第38話 偽りの聖女
気づけば川に落ちたリリアーヌとニコラは、王宮の対岸に打ち上げられ、土手でスケルトンたちに囲まれていた。
「ニコラ、これはいったい……?」
スケルトンたちからは害意を感じなかったが、リリアーヌは驚きと戸惑いを隠せない。
「
むかし国境で、ラグランジュ一族が襲われた時と同じだな。
あの時も
「そう、だったのね……」
空は暗く、雨が降り出している。
「行きましょう」
「どこへ?」
リリアーヌが立ち上がると、ニコラが手を差し伸べる。
「あの広場の向こうには、孤児院が。子供たちを守ってあげないと」
王都はおびただしいスケルトンたちで大混乱になり、人々は我先にと逃げ惑っていた。
二人はスケルトンたちに守られるように囲まれて、石畳の道を雨に打たれながら歩いて行く。
広場を抜け、路地裏の空き地に隠れていた孤児たちを見つけると、リリアーヌは声を掛けた。
「私についていらっしゃい」
「聖女さまだ!」
「リリアーヌさまっ」
子供たちが、捨てられた家財道具などの粗大ごみの中から飛び出して、リリアーヌのもとへ集まる。
「孤児院の他の人たちは?」
「修道女たちは、教会に逃げて行ったよ。貧窮院の寡婦たちも」
「そう、なら安心ね」
リリアーヌは、子供たちの顔を見回した。
大きい子から小さい子まで。
時折、稲妻がピカッと光り、辺りに不気味な印影を落とす。
「選んで。教会に避難するか、王都を出て行くか。
私たちは、これから王都を出るわ。
あなた方が教会に行くなら教会まで、王都を出るなら受け入れてくれる村まで送り届ましょう」
すこし大きい子たちが、顔を見合わせて相談する。
すぐに答えは出た。
「「「王都を出ます」」」
「……賢明だな」
ニコラが子供たちを見て、笑った。
子供たちを連れて、リリアーヌたちは王都から外門へと進んで行く。
途中で、貧窮院の寡婦たちとも合流した。
「リリアーヌさま、あたしたちも連れて行ってください、お願いします」
「あなた方が、小さい子供たちの世話をしてくれるなら」
「もちろんです!」
屋敷の上階に隠れていた人々は、窓からリリアーヌたちがスケルトンに囲まれて、街路を歩いて行くのを見た。
彼らは貴族や富豪の特権階級の者たちで、リリアーヌの神判を高みの見物をしていた。
特権階級の人々は考える。
リリアーヌがここにいるという事は、どういうことなのだろうか、と。
神判では、教皇より『無罪』を言い渡されていた。
ならば、自分たち民を救うために、来てくれたのではないか?
彼女は『プロヴァリー王国の聖女』なのだから。
「聖女さま、助けて下さい!」
「
「聖女さま!!」
リリアーヌは、窓から呼びかける彼らをチラリと見たが、すぐに前を向いた。
歩み去っていく聖女を見て、特権階級の者たちはリリアーヌが自分たちを救う気がないことを悟った。
「偽りの聖女!」
「恥知らず!」
「人殺し!」
窓から罵声を浴びせられ、本や燭台、花瓶などの物が投げつけられる。
ニコラはリリアーヌをかばい、投げつけられたものがスケルトンたちに当たった。
すると、それまで大人しく歩いていただけだったスケルトンが、急に攻撃的になってぶつけた人々に向かい、襲い掛かる。
屋敷の壁をよじ登り、窓から侵入していく。
それを見た寡婦や孤児たちが、青ざめた。
「何もしなければ、アンデットたちは攻撃して来ない……多分」
ニコラが一緒について来た者たちに教えると、彼らは黙って頷いた。
王都の外れの倉庫街まで行くと、ペドリーニ商会の荷馬車と荷を積む商会の者とそれを守る傭兵が、スケルトンたちと交戦していた。
ペドリーニ商会は、間もなくスケルトンたちに押されて、荷馬車と荷物を捨てて逃げて行った。
「これを頂いて行きましょう。子供たちを受け入れてくれる村にも、手土産の物資が必要でしょうから」
ニコラとリリアーヌは御者台に座り、小さな子供たちを荷台に乗せた。
寡婦が、荷台にあったフード付きの外套をリリアーヌとニコラに渡してくれた。
二人は外套を着て、フードを深く被った。
スケルトンたちに怯える馬を、ニコラが宥めた。
荷馬車はやがて街壁と外門に辿り着く。
ここを守るべき門番の姿はすでになく、王都から逃げて行く人々の列が続いている。
家財道具を背負い、家族を連れて王都を見捨てる人々は、口々に嘆きの言葉を呟いた。
「聖女さまさえいらっしゃれば、こんな事にはならなかった」
「どうして俺たちが、ひどい目に遭わなきゃならないんだ……」
荷馬車の御者台で、ニコラの隣に座っているリリアーヌは「歴史は繰り返す」とささやいた。
「ん? どうしたリリィ」
「以前もね、同じようなことがあったの」
リリアーヌは、古き神が伝えたかったメッセージの映像を、ニコラに話して聞かせた。
荷台に座っている子供たちも、耳を澄ませて聞いている。
大昔、この大陸が呪われたのは、古き神の一人娘を人間たちが奪ったから。
古き神は、一人娘を救おうとして
娘は結局殺されてしまい、古き神は怒りのうちに新しき神に封印された。
殺された娘には黒髪の人間の夫がいて、彼は神の娘との間に生まれた子を育て、それがラグランジュの民の祖となった。
神の娘の血を引く、真紅の髪と金色の瞳をもつ一族の娘の中には時折、古き神の
いつしか聖女と呼ばれるようになった娘達は、古き神の怒りによって、大陸の人々が滅んでしまわないように祈りを捧げ、
「古き神は、精神も身体も封じられているの。時折、怒りと孤独の感情が湧きあがるままに、民や
主神フレイアは、リリアーヌに忠告した。
この大陸すべてを、
「それでリリィは、どうするつもり?」
外門を潜り抜け、王都を出ると雨は止んでいた。
振り返れば、小高い丘の上にある王宮は暗雲に覆われている。
「ここを死霊の都とする。
人々が古き神を忘れないように。
古き神への恐れと鎮魂の祈りが、彼の所に届くまで」
リリアーヌとニコラは、孤児たちを受け入れ先の村に送り届けると、祖国に向かって出発した。
「私もニコラが見つけた礼拝堂を、訪ねてみたいの。
それから、ラグランジュ一族のゆかりの地も」
「リリィの行くところなら、どこまでもお供するよ」
やがてふたりは、祖国の海辺にある朽ちた礼拝堂に祀られた、古き神の像の前に野の花を供えて共に祈る。
すると、古き神のおわす海底の廃墟に、供えられた花々の花びらが降り注いだ。
古き神は水底から空を見上げ、リリアーヌたちの幸福を願い、ふたりに加護を与えた。
ふたりは、辺境の地で静かに暮らし、たくさんの子宝にも恵まれた。
ニコラはそれから生涯、リリアーヌと子供たちを守った。
その後、リリアーヌは平和に暮らし、二度と聖女の力を使うことは無かった。
かつて栄えたプロヴァリー王国の王都は、『死霊の都』と呼ばれるようになった。
そこには一年を通して暗雲が垂れ込み、雨が降り続いている。
都を闊歩するのは
しかし、この
このことに関しては、後の学者たちの間では諸説紛々別れて、議論が続いている。
ある学者は、王妃リリアーヌは偽りの聖女だったという。
またある学者は、死霊を王都だけに留めることが出来たのは、リリアーヌが聖女だからだという。
プロヴァリー国王ジェレミーは、死霊の都で行方知れずとなった。
王姉の子が王位を継いだが、内乱が続けざまに起こり、国力は疲弊した。
やがて他国に領土を吸収され、プロヴァリー王国は名実ともに滅びた。
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本編はこれで終わります。
この後、番外編として「死霊の都・ジェレミーの憂鬱」を掲載します。
すこしでも面白いと思って頂けたら、★★★で応援していただけると次作へのモチベーションに繋がります。
よろしくお願いしますm(u_u*)m
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