第12話 交差する想い
「もう休んだと言ってちょうだい」
「ですが……」
侍女は不満そうにリリアーヌを見た。
エレオニーを公妾にしてからというもの、王は王妃の寝所から遠のいていた。
離宮に滞在している今は、あの寵姫が居ない。
王の寵愛を取り戻す絶好のチャンスなのに、と侍女は思う。
王に顧みられなくなってから、リリアーヌは華やかな社交の場から離れ、質素なドレスを着て辛気臭い教会や孤児院ばかり出かけている。
なんて仕えがいのない主人だろうと、侍女たちはみんな歯がゆい思いで、日々過ごしているのだ。
「陛下の御渡りを無下になさっては。せっかくご寵愛がいただけるのに、もったいのうございます」
「いいから断って! なんなら具合が悪いとでも……」
(御渡りですって? エレオニーを抱いたジェレミーに、触れられたくなんかない――!)
リリアーヌはぞっとして、鳥肌が立った。
侍女は王を迎えるつもりがない王妃を見て、しぶしぶ出て行く。
すぐに眠れそうにはなかったけれど、リリアーヌは目を瞑り、ベッドの中で息を潜めるようにじっとしていた。
しばらくして外からガヤガヤと人の気配がすると、寝室の扉が開けられた。
「具合が悪いって聞いたけど、医師を呼ばなくてもいいのか?」
蝋燭の燭台を持ったジェレミーが、つかつかと中に入って来て、リリアーヌの天蓋ベッドの
そして燭台を置くと、ベッドに腰掛けてブランケットを捲り、リリアーヌの顔を覗こうとする。
「大丈夫よ、すこし頭が痛いだけだから。寝ていれば治るわ」
(うそ、何で侍女は、ジェレミーを寝室に入れるのよ?)
「熱はないようだね」
ジェレミーはリリアーヌの額に手を当て、顔を彼の方へ向けさせる。
背を向けて身を固くしているリリアーヌに、夫の手が回され、引き寄せられた。
「いやっ! あの
とっさにパニックになって悲鳴を上げ、夢中でジェレミーを突き飛ばす。
ジェレミーは、妻に拒絶されて驚き、目を見開いた。
そこへ、廊下で警護していたニコラが、侍女たちの制止の声を振り切って、二人の居る寝室へ飛び込んだ。
「リリアーヌさま! 御無事ですか!」
ニコラの姿に、ハッとしてジェレミーは我に返る。
「無礼者! 誰かこの者を捕らえよ!」
外には王の護衛騎士たちも待機していた。
ニコラが王妃の寝室に飛び込んだのを見て、自分たちも王を守るために貴婦人の寝所に踏み込むべきか躊躇し、判断に迷っていた。
しかし王の呼ぶ声が聞こえたので、彼らも駆けつける。
ニコラは剣の柄に手を掛け、真っすぐにジェレミーを睨んだ。
「俺は、主神フレイアの聖騎士だ。リリアーヌさまを守るよう教会から命じられている。例え、国王陛下であろうと、リリアーヌさまを傷つけることは許さない!」
リリアーヌは真っ青になって震えた。
自分のしたことが原因で、こんなに大さわぎになってしまうとは――。
王の騎士たちが、剣を抜いてニコラを取り囲もうとしている。
(いけない、このままでは、ニコラが……!)
「待って! 何でもないの。ちょっと、その……眠っていたところに陛下がいらして、驚いただけです。皆も下がってください。ニコラ、あなたも」
王の騎士たちは王妃の言葉に剣を降ろした。
ジェレミーの方を見ると黙って頷いたので、彼らはほっとした顔で退室した。
ただニコラだけは、まだ納得のいかない顔をして、その場に留まっている。
リリアーヌはそんなニコラに、ジェレミーの腕を取って見せた。
「この方は私の夫です。いいから下がりなさい、早く!」
ジェレミーはニコラとリリアーヌを交互に見て、不愉快そうに形のいい眉をしかめた。
「――そういうことか。ならば、君を気遣って遠慮することもない。夫の権利を行使させてもらおう」
ニコラは自身の短慮から、さらにリリアーヌを苦境に立たせてしまったことに気づき、歯噛みをする。
激情を堪えて手を握りしめると、仕方なく退室した。
かすかに震えている妻を見て、ジェレミーは薄っすらと笑った。
「安心するがいい。僕は、君とニコラが情を通じているなんて、疑ってないから。昔から、君たちは主従でありながら姉弟のような親しさがあったけど。それは男女のものじゃなかった」
「……そうよ。ニコラは乳兄弟で、私に残された、たった一人の身内なの」
上質なリネンの寝衣に結ばれたリボンを、ジェレミーがするりと解く。
リリアーヌは顔を背け、口もとを手で押さえて嗚咽をこらえる。
そしてただ、その時が過ぎ去るまで耐えた。
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