第28話 夢の神託

 

 

 その夜、リリアーヌは夢を見た。

 夢の中でこれは夢だと分かっている、明晰夢だ。



 フェリクスの死に、衝撃を受けているジェレミーが見える。

 

「信じられん。まさか、リリアーヌがこんなことをするなんて……」


 子供部屋に居た乳母が、王の前で証言していた。


「フェリクス殿下がお亡くなりになる前に、最後に側にいらっしゃったのは、王妃さまです」


 部屋の外で王子の護衛をしていた衛兵も「王妃さまたち以外、王子殿下の部屋に訊ねて来た者は居ません」と口をそろえて言っている。

 

 検察官がやって来て、トレイに置かれた指輪をジェレミーに見せた。


「宮廷医と薬師に調べさせたところ、殿下の手に握られていたこの指輪には、中空の中に毒薬が仕込まれていました」


「……その指輪は、確かに今日、リリアーヌが付けていたものだ」


 ジェレミーの顔色が変わり、怒りに染まっていく。


「信じていたのに、リリアーヌ! フェリクスの母として、この国の王妃として、立派に務めを果たしてくれると……」


 そこへエレオニーが大声で泣きながら、子供部屋に入って来る。


「わたくしの、わたくしの可愛い坊やが! 陛下、お願いですっ。必ず犯人を捕まえて! 王子を殺害した者に、どうか極刑を!」


 ジェレミーに縋りついて訴える、エレオニー。


 エレオニーと共に来た側仕えの女は、ベビーベッドの上で事切れた姿で横たわるフェリクス王子の側に駆け寄り、動かなくなった小さな身体を抱いて泣き崩れた。

 しかしすぐに王の側近に注意されて、王子から引き剥がされる。



 リリアーヌたちを西の塔に収監させたと聞いた老宰相が、ジェレミーの元に急ぎやってくる。

 老宰相は、両膝を床につけ、深々と頭を下げた。


「おそれながら国王陛下に、申し上げます。

 リリアーヌさまは我が国の王妃にして、中原に名高い聖女。

 この度の王子殺害容疑については、慎重に調査し詮議しなければなりません。あまりにも影響が大き過ぎるからです。

 出来れば、これまでの聖女の働きと教会の結びつきも踏まえ、どうか後の禍根とならぬよう、穏便に解決を。

 ひとたび対処を誤れば、国民は動揺し、他国にも隙を与え、国が乱れるもとになるかも知れません」


 ジェレミーは自分の中に渦巻く、どうしようもない苛立ちを、この老宰相にぶつけた。


「……そのような分かりきったことを、わざわざ余に言いに来るとは!

 そなたもずいぶん老いぼれたものだ。

 いい加減、自領に戻って隠遁したらどうだ?」


 老宰相は諫言が王の不興をかったと知り、そのまま職を辞して宮廷を去った。



 場面が変わって、今度はエレオニーがイライラと部屋の中を歩き回っている。


「せっかく王子を殺して、王妃に罪をかぶせたのに!

 陛下は、老いぼれ宰相に言われたからって、あの女の自供がなければ刑を執行しない、このまま西の塔に幽閉する、なんて言い出したのよ?」


 部屋の中には、エレオニーの義父のペドリーニ商会会長や監獄塔の獄吏長の姿もあった。


「それではエレオニーが王妃になれない。なんとかリリアーヌさまには、自供していただかなくては」


 会長が獄吏長の顔を意味深な目で見る。

 獄吏長は両手を揉みながら、作り笑いを浮かべた。


「ご婦人を自白させるには、ちょっと痛い目に合わせればすぐなんですがね。

 ですが陛下が、王妃さまには指一本触れるな、とおっしゃいますんで」

「――ふむ。地下牢に放り込んだだけでは、すぐには音を上げないか」

「だったら、あの守護聖騎士を痛めつけなさいよ! 殺しても構わないわ! 乳兄弟だと言っていたし、あの女の目の前で半殺しにしてやれば、を言う気になるでしょうよ」

「はぁ……しかし、教会所属の聖騎士さまを拷問したりして、あとから私どもへお叱りや懲罰が来ないでしょうか?」

「大丈夫よ、教皇聖下が味方してくれるわ……ちょっと待って」


 部屋に置かれた衝立の向こう側から、エレオニーを呼ぶ声がしてたので、いそいそとそちらに向かう。

 そこには寝椅子に寝そべって、煙管キセルをふかしている教皇の姿があった。


「聖女リリアーヌには、神明裁判をするように持ち掛けるといい。

 例えば、その守護聖騎士の命と引き換えに」

「まあ、さすがお父さま! 神に真実の審判を仰ぐのですね。

 被告人の手足をしばって水中に投げ込み、浮かべば有罪、沈めば無罪。

 でもどちらにせよ、死は免れない。素敵だわ」


 エレオニーたちは、銀貨の入った革袋を獄吏長に渡すと、よくよく言い含めてから帰した。



 次の場面では、取調室で獄吏長とリリアーヌが相対しているところだった。


 二人はテーブルを挟んで向かい合わせに座り、部屋の隅で書記係が会話を記録している。


「王妃さまは、陛下の公妾に嫉妬して、腹いせにフェリクス殿下を殺めたんでしょう? いい加減罪を認めてくださいよ」

「いいえ、私ではありませんっ。良く調べてください!」


 リリアーヌは、獄吏長の誘導尋問をすべて否定して、首を横に振っている。


 取り調べが終わって再び地下牢に戻されると、石の床に傷だらけになったニコラが倒れていた。



「ニコラ、しっかり! どうして、どうして、こんなひどいことを」

「戻ったのか。俺は、頑丈だから、大丈夫。

 うっ、……このくらいの傷、すぐに治るさ」


 怪我の具合を確かめようと、彼の着ている騎士服に手を掛ける。

 するとリリアーヌの手に、ニコラの血がべっとりとついた。

 

「私のせい、私のせいなのね。ニコラがこんな、酷い目に遭ってしまったのは……」

「……リリィのせい、じゃない。

 何度も言うが、決して……ありもしない罪を、認めるな――」


 ヒューヒューと苦し気に呼吸をする、無残な姿のニコラ。

 リリアーヌは、ひどく怯え、震えていた。


「お願い、ニコラ。私を置いて、逝かないで――!」





 ……やがて視界は暗転して、暗闇の中に閉ざされる。



 ゴボゴボと深い水底から、泡が立ち上ってくる音と知らない言語が聞こえてくる。


 夢の中でリリアーヌは、ニコラだけは絶対に死なせない、と固く決心した。


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