第21話 撤退!

 応接室を出たクロヴィスとスージーは、アリアが体をねじ込んで侵入した場所まで、まずは向かうことにした。


 でも廊下を少しばかり行ったところで、前からスヴェンとカーマインが子どもの手を引いて歩いて来るのに気づく。


「お嬢さまああああ!!」


 すっ飛んでいくスージー。うおんうおん泣く。


「待っててって言ったじゃないですかぁぁ、どうして一人で行動するんですぅぅぅぅ!!!」


「ご、ごめんね、スージー」

 どうどう、と背を叩いてやるアリア。

「あたし、どうしても、おにいちゃまに早く会いたくなっちゃって」

「だからって勝手にいなくなったらダメです。どれだけ心配したかあああ」


 うおおおおんっ。


(あちゃーっ、びっくりさせすぎたみたいね)


 反省するアリアなのだが。


「おい」


 低い声にびくっとする。主は腕組みをして見下ろしてくるクロヴィスだ。刺さる視線をアリアは無視しようとした。でも「おいこら、アリア」と名指しで言われてしまうと返事しない訳にはいかなくなる。


「ハロー、おにいちゃま」


 笑顔で手を振る。でもクロヴィスのおっかない表情に頬が引きつる。


「お前、自分が何しでかしたかわかったんのか?」

「だ、だって。おにいちゃま、おへんじくれないし」


 しょぼんとするアリア。

 まるで叱られる仔犬のような姿にカーマインとスヴェンが擁護に乗り出す。


「クロヴィス、全部お前が悪いんだぞ。ツンデレもたいがいにしろよな」

「本当は手紙もらって嬉しいくせに。こんな小さい子相手に何を張り合ってるんだ」


「……お前らな」


 ぎろりとにらみつけるクロヴィスだが、長い付き合いの友人二人には暖簾に腕押し、アリアをかまうほうに気が向いている。


「アリアちゃん、こんな性悪叔父さんは相手せずに、俺と仲良くしよっ。手紙もたっくさん書くよ」


「そうそう」とスヴェンはスージーを見やる。

「ねえ僕らとカフェや雑貨店巡りしない、アリアちゃん王都は初めてなんでしょ?」


 スージーは赤くなった鼻にハンカチを当てながら(クロヴィスのイニシャルが入っているのを二人は見逃さなかった)、「お誘いありがとうございます。ですがそろそろ邸宅に……」とモゴモゴ。そして身を屈めアリアに耳打ちする。


「お嬢さま、旦那さまがお戻りになるかもしれません。急いで帰らないと」

「うん、そうだよね」


 しかしアリアはすぐ帰ろとせず、やや迷いを見せたあと、えいやっクロヴィスの腹に抱きつく。


「おにいちゃま、あえてうれしかった。こんどはアリーとおかいものしよねっ」

「なっ!?」


 ぎょっとしているクロヴィス。スージーは短気なクロヴィスがアリアを振り払う前に、とシュタッと抱き寄せて保護する。


「では失礼いたします」

 ぺこりと頭を下げ、

「あ、あの今回のことはどうかご内密に」

 と付け加える。


「うんうん、わかってるよ」

「秘密ね、オッケー」


 スヴェンとカーマインがにこやかに応じる中、クロヴィスだけは「どうかな」と含みのある返事をする。それを両脇に立つ友人二人がどつく。


「お前らっ」

「コイツ、口ではこう言ってるけど大丈夫だから」

「そっ、心配ないから安心して」


「で、では」


 そそくさと逃げるように立ち去るスージー。

 アリアも早歩きしながら振り返り、手を振って別れを告げる。


「ばいばーいっ」


 クロヴィスは腕組みしてにらんできていたが、カーマインとスヴェンはにこやかに手を振り返してくれた。


 そうして正門まで一直線に進み、学校を出る。


「おにいちゃま、パパにほうこくするかな?」

「だ、大丈夫ですわ。いざとなったら、わたしが拉致したことにしましょう」

「さすがにそれは……」

「平気平気、全然問題ありませんからっ」


 力強く応じたスージーだが、目がぐるぐる渦巻きになっている。


 二人は道中で馬車を拾い、王城まで超特急で戻った。

 その頃にはスージーもシャキッとして第二の作戦を見事やってのける。


 ぺちゃくちゃ騒がしく邸宅に入り、使用人たちの目を引き付けている隙に、アリアは裏から中へ。そしてスージーが大騒ぎしているところに顔を出す。


「スージー、どこかいってたのぅ?」


 目をこすり寝起きの演技付き。


「あらっ、お嬢さま! お昼寝のところ騒がしくてすみません」


 スージーはわあわあと続ける。


「でも聞いてくださいよ。わたし街へ行ってたんですけどね」


 スージーはその涙にくれた顔の理由づけに、全財産すられちまったんです事件をでっちあげていた。


 大泣きしながら事の次第を語り、アリアはひどく深刻に話に聞き入る。スージーは締めに「王都って怖いっ、二度と来たくありません!!」と叫び顔を伏せた。


「そういわないで。こんどはあたしといっしょにでかけましょ。そうしたらきっとあんぜん。ね、スージー?」


「でも全財産が一瞬にしてスッカラカンになるのが王都なんです。王都には魔物がいるんです、魔物!!」


 使用人たちもアリアと一緒になり、「不運だったね」「怪我がなくて幸いだったよ」「安全な場所もたくさんあるから安心して」とスージーを慰める。


 そうこうしていると、マルシャン伯爵が帰宅する。


 またもやスージーは、すられちまったんです大事件を訴え、泣き腫らした目の理由を説明すると、伯爵は「恐ろしい目に遭ったね」とポケットから財布を取り出してスージーに通貨を数枚渡した。


「まっ、旦那さま。そんな!!」


 慌てるスージー。でもアリアが「もらっといて!」と口パクしているので、「ありがとうございます」と恐縮しながらもしっかり頂くことにした。


「アリアは良い子にお留守番してたかい?」


 伯爵の問いにアリアは笑顔で答えた。


「うん、あたし、ずっとおひるねしてたんだ!」

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