第17話 白髪の少年はアリアを知っている!?

「こんにちは、アリア・マルシャン」


 穏やかな声だ。でもアリアは振り返らず身を硬直させた。


(どうしてあたしの名前を知ってるの!?)


 動かずにいると背後でぱちりと指を鳴らす音がした。すると自分の意志に反して体がくるりと反転する。驚くまま相手と向き合った。


 そこにいたのは真っ白な髪をした少年だ。


「元気そうだね、アリア・マルシャン。でもまさか寄宿学校で君と再会するとはね。もしかして今学期からここは男女共学になったのかい?」


 見知らぬ顔。十代前半に見える。黒色のローブを羽織っているが、生徒なのだろうか? 白く長い髪はゆるく三つ編みにしてサイドに流し、毛先を赤いリボンで結んでいる。綺麗な顔立ちだ。でも抜け目なさそうな目をしていて、アリアを見る表情は、あまり感じ良いとはいえない。


「えっと、その……」


 アリアは後ずさりながら周囲を見回す。人影はなく静まり返っている。まだ休憩時間ではなさそうだ。だとしたら、この少年はなぜここに? 

 サボっている? 不良? 


 アリアはいつでも逃げ出せるよう警戒しつつ相手を観察した。向こうのほうでも、アリアを不躾に眺めやり「ふーん」と顎に手をやって品定めの仕草だ。


「あたし、おにいちゃまに会おうと思って」

「おにいちゃま? アリア・マルシャンはひとり娘のはずだが?」


 少年は訝ると急に身を屈め、鼻先まで顔を近づけてくる。


「君は……あいつの言う通りだ。困ったなあ。どこでミスった?」


 何やら独り言ちる。


「あの、あのね、あたし、クロヴィスおにいちゃまに会いに来たの。どこにいるか知ってる?」


 アリアの名前を呼んできたのだ。

 クロヴィスの友人で、ばら撒いていた手紙相手の一人かも、と思ったのだが。


「おにいちゃまってのはクロヴィスか!」


 相手の反応はいまいち釈然としない。

 少年は屈んでいた姿勢を戻すとニヤリと笑う。


「おいおい、まさかあの野郎が好きなのかい?」


「す、スキよ。あのね、きょうはね、パパとおでかけでね、それでね、おにいちゃまにあおうっておもって……」


 しどろもどろに話すと、少年はすっと片手をあげ制してくる。


「純情ぶるのはよしたまえ。アリア・マルシャンはもっと傲慢で高飛車な女だったぞ。やるなら、それらしく振舞わねば。そうだろう?」


「えっ、えーと……」


 そうだろ、と言われても。幼い子ども相手に純情ぶるな、とは何が言いたいんだ。

 授業中に出歩いているみたいだし、変わり者の要注意人物なのかも。

 アリアはじりじりと距離を取る。


「それでは……さよーなら」


 だっ、と駆け出そうと向きを変えたのだが、


「おや、もう帰るのかい?」


 !!

 目の前に少年が立ち塞がる。

 いつ背後から回ってきたのか、一瞬の出来事だ。


「君はクロヴィスに会いに来たんだろう?」

「そ、そうです」


「それなら直にベルが鳴る。あの渡り廊下を右に進みたまえ。そうするとスヴェンに出くわすだろう。彼にクロヴィスがいるところまで案内してもらうんだ。まあクロヴィスは君を見て歓迎するとは思えないが。しかしまたなぜここへ来たんだい? まさか本当にあいつが好きで追いかけて来たとでも?」


「うん。だってあたし、おにいちゃまダイスキだもん」


 はっきり言ったのだが、相手は胡散臭そうに見てくるだけだ。

 何者だ、この少年は。クロヴィスの友人にしては歳が離れて見えるし、言動ぶりから彼を慕っているようにも思えない。


 綺麗な顔立ちだが人間味のない表情をする少年だ。浮かべる微笑にはぞくりとした寒気を覚える。


「あの、ありがとう。あっちを右に曲がるのね。わかった」


 アリアはバイバイと手を振ると駆け出した。視線を背中に感じながら、狩られる小動物の気分で逃げるように走っていく。


 ◇


 アリアが渡り廊下を曲がり校内に姿を消すと、白髪の少年は宙に腕を掲げた。するとばさりと羽音がしてカラスが優雅に着地する。カラスを肩に移動させると、少年は腕組みし、「うーん」と唸った。


「興味深いね。あの女、何か企んでるね」

「そのようだな」

 カラスは校舎を見やり、

「あと数秒でベルが鳴る」

「うん。じゃあ誰かに会う前に移動しなくちゃね」


 だが少年はすぐには動かず、リボンで束ねた毛先をいじり、悩む様子を見せる。


「でもさ、どうして別の魂が宿ってんだろうな。アリア・マルシャンの魂はなぜ戻らなかった?」


「それをこれから調べるんでしょ、ご主人さま」


 羽繕いのほうが大切らしく、カラスの返事は素っ気ない。

 少年はむっと唇を尖らせる。


「興味持てよ、ウルウル。面白くないやつだな」


 少年はカラスをにらんだまま、弧を描くようにふわりと手を動かす。

 体の輪郭がぼやけ、空間にゆっくり溶けていく。


「興味はある。が、おれに聞かれても答えは出ない。自分で調べな、アスバーク」

「お前、誰が主人か忘れたのか!!」

「覚えておりますとも、ご主人さまー」


 ちぇっ、の舌打ちと同時にリリリと騒がしいベルが鳴り出した。

 生徒たちが飛び出してきたが、その頃にはもう少年とカラスは跡形もなく消えていた。

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