第16話 ふたりの作戦

 スージーは部屋を出ると大げさに声を張りあげてしゃべり倒した。


 自分は王都が初めてなこと。こんなににぎやかな場所にいると興奮で目まいがしそうなのこと。おすすめのお店はどこか、そこへはどうやって行くのか、何を買う予定なのか、予算はどれくらいか。


「ぜひ見ておかなくちゃいけない名所ってあります? 次いつ王都に来られるかなんてわからないじゃありませんか。今日はお嬢さまのご指名があったんですよ、『スージーを連れていくわ』って。そりゃあ、うれしかったです。でも毎回わたしばかりご指名とは限りませんからね。お嬢さまがお休みのあいだに、しっかり街を見学しとかなくちゃ。そうそう、田舎の母も昔王都に……」


 忙しくしているメイドや従僕を捕まえてまで、ベラベラベラベラと話す。とつぜん騒がしい女になったスージーに使用人たちはあっけにとられたが、これは作戦のひとつであった。


 スージーが使用人たちの気を引きつけているあいだに、アリアは廊下の窓から裏庭におり、生垣を回って玄関口に移動した。


 少しの間、木陰に隠れていると、スージーが邸から出て来て、「あら、そこのぼく、街を案内してちょうだいな」と叫んでアリアを呼ぶ。アリアは使いっぱしりの子どものふりをしてスージーと合流すると、街へとおりて行った。


 クロヴィスがいる寄宿学校は王都の中心部にあり、十歳から十八歳までの貴族の子息たちが在籍していた。正門には警備兵が立っていたが、裏に回ると生徒たちが抜け出すときに使う秘密の出入り口がいくつかある。そのうちのひとつ、レンガ塀と木戸のすきまにあいた細い入り口に、アリアは身をくねらせると学内に侵入した。


「お嬢さま、ちとおまちくださいよ」

 あせり顔のスージーが視線をきょろきょろさせる。

「わたしにはそこは狭すぎて。すぐべつのところを探しますから」


「あら、いいのよ、スージー」

 アリアはぱっぱと服のよごれを払いながらいった。

「あなたは誰かのお姉さんのふりをして、正面口から堂々と入ればいいんだわ」


「でも許可証や紹介状みたいなものを確認されないでしょうか。身分証なんてものを要求されたら何を見せたらいいのか」


 おどおどするスージーに、アリアは元気づけるように笑顔を見せる。


「大丈夫よ、スージー。そこはあなたの話術でどうとでもいくわ。それに無理しなくてもいいの。あたしひとりで行ってもいいし」


「ダメですわ、お嬢さま。スージーは首に剣をつきつけられようとも、校内に侵入しますからね! そこで待っていてくださいまし」


 キッと目力たっぷりに気合を入れたスージーは、もう一度、「そこにいてくださいよ」と念押しすると正門がある方向へと身をひるがえして走り去って行った。


 アリアは、騒ぎをおこさなければいいけど、とちょっと心配になったが、帽子をさらに目深に下げると、よし、と気合を入れた。


 スージーには悪いが、大人しくこの場で待つつもりはない。いそがないと父親のマルシャン伯爵がいつ帰宅するかわからないし、使用人がアリアの様子を見に部屋に顔を出す可能性もある。


 ぐるりと頭をめぐらせ、だいたいの建物の場所を確認すると、アリアは宿舎がありそうな区画を目指して移動した。そこまで規模の大きくない学校だったが、どの建物も同じようなつくりで、にさん角を曲がっただけでもう迷子になりそうだった。


 中庭のような場所に出ると、向かいに渡り廊下がつづいているのを見つけたアリアは、そこから校内に侵入しようと足を踏み出した。と、がさりと茂みがゆれ、びくりと立ち止まる。


 ひょこりと飛び出ていたのは一羽のカラスだった。黒々とした羽はつやがあって、利口そうな目をしている。その目がアリアをじっと見たかと思うと、「カア」と一声鳴いて空に飛び立っていった。


「ああ、びっくりした」


 ほっと胸をなでおろしたのもつかのま、今度は「やあ」と誰かに声をかけられた。どきりと心臓がつかまれた気がして、アリアはからだをこわばらせた。

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