第16話 邸宅から抜け出して寄宿学校へ

 ——ミッション3。クロヴィスおにいちゃまに会いに行こう、開始!

 

 スージーはアリアを残し部屋を出るとメイドたちを探した。


 まだ休憩中らしく、さっき見かけた廊下の隅で二人してティーカップ片手におしゃべりしている。スージーは遠慮なく割って入ると、大げさに話し始めた。


「ねえねえ、あなたたちって王都に来て長いの? わたしはね、今日初めて来たのよ。ずっと田舎暮らしでさ。お嬢さまにお仕えするようになったのもつい最近なの。やっぱ王都って賑やかなのね。馬車の中にいても目が回りそうだった。でもお嬢さまもお休みだしせっかくだから買い物に行こうと思うんだけど、二人はいつもどこの店に行ってるの?」


 最初はあっけにとられていたメイドたちだが、すぐに打ち解け、いくつかの商店を教えてくれた。


「へーっ、そうなんだ。わたし今日は奮発してけっこうお金持って来てるの。ねえ他にもぜひ見ておかなくちゃいけない名所ってある? 次はいつ王都に来られるかわからないじゃない。今日はね、お嬢さまのご指名があったのよ、『スージーを連れていくわ』って。もう嬉しくてさ。だけど毎回ご指名とは限らないでしょ。今日中にしっかり王都を見学しとかなく——あっ、ねえねえ、執事さん。あなたにもお伺いしておきたいんだけどー」


 パントリーから出てきた若い執事を見つけると、スージーはそっちにも声をかけ、ぺらぺらぺら。


「流行りの菓子とかご存じです? あっ、庭師さん、その花、素敵ですねえ。まあっ、それもバラなんですか!? そんなに大きな花をつけるバラがあるなんて知りませんでしたよ、なんて品種なんです?」


 窓から身を乗り出し、庭師に話しかける。

 大声に何事かと厨房から顔を出した侍女も捕まえて、王都のおすすめはどこか、買うべき品はあるか、と質問を浴びせまくった。


 突然、おしゃべりメイドになったスージー。

 しかしこれだって作戦の一つなのである。


(スージー、ナイス! わたしはこのうちに……)


 スージーが使用人たちの引き付けている間に、男の子に扮そうしたアリアは部屋を出て勝手口まで忍び足で向かう。そして裏庭まで出ると、思い切って駆け出し、通りの生け垣まで進んだ。そこで身を隠し、スージーが出てくるのを待つ。


「じゃあ行ってくるわ。お嬢さまはお昼寝中に邪魔されるとご立腹なさるから、ぜったい部屋に入っちゃダメよ。ドアに近づくのもダメ。神経が細かい方なのよ。静かに放っておくのが一番!」


 大声で言って使用人たちに手を振ると、スージーは足早に通りを進み、ぴたりと歩みを止めた。


「お嬢さま?」と小声。

「ここよ」


 アリアは生け垣の裏から駆け出すと、スージーの手に飛びつく。


「スージー、かんぺき。だあれもあやしんでない」

「そうですね、そうでしょうか? いや、そうですよね!」


 スージーはやや緊張の面持ちだが、ぎゅっとアリアの手を握り返す。


「さあお次は寄宿学校ですね。わたしから離れないようにしてくださいよ。街は危険がいっぱいなんですから!」


 ◇


 クロヴィスが在籍する寄宿学校は王都の中心部にあり、十歳から十八歳までの豪商や貴族の子息たちが在籍している。


 正門には常に警備の兵が立ち、高いレンガ塀が厳重に生徒たちを守っている。

 というより生徒が勝手に抜け出して王都で遊び惚けないよう、しっかり管理しているというべきか。


 しかしそういう場所にも抜け穴はある。


 若旦那さまが卒業生だという知り合いの使用人から、スージーは事前にその抜け穴の位置を聞き出していた。


 しかし、いざその抜け穴まで来ると木戸とレンガ塀の隙間というあまりに狭い場所だった。もしかしたら若旦那の時代は未発見だった抜け穴も、今はこうして封じた後だったのかもしれない。


 だが小柄な五歳児のアリアには何とか行けそうだ。挑んでみると少々つっかえながらも身をくねらせると、するりと侵入に成功する。


「第一関門クリア」


 アリアはニヤリとする。

 スージーはきょろきょろと周囲を見回した。


「でもわたしには狭すぎて。うーん、でも他を探している時間はないですね」


 努力はした。

 でも足から行けば太ももが、肩から行けば鎖骨あたりで、どう考えても無理だ。


「むぎぎっ、あと少しで行けそうなんですが」

「やめときなって。挟まって抜け出せなくなったら恥よ」

「今度は頭から行ってみます」

「ダメだって。挟まったらどうするの、大恥よ、スージー」

「……無念です」


 涙ぐむスージー。あと少し痩せていればと悔やんでいるが、アリアの目には骨を削るくらいしないと無理なレベルの挑戦だった。


「他を探してくるので少々お待ちください」

 スージーはそう言ったが。

「その必要はないわ」とアリア。

 塀にこすれて汚れた服を払いながら言う。

「あなたは誰かのお姉さんのふりして正面から堂々と入ればいいんだわ」


「でも許可証や紹介状みたいなものを確認されないでしょうか。身分証なんてものを要求されたら何を見せたらいいのか」


 おどおどするスージーに、アリアは元気づけるように大きな笑みを浮かべる。


「へーきだってスージー。いざとなったらクロヴィスおにいちゃまの名前を出せばいいのよ。マルシャン家から来ましたーって。それでもどうしても不安なら無理しなくていいの。あたし一人で、ちょちょっと行ってくるから、心配しないで」


「ダメですわ、お嬢さま。スージーは首に剣をつきつけられようとも、校内に侵入して見せますからね。そこで待っていてくださいよっ」


 キッと目力一杯の気合を入れたスージーは、もう一度、「そこにいてくださいよ」と念押ししてくると正門がある方向へ駆け出していく。


(あの子、騒動を起こさなきゃいいけど)


 ちょっと心配になるアリア。でも帽子をさらに目深に下げると「よし」と気合を入れて次の行動に移る。


 スージーには悪いけど大人しく待つつもりはない。

 ゆっくりしていたら伯爵が帰宅するかもわからないし、その前に使用人がアリアの不在に気づくかもしれないからだ。


 アリアは身を屈めながら校内の建物沿いに進んだ。あまり広くない学校だったが、どの建物も同じような外観で角を三度ほど曲がると、もう迷子の気分だった。


「クロヴィスはどこにいるのよ。今って授業中? 誰もいないわね」


 人目がなくてラッキーっちゃラッキーだけど。

 尋ねて歩くこともできないとなると目的の人物を探すのに手間取る。


 それでも中庭らしき場に出たアリアは、向かいに渡り廊下を見つけ、そこから建物の中に入ってみようと足を向ける。と、がさりと茂みが揺れ、びっくりして立ち止まった。


「……なーんだ」


 ひょこっと出てきたのは一羽のカラスだった。アリアをじっと見たかと思うと一声鳴いて空に飛び立っていく。


 ほっと胸をなでおろしたのも束の間。


「やあ」


 誰もいないと思っていたのに。

 突然、声をかけられ、アリアは緊張して体がこわばる。

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