第32話 裁きの日 1
聖女リリアーヌとその守護聖騎士ニコラが、橋の上から川の中へ続けて落ちると、辺りはシンと静まり返った。
王宮前広場や川岸、城門周辺に押し寄せていた群衆と。
周辺建物の上階に急遽設えられた特等席に金を払い、ワイングラスを片手に窓から高みの見物していた貴族や富豪の者たちもみな、息を飲んで見つめている。
ふいに、ザーッと風が吹いた。
川が波立ち、流れる雲の影が落ちる。
川岸で、父親に肩車をされている子供が、空を見上げた。
さっきまで雲一つなかった青空に、にわかに暗雲が立ち込め陽射しを遮っていく。
教皇は、儀式用の
人々からどよめきが起こった。
橋の上でリリアーヌをつないでいた縄が引き上げられたが、そこに彼女の姿はない。
縄を調べると、鋭利な刃物で切られた痕跡があった。
「川下に行って、二人を捜しなさい。もしも王妃とあの騎士が生きていたら、保護するのです」
教皇が聖騎士たちに命じると、彼らはすぐに川下に散開して捜索を始めた。
「お父さま、なぜ生きていたら殺せと言わなかったの?」
エレオニーが、鼻にかかったような甘えた声で聞く。
「衆人環視の中でそんなことをしたら、面倒なことになりかねない。群集心理を甘く見てはいけないよ」
「そうね、お父さまの言う通りにしていれば、いつだって間違いないもの」
教皇はあらためて流れる川を見つめ「……結局、奇跡は起こらなかったな」とつぶやいた。
思ったより落胆していることに気づき、自嘲する。
空はさらに厚い黒雲に覆われ、圧し掛かるように低く垂れこめてきた。
大気に湿り気が帯び、人々は雨が降る前にと帰りはじめる。
教皇たちも橋から降りて王宮に戻ろうとした、その時。
「あれは何だ!?」
誰かが、川下の方を指さしている。
立ち去ろうとした人々も足を止め、振り返った。
川面の一か所から無数の泡が立ち上り、水面が盛り上がっていく。
皆の視線を集めると、そこから一瞬、カッと閃光がほとばしり、人々の目を眩ませた。
とっさに教皇は手で目をかばう。
少しして眩んだ目が治ってから辺りを見回すと、あちこちで悲鳴の声が上がっていた。
「うそだ! 信じられない」
「イヤーッ、助けて!」
「どけっ、早く逃るんだっ」
波立つ川から、何万、何十万もの無数の骨が湧きあがっている。
川は骨で溢れかえり、岸に打ち上げられると次々にスケルトンとなって起き上がり、人々に向かってくる。
「お父さまっ、あれは何? 何が起きているの?」
エレオニーが怯えた顔で、教皇にしがみついた。
「――これが、神の奇跡なのか? 忌まわしき邪神のなす業ではないかっ!」
教皇を守るはずの聖騎士団は、ほとんどがリリアーヌたちの捜索を命じられて側にいない。
「聖水をこれへ! お前たちの武器を聖別する。急ぎ王宮へ戻って、
「はっ! この命に代えましても、聖下をお守りいたします!」
わずかに残った精鋭の側近に、速やかに命令を下すと、教皇たちは城門を目指そうとする。
しかし逃げ惑う群衆も、城門に殺到していた。
橋脚にもスケルトンたちが取りついてよじ登り、橋げたの上に現れた。
対岸の広場もスケルトンの群れが押し寄せ、パニックになった群衆が見える。
前には群衆、後ろの橋にはスケルトンの軍勢、教皇たちは進むことも逃げることもできない。
「聖下、ここは我らで持ち堪えている間に、お逃げ下さい」
聖騎士たちは、聖別された武器を構え、スケルトンと決死の覚悟で戦いに臨む。
教皇とエレオニーは群衆を押しのけるようにして、なんとか城門へ駆けこんだ。
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