AI巫女にマリッジリングを贈りたい

いすみ 静江

プロローグ

β001 CMAβのカーテンコール

 ――空中庭園暦二十五年、三三九日。


CMAβシーマベータ! CMAβ!」


 僕の胸にライブの鼓動が走る。

 CMAβの美しい歌声と舞いの『神聖なる大地のつるぎ』が、一番のお気に入りだ。

 赤や紫の彩るライティングで、ミステリアス・ガールが更に僕の心を縛り付けた。


「CMAβ!」


 カーテンコールが鳴り止まない。

 多くの拍手と大きな歓声がトキオドームを揺すった。

 神秘的な赤と純潔の白の巫女装束を身にまとったアイドルに、もう一度スクリーンへと叫び込む。

 一旦、ダウンしたライティングが、左右から虹色に咲いていった。

 スレンダーな赤い髪の美少女がゆっくりと振り返る。


葛葉創くずは つくるくん。さあ、ステージに上がって――」


 え?

 僕を呼んでくれたの?

 僕は、葛葉創だよ。

 同姓同名はいないと思うよ。


「ワタシには一か零しかないの。早く決めて」


 ツンとした顔で、CMAβは、顔の前で手招きをする。

 僕には塩辛い対応のこのCMAβがたまらなかった。


「は、はい! ステージですね!」


 一か零なら僕は一だ。

 CMAβを望まない訳がない。

 沢山のライブの観客を分け入って、僕はCMAβに向かって手を伸ばす。


「ワタシ、人を選ぶの。あなたを舞台に呼んでいないわ」


 今の呼びかけが嘘のように、腕を組んで背を向けられてしまった。


「ええ? CMAβ、つれないなあ」


 最前列近くまで来たら、スタッフに取り押さえられ、CMAβには「アデュー!」と、とどめを刺された。

 僕は、会いたいだけなのに、どんどん彼女との距離が遠のいていく。


 これは、僕が生まれて二十二年後のことだ。

 CMAβは、突如として三年前に十六歳で現れた。

 仮想空間の僕のアイドルとして、揺るぎない存在となり、日々を寄り添うようになっていった。

 塩辛い対応の中にもどこか懐かしい味のする初めての偶像で、殆ど、僕の一目惚れに近い。


「ああ、CMAβ。手に入れたと思う程近くにいたのに、遠い、遠いよ……」


 ◇◇◇


 ――とろとろとろと、耳に心地よいせせらぎのような音が流れ、僕は意識を現実に戻した。


「うあ!」


 飛び起きたかったが、体が金縛りのようになって動けない。

 気が付けば、僕は、空中庭園国国民服を着て寝心地の悪いベッドに横になっていた。

 うなぎの寝床のようで天井も低い薄暗い部屋だ。

 目の前をチカチカとあたたかみのある明かりが点滅する。


「葛葉創様、お目覚めでしょうか。お答えください」


 マイクからの問いに即答する。


「は、はい」


 何だ?

 僕はさっきのが夢だと思いたいのか?

 CMAβは、虚像ではない。

 直ぐそこにいたのに。


「脳波測定へのご協力に感謝いたします。葛葉創様」


 スタッフカードに丸山喜一まるやま きいちとある医師が入室して来て、僕の頭部と胸部、手首や足首についたセンサーを外した。

 数年前から簡易測定器は出ていたが、睡眠時も各部位からデータを取らなければならないと、ドクター丸山に指摘され、再検査をしたのを思い出した。


「すっかりお目覚めですね。足元にお気を付けて、降りてください。後程、診察があります」


 僕には分からないが、病気なのだろうか。

 ここは、病院のようだから。

 それとも取材の為に病院潜入を試みたのか?


「僕は、どこが悪いのですか?」


 僕の短い黒髪を撫でつけて、寝癖を直した。


「お勤め先から、診察を頼まれましたが」


 そうでしたか。

 CMAβで胸が一杯で、すっかり忘れていました。

 僕の勤務先は、『マリッジ◎マリッジ』、結婚紹介アプリでマッチングをしている。

 僕は今、投稿写真の顔やスタイルの画像修正を担当している。

 詐欺ではないと否定できないが、結局、参加者が結婚して愛の結晶までおいでなのだから、何の愛情もわかなかった訳はないだろう。


 看護師に案内されて、待合室で静かにしていた。

 アナウンスで、僕は二番ブースに入る。

 丸山医師が重めの瞼を開いて、僕のカラフルな脳と脳幹のホログラム3Dスリーディー画像と脳波をペッパーズゴースト型の医用ディスプレイで説明する。

 多分、僕に見せてもいい範囲なのだろう。


「何かうわごとを仰っていましたが、この脳波の辺りです。特別な映像が見えていませんでしたか?」


「いいえ」


 一か零なら零だ。

 余計なことを口走れば、ポリスのお世話になるかも知れない。

 いや、その前に入院をすすめられるのか?

 いずれにせよ、口外無用だ。


「想いを寄せる人だとかですな」


 丸山医師はゆっくりと瞬きをするので、僕を誘導しているようだった。


「いいえ」


 CMAβが夢にだけ現れるのが何故か僕も知りたいが、この医師は信頼できるか分からない。

 会社では僕のどんな秘密を探ろうとしているのか?

 僕の淡い恋心まで入り込まれたら困るのだが。


 帰り際にパーソナルフォンを読み込ませると、お支払いは『マリッジ◎マリッジ』の負担と表示された。

 僕の頭はどれ程貴重なのか、引きつり笑いをするしかなかった。


「暗雲垂れ込めているな」


 僕の無駄な予感はよく当たる。

 やはり、僕の頬にひやりとした感覚が生まれた。

 ああ、雪だ。

 ここは、僕の育った雪国サタケとは異なる。

 大雪でも除雪ドームの中を豪快に高架モノレールは走るのだが、トキオでは未だにモノレールの混雑は想像に難くないな。

 帰宅しても誰もいないことだし、ゆっくり帰るか。


湾岸わんがんR3アールスリーモノレールをご利用のお客様、ご迷惑をお掛けしております。只今、大変混雑しております。タクシーバスでの代替輸送をご利用ください』


 行き先を確かめて、タクシーバス乗り場で、雪を被ったお地蔵様が黙々と並ぶ列の最後に、僕も窮屈なお地蔵様と化した。

 除雪スコップが置いてあれば、サタケの国で鍛えた腕の見せ所だったのにな。

 皆の力になることはいいと祖母によく躾けられた。

 お陰で、家事全般を早くから始められ、一人暮らしに困らないでいる。

 ただ……。

 生活には困らなくても、僕とお話をしてくれる方がいらしたら、それはそれで、ありがたいことだ。


「僕も『マリッジ◎マリッジ』に登録してみようかな?」


 この軽い考えが、後々の様々なことに繋がるとは、思いもしなかった。



 葛葉創、恐れ知らずの二十二歳、独身だ。

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