第二十三話 ファーストフードの魅力
放課後、俺は無性にハンバーガーが食べたくなった。
姫宮を雇う前は、たまに芽依と2人で店に寄って、ハンバーガーやチキンナゲットとかを食べていたものだったが、さすがに姫宮をファーストフードに連れていく勇気はない。
結月ははるととれんがうちに遊びに来た日以来、先に帰るようになったから、俺の隣には姫宮と芽依しかいない。
芽依は前みたいにやや後ろでついてきてる訳ではなく、俺の隣に並んで歩いている。
多分、前に姫宮に勝利した戦利品みたいなものだろう。
「なあ、ワクドナルドに寄ってもいい?」
「ワクドナルド?」
「行きたい!」
姫宮はなぜかワクドナルドの存在を知らないような反応して、芽依は行く気満々だった。
「ハンバーガーのチェーン店なんだけど、たまには寄り道して食べて帰ってもいいだろう?」
「そうだね、興味あるわ」
決まりね。
「いらっしゃいませ!」
ワクドナルドの中に入ると、なぜか姫宮はキョロキョロと店を見渡していた。
「ご注文はなにになさいますか?」
「チキンバーガーのセット!」
店員さんの質問に矢継ぎ早に芽依が答えた。
「そうだな、俺は照り焼きバーガーのセットにしようかな」
「かしこまりました。そちらの綺麗なお嬢さんは?」
なぜか姫宮の顔が一瞬硬直して、しばらくして、メニューを見始めた。
「……」
「……」
「……」
「早く決めて? 次のお客さんが待っているよ」
「いつきくんに任せるわ」
姫宮はかれこれメニューとにらめっこして、そのまま俺に丸投げした。
「すみません。照り焼きバーガーのセットもう1つ」
とりあえず、俺と同じものにしとこう。これ以上後ろのお客さんを待たせる訳には行かない。
「可愛い彼女さんですね」
なぜか店員さんの女の子が姫宮を褒めてくる。
「あっ、その、一応彼女かな?」
「うふふ」
店員さんの女の子は俺が照れてると思ってるみたいで、にっこりと笑った。
日給10円で雇っていますなんて口が裂けても言えない……
芽依は不快そうな顔してるけど、ここは俺にどうしろっていうんだ……
実はこの子も彼女ですなんて言ったらガチでドン引きされるに違いない。まあ、ただの幼なじみだけどな。
「では、席にお持ちいたしますので、番号札をお持ちください」
俺が2人の女の子を連れてることに気を遣ったのか、店員さんはハンバーガーを席に持ってくると提案してきた。
俺と姫宮、芽依は四人席に腰かけた。もちろん、誰が俺の隣に座るのか、一悶着はあったのだが。
「私がいっきの隣に座る!」
「あら、有栖さん、随分態度が大きくなったのわね。私がこの前、戦略的撤退したのがそんなに無様だったのかしら? 戦略的撤退というのは、次こそ勝利するという意味なのを知らないかしら?」
「姫宮さんこそ、負け惜しみじゃないの?」
芽依は見間違うほど逞しくなっていた。ついにまともに姫宮に言い返せるようになっている。
「いいかしら?
「いっきは私のこと嫌い? うぐっ」
さっきの感想は撤回させてもらう。芽依は相変わらず弱いままだ。
「嫌いじゃないよ」
「じゃ、好き?」
「幼馴染として好きだよ」
「ならよかった……」
芽依と俺が問答するのを見て、姫宮はさりげなく俺の隣に座った。
さすが魔王、会話の論点をずらして、あっさりと自分の目的を達成していく。
芽依も放心状態になって、言われるがままに、俺の向かいの席に座った。
この子、ほんとに単純すぎるよ……将来お互いに結婚しても近所に住もう……俺が世話してあげないと危なっかしい。
「お待たせしました〜」
店員さんが照り焼きバーガーセット2つとチキンバーガーセット1つを持ってきた。
それを見て、芽依は素早くハンバーガーの包みを剥がして、貪り続けた。時にジュースを啜って、フライドポテトを1本摘んで口に入れたりしてるが、それを見て、俺の食欲も刺激されていく。
俺も照り焼きバーガーの包みを開いて、1口齧ったら、濃厚なソースの味と肉のジューシーさが口いっぱい広がった。
「おいし……」
姫宮に聞こうとして、隣を見てみると、姫宮はじっとしていた。
「もしかしたら食べ方が分からない?」
「そう見えるのかしら?」
そういうと、姫宮は包みごとハンバーガーを食べようとした。
「待った!」
「なに?」
「包みを剥がしてあげるから、ちょっと待って!」
さすがに俺も驚いた。人生初包みごとハンバーガーを食べようとした人間を見たからだ。
俺は丁寧に姫宮のハンバーガーの包みを剥がし、ジュースにストローを通して、どうぞって姫宮に声かけた。
姫宮は不思議そうにハンバーガーを見つめて1口噛んだ。
「……!」
「美味しい?」
「とても美味しいわ〜」
「ジュースも飲んでみて」
姫宮はストローを通してジュースを啜ると、満足そうな笑みをこぼした。
まさか姫宮ってファーストフード食べたことないのかな……いや、間違いなく食べたことがない。どこのお嬢様だよ。店員さんもあながち間違ってはいない。
姫宮は幸せそうにハンバーガーを齧っていく。その動きは綺麗でゆっくりとしたものなのに、いつの間にかハンバーガーが無くなっていた。
すると、姫宮は少し涙目になって、フライドポテトを食べ始めた。
もしかして足りないのかな。仕方ない、今日はボーナス出してやるよ……
「どこに行くの?」
「どこに行くのかしら?」
立ち上がった俺を見て、芽依と姫宮は不可解の顔で質問してきた。
「トイレ」
「「……」」
さすがに食事中にトイレって言ったのはまずかったかな、2人とも黙ってしまった。
でも、やはりサプライズしたいから、俺は敢えてトイレと答えた。
俺はまたレジのところに行って、チーズバーガーとベーコンバーガーの単品を注文した。しばらくしてそれを持って席に戻った。
「姫宮、これらも食べてみて?」
「いっきずるい! 姫宮さんばっか!」
「芽依はいつも食べてるだろう?」
そう芽依を宥めつつ、俺は2つのハンバーガーを姫宮に渡した。
姫宮はゆっくりと、大事そうに包みを開いて、小さく齧って、顔に幸せそうな表情が戻った。
「もしかして、これを買うために……」
「まあ、サプライズしたかったから」
「そう? 私を太らせる気かしら?」
姫宮の言葉とは裏腹に、ハンバーガーを口に持っていく手は止まらなかった。
これでよかったのかな。いつもなにかを姫宮に奢ろうとしても、彼女は自分で出すって言ってた。だから、今日くらいサプライズで奢っても……
なぜか心が痛む。これを機に姫宮もあの人、結月みたいになっていくんじゃないかなという不安が俺の頭をよぎる。苦しい……
姫宮を好きになったからこそ、結月みたいになって欲しくない。もう二度とその思いを体験したくない……
「ありがとうね」
姫宮の言葉を聞いて、なぜか安心した。
「うわー」
店内の客たちがざわめいた。
気づいたら、姫宮は体を伸ばして、俺の口にキスした。
「いつきくんって照り焼きバーガーしか食べてないでしょう? おすそ分け〜」
姫宮はどこにいても姫宮だよ……公共の場で俺を辱めてくれた。
芽依は口をポカンと開いて、ぼーっとしていた。
早く姫宮を惚れさせて、普通の恋人になりたいなってこの瞬間、俺は強く思った。
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