Ⅰ マリッジ◎マリッジ
β002 葛葉創の雪
外はまだ雪が降っている。
昨日よりは優しい。
一度、銀世界になってしまえば、この空中都市βは、本惑星アースより過ごしやすい。
雪があたたかいのだ。
空中庭園国では、気象はコントロールできるので、不意に雪が降るなど珍しいことだ。
雪にひたっていると、突然、独り用ドームハウスのブザーが鳴った。
「
僕は、妹のひなが大好きで、信頼している。
ショートヘアで活発そうだが、おとなしいいい子なんだ。
今年二十歳か、何かお祝いをしないとな。
「おお。ひなか。寒いから入りな。僕もカフェを飲む所だ」
ポットに水を入れて、今や太陽光発電しかしていないこの国の大切な電気で沸かす。
ゆっくりとドリップをするのが好きだ。
「なあ、雪……。雪だるまを作りたかったと捕まったハッカーのニュース、聞いたことがあるよな。この国で一番重い罰の一つに、ハッカーがある。命令系統が乱れたら、国の撃沈は二十四時間以内だろう」
マグカップを二つ、ガラスの小さなテーブルにことりと置く。
「カフェ美味しい。兄さん、ありがとう。それで、随分危険な話ね。仕事の関係?」
「うーん。何とも言えないな」
ひながいるが、まあいいだろう。
ひなにも知って欲しいからな。
僕は、カフェを飲みながら、総背番号制の下配布されているパーソナルフォンを操作する。
「本来、赤い糸があるはずの指にリングがあるので、指紋認証、網膜認証、声紋認証とクリアして起動だ」
「パーソナルフォンでお仕事? 私、パーソナルフォンの起動が難しくて殆ど時計にしかならないの」
猫舌のひなは、いつまでカフェを吹いているのだろう。
なますか?
「緊急時には、指の腹側にある幸せを運ぶサムシングブルーの警報器を鳴らせば解除できるが、二度解除すると、国民は本惑星アースに惑星流しされるだろう。職場の先輩が、一度会社で鳴らしたことがあるので、パニックになっていたな」
「怖い話ね」
ひなはちろりと僕を見て、やっとセーラー服猫のネココちゃんマグを傾けた。
『クズハツクルさま。オツカレサマです。ウィンドウオープンいたしました』
「おお、ネココちゃんお疲れ」
僕のパーソナルフォンは、三年前に亡くなったキジトラ猫のネココちゃんから、ネココちゃんと愛称を設定してある。
「2Dと3Dどっちか? 僕は、レトロな2Dは嫌いではないが、折角のお見合いなのだから、立体的な方がいい。ネココちゃん、頼んだよ」
僕は、ひながおとなしくしているので、お構いなく進めた。
「えーと、ヒエログリフみたいなアプリの約款をすうーっと読んで。うん、大抵のものと変わらないな。ただ、パーソナルテレフォンナンバーまでいるのかな? 僕のフォトブックも全データを見られている。随分な個人情報だ。僕は結婚詐欺のつもりはないですよ?」
「え! 結婚? 兄さん、まだ二十二歳よ」
「ちょっと、色々あるんだよ」
まずは、『マリッジ◎マリッジ』のブロックアプリをインストールした。
正十二面体がくるくると回る。
その内の一つ、正五角形に軽く手をかざした。
ゲージが百パーセントになり、アプリを開く。
ぽんっと可愛らしい水色のマスコットキャラクターが現れた。
「タヌキさんですか。へえ。呼び名はそれでいいかい?」
僕は愛しいものに動物を挙げ、直ぐにあだ名をつける癖がある。
しかし、どうにも形容しにくくて、タヌキさんになってしまった。
『リョウカイしました。ワタシは、タヌキです』
タヌキさんのホログラムは、入会をリードしてくれた。
「おおっと、知らなかった。こんなにプライベートなこと書いていいのかな?」
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「なあ、ひな。これ、『マリッジ◎マリッジ』なんだ。成功例だけ見れば、誰だって喉から手が出るだろうな」
「うん、そうね」
優しく何でも相槌を打ってくれる。
いつものひなだ。
「いつまでも独り身でいたい訳ではないんだ。こんなアプリが手元にありながら、僕は、何故か今まで目を通さなかったな。虚構の世界だ。危険を承知で、初めての『マリッジ◎マリッジ』散策をしてみようか」
「兄さんは、割と占星術みたいなものを信じるタイプだったのね」
ひなは、理系よりも文系的な思考をする。
「いや、違うぞ。もっと科学的だ。マッチングアプリで、お互いに興味のあるものが同じだと、ヒットする確率が上がる。八十パーセントのラインを越えたら、お相手の異性の顔をこちらのディスプレイに送ってくれる。しばらく、『マリッジ◎マリッジ』内コインを支払って、専用メッセージボックスを介して話しができるみたいだよ」
そこから先は、ひなには教えたくなかった。
その後、カードキーを渡されて、いざお見合い……。
そんな段取りになるらしいから。
ここからは、大人のお付き合いとなる可能性もある。
ひなには、純潔でいて欲しい。
「あー! それって、僕のご都合主義!」
頭を抱える、兄さんはつらいよ。
「ん? 兄さん?」
さて、葛葉創のデータは入力できた。
たかがアプリ、されどアプリだ。
ドキドキが止まらない。
そんな折、雪は降るのを諦めた。
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