第3話 夢だよね?
丸島ありさは十八歳だ。
両親は幼い頃に他界し祖母のもとで育てられた。
その祖母もありさが高校生になると体調を崩し亡くなった。
そしてありさは大学受験にも失敗し、人生どん底気分だった。
——そんな心境が生みだした幻影なのか。
西洋人っぽい人たちに囲まれている。
金髪や碧眼、黒髪に緑の瞳といった具合で、宝石箱の中にいるように華やかだ。口にしている言葉も日本語とは違う——が、すんなり理解できる。
そして自分は「ありさ」ではなく「アリアお嬢さま」と呼ばれている、そんな夢を見てしまっている。
(わたしってこういう趣味だったのね)
どうやら自分は高熱を出して寝込んでいたらしい。病み上がりの体は重だるく、手足は痺れ、頭ははっきりせずぼんやりする。しばらく成り行きを見ていたが、徐々にしっかりしてくる。おいしいスープを飲み終える頃には状況もかなりつかめてきた。
両親は貴族で、娘のアリアを溺愛しているらしい。そして使用人たちはお嬢さまの回復に涙するほど優しい人たちだ。面白い。夢を楽しむ余裕も出てきた。
しかし、夢の割には秩序だって物事が進んでいく。突飛な場面転換もなく、時間はのろのろと現実と変わりなく過ぎる。
時刻は深夜らしく、乳母を残して誰もいなくなってしまうと、ついには暇になってしまった。夢の中で暇とはどうしたものか。
月光が射すベッドの上で、ありさは仕方なく目を閉じる。
でも眠気はない。そもそも夢の中で寝る気もしない。
だからって起き出してどこかへ行こうという気にもならなかった。病み上がりの設定はリアルで、体は重いし手足は痺れる。
というわけで大人しく次の展開を待とうとした。が、やっぱり暇だ。
天蓋に描かれている絵をじっくり眺めてみるが薄暗いし、眺めたところで数分も持たない。仕方ない。だるくても起きよう。ありさは上体を起こして隣に目をやる。乳母が椅子に座ったまま眠っている。
つまらない夢は意外と苦痛だ。イライラしてくる。なぜ自分が見ている夢なのに自分の思い通りにならないのか。
せっかく自分の内なる願望が反映されたであろう豪華な夢だが、ありさは古典的目覚めの儀式、頬をつねる、を実践した。
ぐにっ。ダメだ。
痛いだけで、目は覚めるどころか涙で湿るだけ。
もう一度やってみる。痛すぎる。
「何よ、この夢」
起きろっ。
目を荒っぽくこする。ダメ。ぐっと大きく目を開けてみる。無理。
どうにもならない。ますます腹が立ってくる。
「はあ!? わけわかんないっ」
頭を抱えて、ふと気づく。手が小さい。
え、ちょっと待って。どうなってんの。鏡はどこよっ。
だるさも吹っ飛び、ベッドから起き出して、小型の、だが異常なほど高価そうなドレッサーを見つけて鏡をのぞき込む。
ハッとする。ドレスを着た西洋のお人形がいる。いや違う。ありさはぺたぺたと自分の頬を触る。わたしだ、これがわたし!!
ゆるいウエーブのかかったロングの髪に、完璧すぎるほど顔立ちの小さな女の子。月明りだけの部屋で見ると、まるで妖精あるいは天使だ。
くるくると回って隅々まで自分を見てみようとする。でも暗がりでは美貌を堪能しつくせない。ったくどうして夜中の設定なの、早く朝になればいいのに、つまらない夢ねっ。
……とやっているところで、目を覚ました乳母が「お嬢さま?」と怪訝そうに近づいて来る。
「夢よ」
ありさは呟く。
「とってもつまらない夢。心底つまらん。令嬢生活を堪能する夢なら、さっさと場面転換してくれないと。それもないなら目覚めさせてよ!」
夢は覚める。だって夢は覚めるから夢なのよ。
でもいつまでたっても夜のままだし、夢の中で目が冴えるばかりで現実に戻れないの!!
その夜。
ありさはぐるぐる歩き回りながら、時に跳びはね、時に窓から身投げしようとして乳母に止められた。大人しく乳母の促すままベッドに横になったが耐えられず、再び跳ね起き、「起きろおおお、目を覚ませえええ!!」と絶叫する。
捕獲、ベッド、起き出す、捕獲、ベッド、起き出す、絶叫、を繰り返し、やがて空が白んできた。
そしてこの騒ぎで起き出してきた使用人一同と両親がぐったりして、「昨夜の宮廷医をまた呼びましょう」と相談を始めたところで、ありさは自分の境遇を受け入れた。
夢ではない。
そう、わたしは今、臨死体験中なのだ。
思い返せば、自分は祖母の遺品整理中で、本棚にあった蔵書の仕分けをしていた。就寝して夢を見ている——と思い込んでいたが、そうではなく、何かが起こって、自分は死にかけて……。
もしかして本棚の下敷きになって気絶? あるいは受験失敗のストレスからくる心臓発作、はたまた脳出血、貧血、ゴキブリを見たショックで転び打ち所が悪くそのまま?
ともかく何かのアクシデントで危険な状態にいるはずだ。
人によっては花畑、三途の川、暗いトンネル、空を飛んで雲に突撃などあるそうだ。でもありさは風変わりなタイプで、西洋貴族の令嬢になって周りにちやほやされながら贅沢な生活をする幼女体験中。そうすることで死にかけている恐怖と戦っているパターンであろう。
誰かああっ、救急車呼んでくださいっ。一人暮らしの十八歳女性が、室内で瀕死の状態で転がっていますよ!
のんびりしてらんない。
臨死体験を受け入れたら、次は現状打破のために行動せねば。
しかしそう決意したところで、死にかけている自分に出来ることといえば、誰かに救助されることを強く念じて待つくらいしかない。生きる気力だけは失わず、魂に喝を入れ、家の中で転がっている自分に誰かが気づく強運を祈るだけである。
いやもっと前向きに考え見ることもできる。すでに発見され救急車で運ばれている最中かもしれないし、到着し集中治療室だが緊急オペだかで生死をさ迷っている真っ最中かもしれない。
一人暮らしだけど、もしかしたら遺品整理の手伝いにおばさんが来てくれて、死にかけの姪を発見したのかも。十分あり得る。あのおばさんったら、手は動かさず口だけ動かしてうるさいだけだったが、今は救世主なのだ。
がんばろう。挫けるな。わたしは助かる。
気持ちをしっかりもって! まだ十八才。受験には失敗したけど、それで人生が終わったわけじゃない。彼氏だってほしかったし、デートだって行きたかったし、ハグやキスもしたかったし‼ 目覚めろ、丸島ありさ。
「わたしに天国はまだ早い!!」
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