第35話 母と子 1

 

 

 エレオニーは、ジェレミーと近衛騎士に両脇を挟まれるようにして、礼拝堂主祭壇の右手にある階段を降りた。


 地下聖廟は、ひんやりとしてうす暗かった。

 薄闇の中で目を凝らしていると、ぼんやりとしたランタンの光源に照らされた人影が、こちらに近づいて来る。


 上から降りて来た三人は、何者かと思わず一瞬身構える。

 けれど、すぐに向こうから声を掛けて来た。


「陛下ではありませんか、良くぞご無事で!」 

「司祭殿か! これは心強い」


 王宮礼拝堂の司祭が、嬉しそうに王たちを出迎えた。

 司祭は、異変が起きてからすぐにこの地下に逃げ込んだという。


「ここには、他にも誰かいるのか?」

「はい、それが――」


 ジェレミー達は、それぞれの無事と再会を喜んだ。

 そして今の状況などを、夢中で話し始めた。


「上の礼拝堂は、避難して来た民で一杯で……」

「――聖水は、どのくらい用意してある?」

死霊系魔物アンデット・モンスターたちへの対抗策は――」


 そんな彼らのわずかな隙を狙って、エレオニーは司祭のランタンを奪い、駆け出した。


「エレオニー!」

「おい、待てっ! 戻れっ」

 

 うしろから聞こえて来る怒鳴り声にはかまわず、エレオニーはランタンを抱えて奥へと逃げた。


(あの人たちに、大人しく殺されてなどやるもんですか! 私は絶対に、生き延びてみせるっ)


 地下聖廟の回廊には、過去に英雄と呼ばれた将軍や、名だたる騎士たちの彫刻が施された石棺がずらりと並んでいる。

 エレオニーは、脇目もふらずに走り抜けた。


(陛下たちは灯りがないから、すぐにわたくしには追いつけないはず)


 一番奥の王家霊廟を取り囲む壁には、王冠を戴いた初代国王が獅子の上に立っているレリーフが飾られていた。


 エレオニーは、歴代の王や王妃が眠る霊廟に入って行く。


 するとそこから明かりがもれていて、小さな歌声が聞こえて来る。

 おそるおそる覗いてみると、香が立ち昇る祭壇の前に、エレオニーの側仕えの女がいた。


 女は、祭壇の上に安置された小さな棺の中に、花を入れながら懐かしい子守歌を歌っている。


『小さな坊やが遊んでいるうちに

 大好きなママから離れてしまい

 迷子の坊やはママが恋しいと泣く

 ママは野を超え山を越え坊やをさがす

 ようやく坊やを見つけたママは

 腕に抱いてたいへん喜びました』




「――こんな所に居たのね」

「エレオニー……」


 

 そこにいたのは、身分の低いエレオニーの実母だった。

 人前ではエレオニーの母親だということを隠しつつ、出産したあと娘のために側仕えをしている。


 エレオニーは、つかつかと霊廟の中に入ると、辺りをぐるりと見回す。

 ここには歴代の王たちの古い石棺と、まだ新しい上王夫妻の石棺が安置されている。

 

「この霊廟に、王族しか知らない秘密の通路があるはずなの。

 見つけてここから脱出するわ。

 お前も探しなさい。

 わたくしは、こんな所で終われない!」


 エレオニーはランタンを掲げて、壁や床などあちこちを見てまわり、それらしいものがないかと、せわしなく探す。


「でもエレオニー、外には死霊系魔物アンデット・モンスターがいて危ないわ」

「何言ってんの。ここにいたら殺されちゃうのよ!

 ああ、本当にどこに仕掛けが隠してあるのかしら。

 上王はわたくしに、王族じゃないから教えられないと言ったのよ。

 王妃はリリアーヌで、わたくしは公妾、それは永遠に変わらないのだと言って。

 あの老いぼれ、もっと苦しめてから殺せばよかった」 


 他にめぼしい所はないかと、エレオニーは最後に祭壇に目をつける。

 祭壇の上のフェリクスの亡骸を、迷わず棺ごと石の床に叩き落とした。


「もしかして、この取っ手を引っ張れば……」


 祭壇の上に、隠されていた取っ手を見つけて、引っ張った。

 すると、ゴゴゴ……と音がして、通路への隠し扉が現れた。


「やったわ!」


 エレオニーが喜んで秘密の通路へ入って行こうとすると、彼女の母親が赤子の亡骸を抱いて立ち塞がった。


「待ってちょうだい、エレオニー」

「何よ、お前もついて来るなら、遺体それを置いて来なさい」

「あなたは、フェリクスの母親です! 

 生きている間に一度も抱いてあやしてあげなかったのだから、せめて最後のお別れをしてあげて」


 母親が子供を差し出すと、エレオニーは露骨に嫌な顔をした。


「嫌よ、気持ち悪い。

 結局こんなことになって、フェリクスはなんの役にも立たなかったわ。

 親不孝な子よね。せっかく乳母を買収して殺させたのに。

 それより、はやく逃げないと。どきなさい」


 エレオニーが母親を押しのけようとした時。



「……エレオニー。どういうことだ?」



 ジェレミーが蒼ざめた顔で、霊廟の前に立っていた。


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