第二十二話 男の料理

 なるほど、料理の出来る男はモテるのか……俺は恋愛本のページをめくって、あるコラムに目が止まった。


 俺はベッドから飛び降りて、勢いに任せて玄関まで走って家を出た。まだ空いてる本屋を探そうと俺は商店街を駆け回った。


 あった! この時間帯まだ空いてる本屋。入ってみるとアダルトコーナーが店の半分を占めていた。この時間帯でも営業しているのはなんとなく納得出来た。


 俺は少し恥ずかしげに目的の本を探した。


 『初心者でも簡単に作れるお弁当』。まさに俺が探していた本だ。


 店員さんに変な目で見つめられながら、俺はさっさと会計を済まし、家まで走って帰った。


 家に帰って、俺はキッチンにこもった。さっきほど買った本の中で美味しそうなレシピを探していた。


 これだ! シンプルなデザインに、ちゃんとした具材の詰め合わせ。


 捻りはないが、バリエーションはそこそこ豊富で、ちゃんと時間をかけて作ったという誠意を感じられる一品。男の料理にうってつけだ。


 これを姫宮に渡したら、姫宮はどんな顔をするだろう……少なくとも俺の事をおもちゃじゃなくて異性として意識してくれるのかな……


 そう考えて、俺は試行錯誤を繰り返して2時間くらいかけて、弁当を作り上げた。卵焼きは少し焦げてるけど、まあ、男の料理ってこんなもんか。


 気づいたら冷蔵庫の中の卵が全部無くなっていた。失敗しすぎたかな。母ちゃん、これも息子の未来のための投資だから、許してや……


 部屋に戻ると、時計を見てみたらもう零時過ぎていた。


 張り切った反動か、眠気が一気に襲ってきた。


 俺はベッドに飛び込んで、死んだように眠った……





「いつきくん、ご飯食べに行こう?」


 来た! この時を待っていたぞ。


 俺は姫宮のために作った弁当を持って屋上に向かった。


「それってなんなのかしら?」


「べつに、気まぐれに弁当を作っただけだよ」


 俺は真意を探られないように、はぐらかしながら徐々に攻めっていく。


「あっ、でも、姫宮の弁当があるんだった。俺の代わりにこれを食べてくれない?」


 さすがにわざとらしいか。でも、俺が料理できるってアピールできたし、まあいいか。


「ええ、興味あるわ」


「じゃ、食べていいよ」


 やったー、作戦成功! 昨日死んでいった卵たちもうかばれるはず。


「でも、その前に、まずいつきくんに私のお弁当を食べてもらわないとね」


「えっ?」


 姫宮は自分で作った2人分の弁当を開けて、次々とそれを俺の口の中に運んでいく。


 その作業は途中でだんだんと加速し、俺がまだ呑み込んでいないのに、次のおかずやらごはんやらが口の中に入ってくる。


「魔王って、その男子を窒息死させるつもりなのかな」


「見てると哀れで仕方ないね」


 屋上のほかの生徒が俺らを見て、俺に同情の視線を向けてきた。


 実際、俺も息継ぎするのが精一杯で、まったく味が分からなかった。


 でも、姫宮がスピードを緩める気配がまったくなく、寧ろ少しずつ動作がもっと素早くなった気がする。


 胃もたれがしてくる。苦しい。その苦しさを吐き出したいが、姫宮の覇気のある動きを見て、俺はなにも出来ずにいた。


 姫宮を怒らせてしまったのかな。姫宮が俺のために弁当を作ってくれたのに、まるで自分で弁当を作ってきたような言い方をしたせいなのかな……


 素直に姫宮のために作ってきたって言った方がよかったのかな……なんか川の向こうに曾お祖父ちゃんが手を振ってるのが見えてきた。曾お祖父ちゃんの顔見た事はないけど、なぜかそう確信した。


 後悔しても遅いか。これが自業自得というやつなのか。もしやり直せたら、俺は絶対「これは姫宮のために作ってきたんだよ」って素直に言ってたな。母ちゃん、俺の墓には毎日水をやりに来なよ……


 やっと姫宮の2人分の弁当を食べ終わったのか、姫宮の動きは止まった。俺は力尽きてベンチの上に倒れた。


 微かに目を開くと、姫宮は俺の弁当を開いて食べ始めた。


 もはや、頭では何も考えられない。人間にとって、食べることがこんなに苦痛になることってあるんだな。さすが魔王、新しい刑罰を容易に思いつく。


 姫宮は俺を懲らしめるのに疲れたのかな、すごくゆっくりと俺の弁当をお箸で口に入れていく。


 それとも俺の弁当がめっちゃくちゃまずくて、お箸が進まないのかな。


 こう思ったらなぜか涙が出そうになる。やはり、姫宮を惚れさせるのは無理があったんだ……


「美味しい……」


 聞き間違いかな、姫宮が美味しいって。卵を軽く20個くらい犠牲にした弁当だよ? 美味しいわけが無い。


 1人でいつも2人で分け合って食べていた姫宮の弁当を2分くらいで食べさせられたせいか、呼吸が早くなって、胃が悲鳴をあげている。


 ねえ、俺は一体なにをしたというの? いっそのこと、殴ってくれたほうが100倍マシだよ……


 姫宮の目が少し赤くなり、動きはますますゆっくりになっていく。でも、箸を止めることはなかった。


 おもちゃでもこれだけ長く一緒にいると情が湧くのかな。俺を苦しめたことを反省しているのだろうか……


「ねえ、いつきくん、今日の給料……」


「は……い……」


 俺は瀕死の体を起こして、財布を取り出し、10円玉を見つけて、姫宮にあげた。姫宮はいつものように、綺麗な包みに10円玉をしまった。


「それに、この弁当箱を持って帰ってもいいかしら?」


 10円じゃ足りないのか、この弁当箱を持ち帰って売りさばく気なのだろう。


「いいよ……」


 どうせ大したものじゃないし、欲しいならあげるよ……


「ありがとう……」


 ああ、感謝してよ。今日のはボーナスだと思ってくれるといい……


 急に頭に変な感触がした。姫宮のほうを見てみると、彼女は俺の頭を撫でていた。


 すごく気持ちよくて、くすぐったくて、母ちゃんのそれを思い出す。


「これも給料に見合った仕事なのか?」


「そうよ、嫌かしら?」


「嫌……じゃない」


「そう?」


 俺はしらばく姫宮が頭を撫でてくれていたのに目を閉じて身を任せていた。


 姫宮の手に持ってる俺の弁当箱を見ると、中身がすっかりなくなっていて、新品の弁当箱みたいに成り変わっていた。


 余程お腹が空いていたんだろう、姫宮は……





 教室に戻り、芽依がやってきた。


「私のお弁当も食べてね!」


 それを聞いて、俺はぶっ倒れた……

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