲れたはず。だから、ぐっすり眠れるはずだ。

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