第21話 撤退!
それからの顛末に刺激的なことは何も起こらなかった。
クロヴィスとスージーが応接室を出、アリアが学内に侵入したときに使った秘密の出入り口へ向かっていると、前からスヴェンとカーマインが子供の手を引いてやってきた。その子供がアリアで、スージーはすっ飛んで行って、どしゃああと涙涙の再会を果たした。
「お、お嬢さま! ちゃんとあの場にいてくださいよおおお」
アリアは「しっ」と短くスージーを叱りつける。騒ぎになるのはごめんだった。
「ごめんね、スージー。あたし、はやくおにいちゃまに会いたくて」
「で、でもぉ。わたし、すっごく心配したんですからね。誘拐にあったのかと」
声を落としながらも泣きつづけるスージーの肩を、アリアはやさしくさする。と、腕組みをして見おろしてくるクロヴィスの視線が自分につき刺さる。
アリアはその視線に気づかないふりをつづけたが、「アリア」の声に目をあげないわけにもいかなくなる。
「ハロー、おにいちゃま」
笑ってみたが頬が痙攣する。
笑いながらガクブルしているアリアに、クロヴィスは「お前、自分が何をしているのかわかってんのか」とすごむ。
「だって、おにいちゃま、お手紙くれないし」
叱られた子犬のようにしょげるアリア。
すかさず、カーマインとスヴェンが援護をはじめる。
「そうだぞ、クロヴィス。お前、ツンデレもたいがいにしろよな」
「そうだよ、手紙もらってうれしいくせにさ。こんな小さな子につらくあたるなんて、器がみみっちすぎるよ」
「お前らな」
にらむクロヴィスだが、付き合いの長い友人ふたりにはのれんに腕押し、彼よりもアリアをかまうほうに忙しい。
「な、こんな叔父さんは相手にせずに、おれと仲良くしよう。手紙も書くからさ。それに次、王都に来るときは知らせてよ。カフェや雑貨屋めぐりしよう」
カーマインがアリアを口説くと、
「王城にある動植物園には行ったかい? まだならいっしょに行こうよ。大丈夫、あそこは貴族なら誰でも見学できるよ。同行者も入れるから、きみも来るといいよ」
スヴェンは最後スージーに顔を向けて、にこりと笑う。
スージーは赤くなった鼻にハンカチを当てながら(そこにはまぎれもなくクロヴィスのイニシャルが入っているのを友人ふたりは見逃さなかった)、「楽しみにしております。でも本日はもう邸へ戻らないと」ともぞもぞと答える。
「さ、アリアさま。もう旦那さまがお戻りになるかもしれません。急いで帰らなくては」
「うん、わかってるけど」
アリアはちょっと困った顔をしたあと、えいやっと気合を入れてクロヴィスのお腹に抱きついた。
「おにいちゃま、会えてうれしいわ。またアリーと遊んでね!」
鼻にしわをよせたクロヴィスがぞんざいに振り払おうとする前に、スージーがアリアを抱きよせ、せかす。
「バイバイですわ、アリアさま。では失礼いたします」
ぺこり、と頭を下げ、それからハッとしたように顔を青くする。
「あ、あの。今回のことはどうかご内密に」
「わかってるよお」
「了解、まかせとけ」
スヴェンとカーマインがにこやかに応じるなか、クロヴィスだけはしかめっ面のままだった。じゃあね、と手を振るふたりと、ふつふつとした怒りを押さえつけているクロヴィス。背後にどす黒いオーラが立ちのぼって見えた。
スージーとアリアはそそくさと正面口を出たが、果たしてどうなるかと、心臓がどくどくして表情が暗くなった。
「おにいちゃま、パパたちにいうかしら」
「大丈夫ですわよ。心配いりませんとも」
力強く応じたスージーだが、その笑顔はぎこちなかった。
急ぎ王城内に戻ったアリアは、スージーがぺちゃくちゃ騒がしくマルシャン別邸に入っていくあいだに裏庭へ回り、窓から自室に戻った。
それから、まだスージーが大演説をしている間に部屋を出て、「あら、スージー帰ったの」と寝起きの演技で出迎える。
「ああ、お嬢さま。お昼寝のところ騒がしくてすみません」
スージーは手にもった帽子を振り回しながら大げさに振り返る。
「ですが聞いてください。わたくし、街へ行ってたんですけどね」
スージーはその涙にくれた顔の理由づけに、全財産すられちまったんです事件をでっちあげ、わあわあと騒ぎ立てて説明した。アリアはひどく深刻な顔で同情し、スージーは「もう、わたくし王都はこりごりですわ!」と泣き叫んだ。
「次はあたしといっしょに出かけたら安全よ、スージー」
「そうでございましょうか。王都は本当に恐ろしいところでございますよ。お嬢さまの身に何かあったら、あたくし身投げするしかありません」
他の使用人たちもスージーに同情を見せ、「不運だったね」「怪我がなくて幸いだった」「安全な場所もたくさんあるんだよ」となぐさめる。
そうこうするうちにマルシャン伯爵が戻り、またもやスージーの、すられちまった事件の大演説をぶちまけたあと、三人は午後のうちに王都を出て邸宅に戻ることにした。
「それは大変だったね」
伯爵はスージーが何度も「全財産が!」と訴えるので、ちゃりんとコインを数枚手に握らせた。
「アリアはずっと邸にいたのかい?」
「そうよ。お昼寝してたの。つぎはお出かけしたいわ。パパ、また王都に連れて行ってね」
マルシャン伯爵は、スージーの泣きはらした目の腫れぼったさに唖然としながらも、愛娘の無邪気さに、にこやかに笑う。
「いいとも。次回はママも来てくれるといいね。そうだ、王城内には動植物園もあるんだよ。かわった植物もたくさんあって……」
帰宅すると、スージーは、その顔はどうしたんだい、と騒ぐ使用人たちに、再び虚偽の事情を説明した。アリアは「くたびれちゃったわ」とあくびをして、早々に部屋に引きあげ、今度こそ本当のお昼寝をした。
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