第10話 子供のいる情景

 

 

 青々とした芝生の上で子供たちがはしゃぎ回り、子犬とじゃれ合っている。


 庭に天幕が張られ、その下にセッティングされたテーブルには、真っ白なテーブルクロスが掛けられている。

 近くの湖で獲れた新鮮な魚料理、森の幸の木の実やきのこ料理、何種類もの鳥獣の凝った肉料理、彩り豊かな豪華な料理が並べられ、上等な葡萄酒もふんだんに用意された。

 召使いの給仕する中、楽師たちの演奏する曲が流れ始める。


 離宮の野外パーティに招かれたのは、王と王妃の他、王姉とその夫と子供、古くから王家に仕える側近とその家族という、ごく内輪なものだ。

 上王と王太后もここでは孫たちに囲まれて、穏やかで愛情深き祖父母の顔をしている。


 リリアーヌは赤い髪を編み込みにして結い、新緑のドレスを着ている。

 華奢で清楚な雰囲気は、王妃になってからも変わらない。

 なごやかに王太后や義姉たちと歓談し、子供たちに微笑みかける。


 狩りでは勇猛だった猟犬も、御馳走のおこぼれを期待してテーブルの下にうずくまっている。

 時々リリアーヌが、こっそりと肉のかけらを犬に与えているのを上王が気づいた。


「リリアーヌや、よかったら王宮に帰る時に、わしの自慢の猟犬が産んだ子犬をあげよう。好きな仔を選ぶといい」

「まあ、ありがとうございます。上王陛下」

「ここは家族ばかりの席だ、義父と呼んでおくれ」


 デザートの後で、ジェレミーはリリアーヌを散策に誘った。

 皆は、そんなふたりを微笑ましく見守っている。


 ジェレミーの誘いに、少しだけ戸惑いを見せたリリアーヌだったが、素直に応じた。リリアーヌが席を立つと、ニコラが日傘を渡した。



 木々を渡る爽やかな風が吹く。

 丘の上の離宮から見下ろせば、木立に囲まれた湖が陽射しを受けて輝いている。


「昔を思い出すね。リリアーヌと旅をしていた時、ここで野営をしたことがあった。まだ離宮は建ってなくて」

「そうね。あの湖畔に騎士たちが天幕を張ってくれた。天幕の中に蛇が入って来た時は、びっくりしちゃったけど」

「僕が短剣で蛇を刺したら、君がものすごい悲鳴を上げたんだ。ニコラが、あわてて蛇を外に捨てに行ったっけ」


 昔話に思わず、ふふっと笑うリリアーヌだったが、その金色の瞳は遥か遠くを見ていて、夫の方へは向かない。


 ジェレミーはふと、なぜニコラは国境で生き残ったのだろうと疑問に思った。

 先程聞いた話によれば、父の配下はリリアーヌ以外殺すように命じられていたはず。


(おそらく、まだ子供だったニコラを殺すのが忍びなかった、そんな理由だろう)


 そう考えて、ジェレミーはその疑問をすぐに忘れた。


(それより、今はリリアーヌの心の隔たりを埋めなければ……)


「もう一度、やり直せないだろうか。あの頃の仲の良かった僕たちに免じて。僕がしてしまったことは、取り返しがつかないけれど」

「ジェレミー、変わってしまったのはあなたよ。私から距離を取ったのも……」

「僕たちは大人になったんだ。でも、リリアーヌが僕にとってかけがえのない女性であることは変わらない。昔も今も。

 傷つけてしまったことは、謝る。どうか――」


 ひざまずいて、リリアーヌの手を取るジェレミー。

 ふたりの様子を遠くから見ていた子供たちから、歓声が起こる。


「すぐに許して欲しいとは言わない。でも、僕たちはきっと歩み寄れるはずだ。今まで君と過ごした月日は、決して軽いものじゃない。

 ――そうだ、リリアーヌが欲しいものを、教えてくれないか。ドレスでも、宝石でも。なんならここの離宮のような宮殿を建ててもいい。君の名前を付けて」


 ジェレミーの急な態度の変化について行けず、リリアーヌは困惑する。

 そんな妻の様子に焦って、さらにジェレミーは言い募る。


「今朝の狩りで見事な黒貂を仕留めたんだ。

 僕がまだ王子だった時に、君にプレゼントした黒貂のマフラーよりずっと立派な。

 あの毛皮を使って君の冬のドレスを仕立てさせよう。希少な海の宝石を取り寄せて散りばめてもいい。きっと温かで素晴らしい衣装が出来る」


 この国がまだとても貧しかった時、ジェレミーは自ら獲った黒貂の毛皮でマフラーを作り、リリアーヌに贈ったことがある。

 それは寒い地方を旅する間中、彼女の襟元に巻かれた。そのマフラーがボロボロになっても、リリアーヌは捨てずに大事にしていた。


 ジェレミーはそのことを思い出して、妻を喜ばそうと黒貂のドレスの提案をしたのだけれど――。



 子供たちが笑いながら駆けて来て、ふたりに野の花を摘んで作ったお手製の花冠や花束を差し出した。


「私が欲しいのは……幸せな、家族――?」


 リリアーヌは、まぶしそうに子供たちを眺めた。 

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