第33話 裁きの日 2

 

 

 遠くの方から雷鳴が聞こえ始め、やがてポツポツと雨が降り出した。


 教皇の命により、川下に聖女たちを捜索に向かった聖騎士たちは、スケルトンを追い払い、蹴散らしながら仲間と合流するために戻って来た。


「早く、城門へ! 王宮の中に逃げるんだっ」


 聖騎士たちは、逃げ惑い右往左往している群衆に呼びかける。


 スケルトンたちの身体はもろく、何の武器も防具も持っていない。

 聖騎士たちは、教皇によって聖別された長剣ロングソード鎚矛モーニングスターランスなどそれぞれの武器で戦う。


 けれど多勢に無勢、次第に城門前近くまでスケルトンの軍勢に押され、追い詰められていく。


 そこへ、城壁の上から衛兵による弓矢の援護射撃が来た。

 彼らは城壁頂部にある、小塔の衛兵詰所にいた当番兵たちだ。


 城壁の上にいた兵たちは、見晴らしの良いこの場所から、聖女の神判を眺めていた。

 やがて川に異変が起こり、人々がスケルトンから逃げて城門に殺到するのを見て呆然とする。


 百戦錬磨の衛兵隊長は、鋼のような声で衛兵たちに渇を入れるように命じた。


死霊系魔物アンデット・モンスターが射程圏内に入ったら、聖騎士の援護射撃をする! 民を守れ!」


 スケルトンたちの頭上に弓矢が降り注ぎ、足止めする。

 聖騎士たちは倒れた仲間に肩を貸し、また残された人々を誘導して自分たちも城門へ向かう。


 城壁の外堀には川から水が引いてあり、敵の侵入を防ぐために跳ね橋が掛っていた。


 教皇とエレオニーは、群衆に混じって跳ね橋を渡り、城門から城壁に守られた王宮の内側に入る。


 押し合いへし合いされながら、ようやく城門を潜り抜けた教皇は、城壁の上の歩廊で部下を指揮する衛兵隊長を見つけた。


「そこの兵士! 今すぐ跳ね橋を上げなさい! このままでは死霊系魔物アンデット・モンスターが王宮内に雪崩れ込んでしまう!」

「いや、まだ大勢の人が城門の外にいるんだ。

 聖騎士団も戦っているし、俺たちも援護している。

 今、跳ね橋を上げるのは、あの人たちを見殺しにすることになるぞ!」

「ちょっとあなたっ、いますぐ教皇聖下の言う通りにしなさい! 縛り首にされたくなければ、跳ね橋を上げるのよ!!」


 教皇の隣にいたエレオニーが、衛兵隊長に向かって権威を振りかざして怒鳴りつける。

 衛兵隊長は王の寵姫に脅されると仕方なく、跳ね橋を上げるよう指示しようとした。


 するとそこへ。


「衛兵隊長、跳ね橋はそのままだ! 余の民を助けよ!」


 ジェレミーが近衛騎士とともに、王宮に戻って来た。


「王さまだ! 俺たちの王さまが来てくれた!」


 事の成り行きを見守っていた人々から、歓声が上がる。


「陛下、なに寝言っているのよ?

 あのおびただしい死霊系魔物アンデット・モンスターが見えないの!?

 あれがここに入ってきたら、この国は終わりなのよ!」


 エレオニーは、ジェレミーのドレスシャツを掴んで、わめいた。

 これまで大人しやかにしていたエレオニーの豹変ぶりに、ジェレミーは呆気に取られる。


「エレオニーの言う通りです。私の聖騎士たちも、もう戦う力は残ってない。ここは籠城して、援軍を待つしかないでしょう。

 大事の前に小事はささいなこと。陛下どうか、ご英断を」

「し、しかし」


 目を吊り上げて迫ってくる教皇とエレオニー。

 ジェレミーがたじたじになり、思わず半歩後ろに下がる。


「毒婦が王さまに逆らっているぞ!」

「教皇さまは、俺たちを助けるつもりがないんだっ」


 その様子を見ていた群衆が、この事態の怒りの矛先を教皇とエレオニーに向けた。


「聖女リリアーヌさまを殺したのは、あの教皇だ!」

「あいつのせいで、スケルトンどもが襲って来たんだ!」

「そうだ、お前たちのせいだっ」

「俺たちから聖女さまを奪ったから、こんなことに!」

「お前たちこそ、城門の外へ出て行け!」


 人々が暴徒となって、教皇たちに襲い掛かる。

 教皇を守るべき聖騎士は、ここにはひとりもいない。


「待てっ、やめろ! 私を誰だと思っている――っ」

「やだ、放しなさいよ!」


 もみくちゃにされる二人を、ジェレミーが助けようとする。


「おい、エレオニーを救え!」


 王が近衛騎士に命じると、彼は仕方なくエレオニーを群衆から救い出した。

 しかし教皇は暴徒に囲まれていて、彼一人ではどうにもならない。


 そこへ、ついに城門から死霊系魔物アンデット・モンスター達が、雪崩れ込んできた!


「余の民たちよ、王宮の礼拝堂へ逃げるのだ! 聖域ならば、死霊系魔物アンデット・モンスターも入って来られまい」


 ジェレミーが叫ぶと、人々は一斉に王宮礼拝堂目指して、逃げ始めた。


「ああ、お父さまっ、誰か! お父さまを助けてっ」


 エレオニーが、教皇の倒れている方へ行こうとするのを、ジェレミーが止めた。


「そなたも、礼拝堂へ逃げるんだ!」

「いやっ、放して」


 腕を引かれて走りながら、エレオニーは後ろを振り返る。


 教皇の倒れていた辺り一面を、白いスケルトンの群れが波のように、押し寄せて来るのが見えた。


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