第36話 母と子 2

 

 

「お前が、フェリクスを手に掛けたのか。実の子を! 余の第一王子を……っ」

「し、知らないわ。放してっ」


 ジェレミーは、エレオニーの肩をつかみ揺さぶる。

 近衛騎士も、後ろから司祭に借りた別のランタンを持って入って来た。


「父上を殺したのもエレオニー、お前だったのか!?」


 エレオニーは、今まで母親と話していたことを全て聞かれてしまったと悟り、唇を噛んだ。


「なぜだ、なぜそんなことを!」

「なによ、陛下だってあなたの子を身籠っているわたくしを、殺そうとしてるじゃない!」

「ちがう! 余は秘密の通路から、そなたを逃がすつもりだった」



 ここまで二人の様子を黙って見ていた近衛騎士は、上王をエレオニーが殺めたと知ると剣を抜いた。

 この騎士は王家への忠義に厚い家の出で、上王に取り立てられてジェレミーの側近武官になったことに、深く恩義を感じていた。


「陛下、そこをお退きください。王家の禍根となるその毒婦を、もはや生かして置くことは出来ません!」

「いや、でもエレオニーには余の子が……!」

「ひっ! いやぁっ、助けてぇっ」

「陛下と王家のためです! あとで私への罰は、何なりと。

 亡き上王陛下のかたき、覚悟!!」


 騎士は問答無用とばかりに王を押しのけると、悲鳴を上げて逃げようとするエレオニーに向かって、剣を振り下ろした。


 するとそこへ、いきなりエレオニーの母親が飛び込んで来た。

 娘に向けられた剣を、その身に受ける。


 辺り一面に血飛沫が飛び散り、絶命した女がどさりと石の床に倒れた。


「信じられない。召使が、あんな女を庇うなんて……」


 呆然とするジェレミーと騎士。


 エレオニーは、その隙に秘密の通路に逃げ込む。

 内側から素早く扉を閉めて、閂を降ろした。


「だめだ。行くな、エレオニー! 

 その通路は案内がなければ、迷ってしまうぞ。ここを開けるんだ!」


 ジェレミーが扉を叩いて呼び掛ける。

 それを無視して、エレオニーは歩き出した。






「上王はこの通路が、王宮の中と王宮の外の二つの出口に繋がっている、と言っていたわ。

 もう王都はおしまいね。ペドリーニ商会と合流して、別の都にでも逃げた方がよさそう。

 わたくしはこれから生まれて来るお腹の子に、必ず王位を継がせる。

 そしてこの国を、好きなように牛耳ってやる!」


 ランタンを掲げ、暗く狭い通路を進んで行く。

 通路の中は埃っぽく、カビ臭かった。


 しばらく歩いていると、誰もいないはずなのに、ピタピタと後をついて来るような音が聞こえてくる。

 立ち止まって耳を澄ますと、シンと静まり返えっている。


 エレオニーは、ゆっくりと後ろを振り返った。

 通路には誰もいない。


(音が反響しただけね。暗い通路で一人だから不安になっているのかしら。これくらいのことで、負けるものですか)


「……キャッ!」


 不意に足首に、冷たいものが触れた感触がした。

 驚いたエレオニーは、思わずランタンを落としてしまった。

 幸い灯りは消えることもなく、ランタンもヒビが入りはしたが壊れなかった。


「灯りがなくなったら大変だわ。このロウソクだって長い時間は持たない。急いで抜け道を出なくちゃ」


 エレオニーは、冷たい感触のものが何だったのか、キョロキョロと足元を探しながら、屈んだ。


「トカゲとか蛇かしら、怖いわ」


 落としたランタンを拾おうと、手を伸ばす。


「ヒッ!」


 すると今度は、背中に何かが抱きついて来た。


「いやぁあああっ!」


 頬に、冷たいものが当たる。

 腰を抜かしたエレオニーは、石の床にぺたんと座った。

 首をゆっくりと動かして、横目でそれが何なのかと、こわごわと見た。



 肩越しに見えたのは――暗がりの中、ランタンの薄ぼんやりとした光に照らされて浮かぶ、の顔。


「いやぁあああああああああああ!!」


 エレオニーは、フェリクスの身体を突き飛ばした。

 小さな身体が壁に当たって、床にゴツリと落ちる。

 その衝撃で、フェリクスの首があらぬ方へ曲がってしまった。


 しかし 動く屍レヴァナントと化したフェリクスは、曲がった首のまま這い寄ってくる。



「来ないでぇぇええええっ」



 そして、ランタンの灯りが消える。


 暗闇の中、エレオニーの絶叫が鳴り響いた。



 

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