第13話 寵姫の謀略 1

 

 

  

 木枯らしが舞う頃、老齢だった教皇が崩御した。


 王宮には哀悼の意を表す半旗が掲げられ、プロヴァリー国王夫妻は教皇の葬儀に参列するために、フレイア神教総本山である、フレイア神聖王国へ出立することになった。


 フレイア神聖王国は、大国に囲まれた狭間の地にある宗教都市で、中心に大聖堂が建ち、国民の半数近くが聖職者で構成されている。


 教皇の葬儀には中原の国々から王侯貴族が集まり、そこで弔問外交も行われる。

 葬儀にリリアーヌを伴うのは、聖女を伴侶とするジェレミーの大国の王としての立場を改めて示し、他国への発言力をより強める狙いがある。


 ジェレミー達が国を留守にする間は、上王が国王代理を務めることになり、離宮から一時的に宮廷に戻った。



 

 エレオニーは宮殿の窓から、ジェレミー達を見送っていた。


 国王夫妻は上王と王太后に挨拶を済ませ、同行する家臣や見送る宮廷の人々を従えて宮殿の前に停めてある馬車の前まで来ていた。


 守護騎士ニコラが、折り畳み式の階段を馬車の入り口の前に置く。

 王妃がドレスを摘まんで階段に足を乗せると、王がサッと手を出してリリアーヌを支えた。


「王妃さまから嫌われているというのに、ご苦労な陛下だこと」


 エレオニーは忌々しそうにつぶやき、フンと鼻を鳴らす。


 遠目から見ても、リリアーヌの纏っている外套は見事だった。

 なめらかで美しい黒貂の毛皮がビロードの襟と袖口、裾にあしらわれ、リリアーヌの真紅の髪によく映えている。


 飾り留めは、はるか東の海洋国からジェレミーがわざわざ取り寄せた、希少な真珠で作られている。星花を象った飾り留めには、雫の形をした大粒の真珠が三つ垂れ下がり、歩くたびに揺れた。


 ジェレミーが離宮の森で仕留めた見事な黒貂と、大小の真珠を散りばめた豪奢な王妃の冬の衣装――。


 エレオニーはその衣装を一目見ると、どうしても欲しくなってしまった。


「わたくしにもあのような黒貂の毛皮と真珠を下さい」と、可愛らしく拗ねたり甘えたり、あの手この手でねだってみた。

 なのに王ときたら素っ気なく「公妾に支払われている公費は十分にあるはずだ。予算の範囲内で、好きな衣装を購入すればいい」と、取り合ってくれなかった。


「誰よりも美しいこのわたくしの方が、あの豪華な衣装を着こなせるわ。貧弱な王妃よりもずっと似合うでしょうに……!」



 離宮から戻ったジェレミーは、以前とどこか様子が変わってしまった。

 王妃をひどく気にして、エレオニーと過ごしている時にも、ふと心ここにあらずという表情をする。


 公の場でリリアーヌを見つめる王の眼差しが、時々暗く曇るのをエレオニーは見逃さなかった。


 王にどこかよそよそしく振舞うリリアーヌだったが、それは寵姫の自分にとっては都合がいい。

 国王夫妻の間がおかしくなったのは、エレオニーが原因かもしれないが、それはそれで気分がよくなる。居ても居なくても同じなどという、取るに足らない存在になど、なりたくないのだから。


 エレオニーは、王妃に冷たくされて可哀想なジェレミーを思いっきり甘えさせて、たっぷりと癒してあげるのが寵姫の仕事だと思っている。

 そして王には、このエレオニーなしではいられなくして差し上げなければいけない、とも。


 王の寵愛を背景に、エレオニーは自分が宮廷に影響力を持てるように動いていく。今はあまり目立たないように、少しずつ、少しずつ……。



 ――国王夫妻の馬車と警護の騎士たちが、城門をくぐって出て行く。

 

 最後にエレオニーは、宮殿の窓から見送る寵姫のために、王がこちらに振り向いてくれないかと期待したが、それは叶えられなかった。




 


「エレオニーさま、上王陛下がお呼びでございます」

「そう、王太后さまは?」

「王姉の侯爵夫人の元へお出かけになっています」


 上王の小姓に、そっと小銀貨を握らせる。

 この小姓には、上王たちのところで見聞きしたことをエレオニーに教えるよう躾けてあった。


「直ぐに支度して参ります、と伝えて」


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