第15話 ミッション3:おにいちゃまに会いに行こう!
手紙作戦はあまり順調とは言えなかった。
そうなると次なる作戦を練る必要がある。
直接会いに行きたい。
おにいちゃまー、と抱きつく。
初回の失敗を取り返し、愛嬌で篭絡するのだ。
しかし領地に住む五歳のアリアが、王都にある寄宿学校においそれ出向くわけにもいかず……と、絶妙なタイミングで伯爵が王城に出向く予定が立つ。
アリアはこのチャンスを逃さなかった。
「パパ。アリーもいっしょにいく」
王城は王都の中心地にある。
だから王都に遊びに行きたい。パパについて行く。
しかし伯爵は「うーん」と迷いを見せた。
母親の伯爵夫人も、「アリアに王都の騒がしさは毒だ、まだ早い」と難色を示す。
だがアリアが「いーきーたーいー!!」と涙目でねだると、早々に伯爵は折れた。
「わかったよ。一緒に行こう。でもパパはお仕事があるから、王都に着いてもすぐには出かけられないよ。それでも待っていられるかい?」
もちろん、とアリアは胸を張って自信満々に請け合った。
マルシャン伯爵の領地と王都は、比較的近い。
今回の用事も日帰りで済ませられる距離だ。
だから早朝にアリアと伯爵は、護衛騎士数人とメイドのスージーを連れ、王都に向け出発した。
騎士たちは騎乗して並走しているが、スージーは同じ馬車に乗っている。向かいに伯爵、隣にアリアだ。旦那さまと同乗しているのは恐縮するが、それでも彼女の表情は明るい。
スージーは王都に行くのは初めてだった。しかも今回は王城の中まで行く。
マルシャン家は王城の一角にある貴族屋敷通りに別邸を持つ。
今回もまずそちらに出向き、アリアは城下町へ伯爵は宮廷に向かう手筈だからだ。
スージーはアリアの乳母から「はしゃぐんじゃありませんよ。お嬢さまのお付きとして仕事しにいくんでからね」と厳しく言いつけられている。
それでも一張羅を着込み、普段はしていない化粧もばっちり決めたスージーは、アリアよりも首を長くして王都が見えてくるのを、まだかまだかと楽しみにしている。
一方、同じく生まれて初めて王都に出向くアリアは、浮かれ小娘スージーとは違い緊張の面持ちだ。
アリアは王都に遊びに行くのではない。命を救うために重要な計画を実行しに行くのだ。その名も『おにいちゃま♡会いに来ちゃった』作戦である。パフパフー!
「いいこと、スージー」
アリアは横に座るスージーに耳打ちする。
「パパが出かけたら、すぐにあたしたちは街に行くのよ」
「もちろんですわ、お嬢さま」
スージーもコソコソと声を潜める。
「例の計画は承知しております。寄宿学校の場所はばっちり調べてあります。このスージーにおまかせください。こう見えて行きたい場所にぴたりと行きつくのが、わたしの特技ですから」
スージーは興奮しがちな性格だが仕事はきっちりできるタイプだ。そして何と言ってもアリア崇拝者の第一号。お嬢さまのためならば旦那さまを裏切ることくらい朝飯前、鋼の精神を持った危険なメイドなのである。
そうしてゴトゴト馬車に揺られること小一時間。
「ごらん、あれが王城だ」
伯爵が外を指差す。アリアは「わあ」と歓声を上げ窓から身を乗り出した。
かつて城塞都市だった名残で、王都の周囲は高い塀に囲まれている。
しかし王城は都市後方の小高い山の上にあり、いくつもの塔や屋根の連なりがはっきりわかる。そして城下との境には木々が茂り森を形成していたので、外から見るとまるで緑の雲に浮かぶ巨大なお城に見えた。
「我が家の別邸があるのは、あのあたりだ」
伯爵は右端あたりを示す。
「アリアはそこでパパが戻るまでお留守番してるんだよ?」
「うん、わかった!」
良い返事をしたアリアだが、横目でスージーを見やる。スージーは生真面目な顔をしていたが、こっそり親指を上げ、「了解」ポーズ。暗躍が上手いメイドである。
「王都に行ったらたくさん買い物して、ママにお土産も買って帰ろうか」
「わー、たのしみ!」
アリアは両手を上げて喜んだ。
満足げに微笑んでいる伯爵はとても優しい眼差しをしている。
(……すみません、悪い娘で)
良心の呵責を覚えるアリアだが、命がかかっている。
この裏切りは、将来きっと花開く!
◇
馬車が王城内に入り、マルシャン家の邸宅に到着すると、アリアとスージーは下車し、伯爵はそのまま宮廷がある本城まで移動する。
城内の別邸は領地の屋敷に比べると番小屋くらい小さなもので、庭園も隣にある他の貴族の邸宅と続きになっているような造りだった。
使用人も最低限しか置いていない。若い執事が一人にコックも兼ねている侍女が一人。そして十代のメイド二人と、年老いた庭師がいる構成だ。
ひとまずバルコニーでお茶とスコーンを食べることにしたアリア。
でも頭の中は計画を立てるためフル回転だ。
いかにして使用人たちの目を盗み、邸宅を抜け出そう。
(使用人の数は少ないけど、家が小さいから目が届きやすそうね。気を付けないとこっそり出ようとしてもすぐ見つかりそう)
庭師と侍女は問題ない。庭師は入口の植木の手入れのため、表に出ずっぱりだし、メイドは厨房で主人たちのもてなす準備でこもりっきりだ。
厄介なのは執事とメイド二人。この三人はかわいいお嬢さまのご到着に舞い上がっているのか、仕事そっちのけで、ずっとアリアに張り付いている。
(……困った。こんなに監視の目がキツイとは思わなかった)
それでも何とか妙案をひねり出す。
アリアはスコーンを食べ終わると、大きなあくびをした。
「つかれたから、おひるねするね。パパがかえってきたら、おこして」
椅子からトンッと下り、スタスタと部屋に引き上げようとして。
くるりと振り返る。
「だれもはいってこないでよ。ひとりでねられるから」
三人がぞろぞろとついて来ようとするから、アリアはしっかり命じる。
そうしてドアをぴしゃりと閉じるとベッドには向かわず、スージーが用意してくれたトランクから服を引っ張り出して着替えた。質素なシャツとズボンだ。狩猟番からスージーが借りてきたものである。
アリアがちょうど着替え終わると、コソ泥のように静かにスージーが部屋に入って来る。そしてアリアを一目見て、顔を覆い嘆き出した。
「あー、最悪です」
「なにっ、もう何かバレちゃった!?」
「違います。メイドたちは休憩してますし、執事もパントリーに引っ込んでます。それより、その服です」
「服? これであってるでしょ?」
「はい。六歳の息子さんがおめかしする時に着るものらしいです。でもやっぱりお嬢さまには不釣り合いですよ。サイズも合ってませんし、袖も裾もダブダブじゃないですか」
「まーね。でも男の子に変装するんだからコレでいいんだって」
アリアは鏡の前でくるっと回る。
スージーに長い髪をくるくるとまとめてもらい帽子の中に押し込むと、変装は完璧に見えた。でも用心に子供用の眼鏡もかける。琥珀色の髪色は珍しくないが、ピンク色の瞳は特徴的で目立ちすぎるからだ。
「うん、おじょうさまには見えない。ぼく、アリー。お金持ちの男の子だ」
アリアがポケットに手を入れてポーズを取りながら言うと、スージーは悔しそうに、「スン」と鼻を鳴らした。
「スージー。いまさらおじけづいたの?」
「違います、お嬢さま。作戦にはワクワクしてます。でもお嬢さまがまるで小僧みたいな恰好しなくちゃいけないのには無念さがあります」
「おおげさね」
ため息交じりに笑うアリア。
伯爵との約束を破ってこっそり抜け出そうとしているほうが重大事項だろうに、スージーときたら「もっと上質な服にすべきでした」と歯を噛んで悔しがっている。
「さあ早く出発しましょ。うかうかしてたらパパが帰ってきちゃう」
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