第十五話 邂逅
「いつき、結月ちゃんの転校手続き終わったから、学校まで一緒に行ってあげて~」
「えっ、一緒に登校しないといけないの?」
「なにを言ってるの? 結月ちゃんは学校の場所知らないよ」
「はあ」
結月はただ無表情に俺がため息ついてるとこを眺めていた。
芽依が先走って結月と喧嘩にならなきゃいいのだが……
「結月ちゃん、行こうか」
「うん」
俺と結月が家を出ると、芽依が待っていた。
芽依が結月を見るとたん、げっという声を発した。無理もない。俺でも嫌なんだ。
「有栖さん、おはようございます」
えっ? なんで結月が芽依の名前を知っているの? 俺のことすら忘れたのに。
「うーん……夢咲さん、おはよう……」
「今は秋月だよ」
「いっきと同じ苗字じゃん」
「はい、お義父さんとお義母さんに引き取っていただいたので」
「変な感じ」
俺も変な感じだよ。昔は結月との結婚を想像したことがある。そしたら、結月の苗字が秋月に変わるのかと思いながらにやけていた。
それが、こういう形で同じ苗字になるなんて夢にも思わなかった。
学校について、俺は結月を職員室に案内して、教室に入った。登校中は、芽依はいつもと違ってずっと黙ってた。結月も俺も同じ感じで沈黙を保っていた。なんだかすごくもどかしい感じ……
「ねえ、今日転校生来るらしいぞ?」
「女の子みたいだよ」
「しかも超美人って噂よ」
「姫宮さんとどっちが上かな」
クラスメイトたちはどこから知ったのか、結月のことでざわついた。ってことは、結月は俺と同じクラスになるのか。こんな偶然ってあるの? そう考えると頭が痛くなった。俺はともかく、はるととれんにはなんて言えばいいのか。母ちゃん、さてはあなたの差し金ね……
チャイムとともに、担任が結月を連れてやってきた。
「今日から転校生がこのクラスに入る。秋月さん、自己紹介をお願いします」
結月は黒板に「秋月結月」と書いて、「秋月結月です。よろしくお願いします」とみんなに挨拶した。
みんなは驚いて、目線を一斉に俺に向けた。
「秋月って、まさか秋月の親戚?」
「親戚でも同じ苗字はおかしいでしょう」
「じゃ、なに? 秋月のお父さんの隠し子?」
クラスメイト達は邪推を始めた。そして、はるととれんは暗い顔になっていた。芽依はえっ? 同じクラスなの?みたいな顔をして、姫宮はあとで説明してもらうからなっていう目で俺を見てくる。
「このクラスにいる秋月樹の
「えっ? 妹?」
「双子なの? それとも早生まれなの?」
「秋月、お前ってなんで今までこんなに綺麗な妹を隠してたんだよ、うぐっ」
泣くなよ。そんなに悔しいことなの?
一限目が終わって、俺ははるととれんに呼び出された。
「これはどういうこと?」
「なんで夢咲がここにいる?」
「しかも、なんでいつきの妹になったんだ?」
俺はことの顛末をはるととれんに話したら、二人は俺を心配してくれた。
「大丈夫なの? いつき」
「夢咲と同じ家で暮らしてるって? お前はつらくないの?」
「大丈夫だよ……」
「ならいいけど、なんかあったら俺に言ってな」
「ああ、お前と夢咲のこと知ってるのは俺らと芽依くらいだし、つらくなったらいつでも話きいてやるから」
大丈夫なわけない。でも、はるととれんの言葉に心を救われた。ほんと、この二人に出会ってよかった。
教室に戻ると、姫宮が結月に話しかけている。姫宮が自分から人に話しかけるのは珍しい。
「結月さんだっけ? 私はいつきくんの彼女、姫宮愛です。あなたはいつきくんとはどんな関係なの?」
「お兄さんの家に引き取ってもらっただけだよ」
「そのお兄さんって言い方が気に障るわ。 血もつながっていないのに、お兄さんって言い方をやめてもらっていいかしら?」
「……」
「しかも、いつきくんの家の養子になったのは最近でしょう。なんで平気でお兄さんって呼べるかしら」
「お兄さんはお兄さんだもん!」
聞いたことのない結月の声だ。怒りを感じさせない、けれど、どこか切なく悲しい声。
「私はあなたを
ちょっと待って、私の
「ええ、私も絶対にあなたをお兄さんの彼女として認めないよ」
なにが起こってるの? 認めるとか認めないとか、そもそも俺が決めることのはずだが。
まあ、俺に決定権がないから、こうやって姫宮を雇っているのだけど。
二人の話は終わったのか、姫宮は席に戻った。俺もはるととれんと、それぞれの席に座った。
昼休みになって、はると、れんと葵が芽依のとこに向かった。彼らはもう分かっている。俺のとこに来ても、結局、俺は姫宮に屋上に連れ出されてしまう。ただ、一人を除いて。
「お兄さん、一緒にご飯食べよう」
結月は俺のとこにきて、弁当を広げた。彼女が朝自分で作った弁当だ。そして、もう一つの弁当を俺の前に置いた。
「お兄さんの分も作ってきたよ」
「ごめん、姫宮と一緒に食べるんだ」
そういって、俺は姫宮のところに向かった。結月と二人きりで食べるなら、魔王と一緒に昼食取ったほうがマシだ。
結月は机を見つめて動かなかったが、正直俺の知ったことじゃないと思う。
それを見たクラスの男子が次々と結月をごはんに誘った。ほら、俺がいなくてもお前は一人ぼっちにはならないよ。
「聞かせてもらおうかしら?」
俺は姫宮に追い詰められた。
「普通の義理の兄弟ってわけじゃないわよね」
鋭い。でもほんとのことが言えない。特に姫宮には。
「一応中学校の同級生なんだ」
「それだけ?」
「それだけ」
嘘はついてない。中学校の同級生だったのは事実だ。でも、付き合っていた、しかも最悪の形で振られたことを敢えていう必要はない。
「ふーん、信じてあげるわ」
その言葉が俺の胸に突き刺さった。姫宮は俺を信じるって言った。なのに、俺は結月との関係を隠している。
怖いんだ。姫宮がそれを知ったらなにを言ってくるか分からない。あざ笑うのか、それをネタに俺を下僕にするのか、それとも同情するのか……少なくとも、俺は
「弁当を食べさせてあげる前に、給料をもらおうかしら? 無賃労働はいやだから」
「ごもっとも」
俺は財布から10円玉を取り出して、姫宮に渡した。
姫宮は10円玉を受け取って大切そうに綺麗な包みに入れた。包みの中には、俺が今まで渡していた10円玉がぎっしり詰まっていた。
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