第2章(5歳)

第6話 冷血叔父 クロヴィスを攻略せよ

 アリアの叔父クロヴィスは、マルシャン伯爵の年の離れた弟である。伯爵が結婚する数年前に生まれたクロヴィスは、兄夫婦とは疎遠であり、姪のアリアに対してかねてより特に愛情を持っていた様子はない。


 小説の中で、クロヴィスの名前が出てくるのは、主に彼がマルシャン家の当主になり伯爵の爵位をついでからである。それまでの記述では、戦争に家門を代表して参戦したことがふれられている程度で、アリアの人生に強く絡んできてはなかった。


 これまで影をひそめていたクロヴィスは、兄の死後、急に存在感を増していく。アリアを修道院に追いやったことを皮切りに、中央への興味を見せはじめたのだ。国王や皇太子に取り入り、アリアを断罪することで家門の名誉回復だけでなく、自身の権力もつけていった。


 特に注意しなければならない出来事は、悪女アリア・マルシャンの死刑に関する記述である。


 当初、皇太子ロザリオは、アリアに名誉ある死を与えようとしていた。王族の系譜に一度は載った女性であり、またクロヴィスとの養子縁組により、妃グレイスの従姉妹にあたる人物だからだ。


 刑罰に毒を使うことに同意はしたが、その毒は痛みなく眠るように息絶えるものであった。さらに妃グレイスはアリアの死を望まず、生涯彼女を幽閉することで決着をつけるよう、ロザリオに頼みさえしている。


 国王は判断を皇太子に一任し、他の貴族も「断頭台」「絞首」「火あぶり」など陰では好きなことを言いあってはいたものの、ロザリオの判断を尊重していた。


 そこへひとりだけより厳しい極刑を主張する者がいた。クロヴィスである。


 彼はアリア・マルシャンを破門したこと、すでに彼女は人ではなく魔族の一員であることをあげ、「国民が納得する死」を望んだ。


 国民のあいだでのアリア・マルシャンの評判は早い段階から地に落ちていた。


 彼女は社交界デビューして間もないころから、その美貌だけは有名だった。「ピンクアイのアリア」をまねた人形や絵は民衆にも人気で、琥珀色の髪にピンクダイヤモンドのような瞳は美人の代名詞になっていた。


 しかし当時第六王子であった皇太子と結婚後も、派手な交友を止めることなく、戦争中も周りの目を一切気にしない豪遊ぶりで、いつしか「ピンクアイのアリア」が悪女を示す隠語として通用するようになる。


 戦況が悪くなるにつれ、アリアに向けられる視線はさらに冷たくなり、王家全体に向かうはずの敵意さえも、彼女ひとりが一身に浴びるようになる。


 国を腐敗させたのはアリアのせい、戦争で夫や息子が死ぬのも、子どもが病に泣くのもアリアのせい、すべてはアリア・マルシャンのせい。


 それでも、彼女の夫ロザリオが劣勢を覆し、凱旋したときは、アリアに対する評価もすこしは回復した。しかし、帰国したロザリオが離婚を望んださい、激しく拒み、なりふりかまわず振るまったことで、捨てられる妻への同情ではなく、王子の威光を邪魔する存在となり嫌われた。


 彼女の転落人生は笑われこそすれ、誰もアリアに救いの手も、同情の目も向けることはなかった。


 そうして王子グエンの暗殺未遂が発覚し、民衆はいよいよアリアを悪とみなして断罪した。彼女は王家の恥であり、国の恥であった。


 そのアリア・マルシャンに温情を与えることに、国民が納得するはずがない。彼女は腐敗の象徴であり、過去の重荷なのだ。


 戦争に勝利したとはいえ、国力は低下しており、国民の犠牲も大きかった。それらを回復し、より良い未来に発展させる意思を強く見せる意味でも、アリアの死は必要である、そうクロヴィスは主張した。


 クロヴィスはアリアの死をパフォーマンス化することで、皇太子を中心とした国家への足掛かりにするつもりだった。


 悪女アリアを討伐する姿を広く見せることで、すでに英雄的な人気を誇るロザリオを、より神格化した存在にまで押し上げようと画策する。同時に姪である彼女に情けをかけないことにより、クロヴィス自身の地位もゆるぎないものにすることも忘れなかった。


 アリアはマルシャン家の汚点だが、同時に王家の汚点でもあった。彼女の死を踏み台にすることで、クロヴィスと皇太子の結びつきはより強くなる。


 皇太子はクロヴィスの主張をのんだが、実際の処刑を目にしたのち、わずかながら罪の意識をかんじるようになった。それは悪夢となって生涯彼につきまとう。負い目にも似たその感覚を植え付けたきっかけはクロヴィスであり、そうなることがわかってアリアに極刑を望んだのも、やはりクロヴィス・マルシャンなのである。


 クロヴィスはしたたかな男だ。ある意味ではアリア・マルシャンと似ている。ただ彼は野心を隠すことができ、アリアはそれが出来なかっただけで、根っこにある他人に対する無慈悲な考え方は同じである。


 そのクロヴィスを攻略することが、新生アリア五歳に課せられた最大のミッションである。将来自分を死に追いやり、出世の踏み台にすることがないよう、しっかり味方につけておけなければ、アリアに『祝・老衰大往生!』の未来はない。


 そしてチャンスは早々に訪れる。アリアが我が身に待ち受ける運命を享受したわずか数日後、寄宿学校が長期休暇に入ったのだ。


 在学生クロヴィスは、兄夫婦に顔を見せに邸宅による予定である。その後はすぐに友人宅の邸を転々として休暇を過ごしたのち、学校に戻ることになっていた。


 つまり、チャンスは短い。この機会を逃せば、次の長期休暇まで『仲良し大作戦』はおあずけになる。


 アリアは奮起した。からだは五歳児だが、魂の上では十八年と数か月。クロヴィスは現在十六歳である。やれる。アリアはまさに死に物狂いでこのチャンスに望みをかけた。いくら将来冷血叔父に変貌するとはいえ、まだ年下(精神上は)の少年である。いける。アリアは鏡で自身の愛らしさを確認して満足げにうなずいた。


(幼女のポテンシャルと年上の余裕を使えば勝てる!)


 この勝負、マジで命がけである。

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