第7話 ミッション1:おじちゃまはテラスにいる!
クロヴィスが邸宅に到着したのは、運悪くアリアがお昼寝をしている時だった。
寄宿学校から直接向かっていればアリアも同席する昼食に間に合ったはずだったが、領内の市場に立ち寄ったため予定時刻を過ぎてしまったのだ。
そのためアリアが計画した「到着と同時に馬車に駆けより『おじちゃまぁん♡』と抱きつけば、瞬殺イチコロよ作戦」は不発に終わる。
と言って、お昼寝しなきゃよかったのに、とはならない。
小説のアリアは性根の腐った女として描かれ、愚かな振る舞いばかりするバカな女に見えたが、実は秀才だった。そして両親は教育熱心。
熱が下がり回復すると、家庭教師の授業が再開され、アリアは、ポニーを乗りこなし、ピアノを奏で、カナリアのように歌った。そして絵画に語学、算術、歴史の授業まで受けている。
丸島ありさの魂を持ちつつ、アリアの知識・能力を身につけていた新生アリアも、家庭教師の要求量にたじろぐことはあれ、難なく対応できた。
しかし優れているとはいえ体は五歳。受験勉強にあけくれた日々を経験したとしても、現在のアリアにはお昼寝タイムがとっても重要なのだ。
アリアは、勢いよく開いたカーテンの音で、ほわほわとした眠りから目覚めた。メイドがカーテンのタッセルを止めながら朗らかに微笑んでいる。
「お目覚めですね、アリアお嬢さま。西棟のテラスに誰がいると思います?」
「……おじちゃま?」
「正解です!」
若い叔父の到着を待ちわびるアリアが、「いつくるぅ?」「ぜったいくるよねー?」としきりに聞いて回っていたのを知っているメイドは、くすくす笑って付け加える。
「クロヴィスさまがお茶を楽しんでいらっしゃいますから、ご一緒したらいかがですか?」
「そうするっ」
飛び起きるアリアを見て、メイドはますます笑みを深める。
「本当にクロヴィスさまがお好きなんですねぇ」
赤みのある金髪にそばかすがチャームポイントの愛想のよいメイドだ。伯爵家に仕えるようになって日が浅いため、前回の休暇で、アリアはクロヴィスと一切会話せず、むしろ怖がっていたのを知らない。
「おじちゃま、まだテラスにいるよね?」
ドレッサーの前で、スージーに髪にリボンを結んでもらいながら、アリアは笑顔の練習をする。
(にっこー!……うーん、もっと歯を見せるべき? それともにんまりして目を細めたほうが無邪気に見えるかな?)
百面相するアリアに、スージーは笑いをこらえる。
陽光にアリアの琥珀色の髪は透き通るように輝く。幾度目にしても感嘆する美しさに、スージーは胸がいっぱいになった。
「さあ、お仕度は整いましたよ。おやつはクロヴィスさまとテラスで頂きますよね?」
「うん、そうする。でも、おじちゃまがはんたいしたら、やめとく」
不安を見せるアリアに、スージーは「反対なんてしませんとも」と強く言い切った。こんなに愛らしいアリアお嬢さまを拒む人なんて存在するはずがない。
クロヴィスさまは気難しいガキ(先輩メイド談)だと聞いているが、まさか五歳の姪を邪険に扱うほど外道ではないだろう。
スージーは先輩メイドからいくつかの注意点を教えてもらっていた。
「奥さまは沸点が低いから、物を投げつけられないように注意しなさい。お嬢さまのほうは、いっぱしのレディぶるのがお好きだから、子ども扱いしないこと。気分を害すと奥さまより酷いんだから」
スージーの目に、確かに奥さまは短気で気分にむらがある人だった。勤めに上がってすぐの事。スージーは伯爵夫人が侍女を金切り声で叱っているのを聞いて血の気が引いてしまった。
さらにアリアお嬢さまも小生意気な娘で、そのうち手に負えなくなるのではないか、と使用人の間で不安視されていると知り、専属メイドになって大丈夫だろうか、と気を揉んだ。
しかし高熱を出し数日寝込んだアリアお嬢さまは回復後、がらりと性格を変えた。
戸惑いの表情を浮かべ、気が弱くなったのか、隠れて泣いている姿をメイドたちが何度も目にしている。その様子は痛ましく、夜ごとメイドたちはひたいを寄せ合い、話題にしたほどだ。
そして今、叔父の顔色をうかがう素振りを見せるアリアに、スージーは胸がペシャンコになる。その小さな肩を見ているとたまらなくなり、不躾かしらと思いつつ、スージーはアリアを抱き寄せた。
「大丈夫ですよ、お嬢さま。スージーがうけあいます。クロヴィスさまは、お嬢さまと一緒におやつを食べるのを楽しみにしていますよ。さあ、下に行きましょうか」
アリアはにっこり微笑む。スージーには効果抜群の笑顔だが果たして冷血叔父に通用するだろうか?
◇
小説には、クロヴィスの容姿についてごく簡単な描写しかなかった。シルバーに近い金髪、マルシャン一族を象徴する赤い瞳。
恋人の存在をほのめかすものはなく、有力貴族だったにもかかわらず独身だったことから、アリアは彼が女性受けするタイプではないと思っていた。
想像上のクロヴィスは、冷酷で青白い顔をした細身の男。マルシャン伯爵はいかにも軍人といったがっしりした体格をしているが、その弟のクロヴィスは、武力より知力のイメージだ。
テラスに向かう間、アリアは一歩進むごとに処刑台が近づくような錯覚を覚えた。相手は十六歳とはいえ死神のような奴が待ち受けているに違いない。
それでも「わたしは五歳、わたしは五歳」と唱えて自分を奮い立たせる。
処刑はずっと先のこと。愛くるしさで魅了し、十六歳の少年を篭絡するのだ!
◇
テラスが見えてくると駆け出し、アリアはさっそく計画を実行することにした。おじちゃまー!と大声で呼びながら抱きつこう、そうしよう。
「おじちゃ……ま?」
あ、あれ?
勢いを削がれたアリアは瞬きする。
テラスにいるのは死神ではない。光り輝くプラチナブロンドの天使だ。
「あ、あのーぅ?」
白いテーブルで午後のお茶を楽しんでいるはずの天使に微笑みはない。花々が咲き乱れて蝶が飛び交う花壇をつまらなそうに見つめている。それでも一枚の絵画を目にするように繊細な美の光景を作り出していた。
アリアはそろりそろりと進み出る。他に誰かいないかと視線を飛ばしたが、天使の他に誰もいない。
天使は伏し目がちにアリアへと顔を向ける。手にしていたカップをテーブルに置いた細い指は貴婦人のようで、白い肌はアリアよりも輝いている。月光を封じ込め溶かしたような前髪の下で、ルビーの輝きを持つ瞳がアリアをひたと見据える。
「お前」
アリアはぴしりと姿勢を正した。
「あ、あたし、おじちゃまに、あいにきました!」
天使は、ちっ、と舌打ちした。
「消えろ、クソガキ」
「エ」
「おいっ、誰かいねーのかっ。ちびが勝手に出歩きやがって。目障りなんだよ!」
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