第9話 思ってたのと違う…

「いらっしゃいませー。カウンセリングシートにご記入をお願いしまーす。」


 いつもの日常が始まる。

朝一で来るおばあちゃん達。定期的にカラーやパーマをしてくれる店にとっての太客ふときゃくだ。大体の何曜日に誰が来るか決まっていて、いきなり曜日が変わると、同じ曜日の誰かとケンカしたか、ちょっと体調を崩しているかのどちらかだ。ほぼ全員が孫か韓流スターか演歌歌手のどれかに興味関心があり、やたら色々教えてくれるためその方面には詳しくなる。


 その波がひと段落した頃、週に何回か本社の人がくる。売上を見たり、個別にスタッフと面談したり、備品をチェックしたりしている。

本社の人はいつもオシャレで忙しそうだ。入社式やたまにある研修などで本社に行った際、小洒落たスーツを着て、小さな財布とケータイを持ち、会社の近くのオシャレなカフェでランチへと出て行く女子社員達を見かけた。


(同じ会社でもこうも違うのか…!)


と千枝理は軽い衝撃を受けた。店では順番に休憩を取るので、店の外で食事なんて滅多にできないし、ゆっくり昼食なんて入社式のとき以来ほぼなかった。煙草と甘ったるいジュースの飲み残しの匂いのするバックヤードでカップラーメンやおにぎりをササッと食べてすぐ店に戻るのが日常である。

実際は、食べられればまだいい方で、週末や年末の繁忙期などは、食事はおろかお茶すら飲めない時もある。そんな時には名前の書いたペットボトルが従業員用トイレに並ぶ。トイレに行ったついでに飲むのだ。

(出した瞬間に入れるのかよ)

と初めて見た時はショックを受け、もう本当に辞めたいと思った。

しかし、父の反対を押し切って美容師になった手前、辞めるのもなんだかシャクだと思い、何年かやり過ごしてきたのだ。


「やっぱり、美容師じゃなかったのかなぁ…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る