第十四話 シンデレラみたいに
俺が起きると結月はすでに起きていた。
転校の手続きが済むまで、結月ちゃんはしばらく学校に行けないはずなのに、なんでこんなに早く起きていたんだろう。
俺がダイニングの椅子に座ると、結月がコーヒーを淹れて俺の前にゆっくりと置いた。
「朝はコーヒーでいい? お兄さんは朝何飲んでいるかわからないから、とりあえずコーヒー淹れといた」
「ありがとう」
朝は特になにを飲むかなんて決めてない。母ちゃんが牛乳でもコーヒーでも出してくれたらそれを飲むし、なにもなかったら、別にそれはそれでいい。
そういえば、母ちゃんと父ちゃんは?
「お義母さんとお義父さんは私の転校手続きをしに出掛けたよ」
俺が不思議に思っていたら、結月が教えてくれた。
「そうか、確かに手続き済ませないと学校にいけないね」
「学校に行きたいね」
結月はなぜか学校に行きたがってる。それもそうか、ずっと家に籠っていたら気が滅入るよね。
結月はキッチンに戻り、しばらくしたら、朝ごはんを持ってきた。
「冷めたらおいしくなくなるから、少し温めなおした」
「ありがとう。母ちゃんってちゃんと朝ご飯を作っといたんだね」
「いや、お義母さんたちが朝いちに出かけたから、私が作ったの」
「……」
やばい、地雷を踏んだ。女の子が作った料理をほかの人が作ったものと勘違いした上に、それを本人の前で言ってしまった……母ちゃん、朝ごはんくらい作っといてよ……
「ごめん、結月」
「結月……別にいいよ、お兄さん」
思わず付き合っていたころみたいに呼び捨てで呼んでしまった。ちゃん付けで呼んだほうがいいのかな。なんか、空気が悪くなったような気がする。
結月の作った朝食を食べてると、美味しいと思うのに、なぜか箸が進まなかった。
「ご馳走様、学校に行ってくるね」
「いってらっしゃい」
「いっき、おはよう!」
「ああ、芽依おはよう」
「大丈夫だった」
「割と気にしないとなんともないよ」
実際、気にしないと大抵のことはなんともない。俺を傷つけた彼女と兄妹になって一つの屋根の下で暮らすことになっても、気にしなければ、なにも考えなければ、普通にとはいかないが、一応暮らせる。
「じゃ、今日もクレープ食べて気分転換しよう!」
「却下かな」
「えっ、なんで?」
「お小遣いがもうないよ」
「ううっ」
食いしん坊だね、芽依は。太ったら後悔するよ?
そう思ったが、口には出さなかった。もし言ったら、俺はデリカシーのない男という烙印を押されてしまうだろう。
「今のスタイルのいい芽依のほうが好きだから」
でも、言い方を変えれば問題ない。女の子と接するときはほんとに気を遣う。幼馴染でも例外ではない。
「ほんと?」
なぜか芽依は目をキラキラさせて顔を少し紅潮させてる。
「ああ、これ以上胸が大きくなったら垂れちゃうかもだからね」
「いっきのばか!」
しまった。脳内フィルターを通さずに本音を言ってしまった。あんなに注意したのに……芽依、君がいけないんだよ。なんで胸だけが大きいんだ……
「いっきっていつも私のどこを見てるのよ!」
「うーん、目元のホクロかな」
俺は適当にごまかすと、芽依は少しうれしそうになった。
「やはり? 私のチャームポイントだもんね~」
この子ってほんとに単純すぎるよ。将来悪い男に騙されないか心配だ。もし芽依に好きな人ができたら、まず俺がそいつの人格を確かめてやる。
教室につくと、葵がグラビアアイドルみたいなポーズをとりながら、俺のところにやってきた。俺は先手を打った。
「宿題は写させないぞ!」
「そんな~ 宿題を見せて~」
どっからそんな色っぽい声が出てるの? 今日は色仕掛けかよ。
「もう噓泣きには騙されないぞ!」
「ケチ言わないでよ~」
葵は俺の手を取り、いやらしく触りだした。
「やめろ!」
「ちっ」
これが本性か! にしても宿題を写させるために、好きでもない男の手握るなよ。もっと自分の体を大切にしろって。
葵はあきらめて去ったと思ったら、今度は姫宮のところに向かった。
「ええ、いいわよ」
だめだよ、姫宮、そいつを甘やかしたら毎日お前の宿題がそいつの餌食になるよ。
葵は振り返って、俺に向かって舌を出した。
「あっかんべーだ! 姫宮さんのほうが成績いいし、これからはもういつきに頼らないもんね!」
ああ、そうしてくれ。そして、姫宮は明日からもうこいつに宿題を見せないでくれ。
ほんと、こんなバカを見てると、鬱な気分が吹き飛ぶよな。芽依、葵、ありがとうな。
「秋月、この問題に答えなさい」
授業中でうたた寝していると、急に先生に当てられた。ったく、空気を読んでほしいよ、今寝てるでしょうが。
昨日あんまり寝てなかったせいで、頭がぼーっとする。
「えっと」
まったく分からん。そもそも授業聞いてなかったから、答えられるわけがない。
姫宮はこっちに振り返って、指を三本立てて見せた。
なるほどな、わざと俺に間違った答えを教えて、俺がみんなの前で恥をかくところを見たいのね。その手に乗るか!
「4です」
どうだ、これなら問題ないだろう。
「秋月、お前ふざけてるのかな」
「えっ?」
「なんでわざわざ正解の3に1を足すんだよ、ったく」
えっ、姫宮が正解を教えてくれたの? てか、なんで俺は4が正解だと思い込んでたの? 寝不足って怖い。
教室は笑い声で溢れかえった。なるほど、俺に深読みさせて、間違った答えに誘導したのか。さすが魔王、抜かりないな。
葵もやれやれって溜息をついてる。宿題を毎日写してるお前だけにはそういう反応をされたくないのだが。
やっと学校が終わった。俺は姫宮、そして芽依と一緒に歩いていた。
「いつきくん、大丈夫かしら? すごく眠たそうよ?」
「ああ、大丈夫だ。家に帰って速攻寝れば問題ない」
「私も同衾してもいいかしら?」
「勘弁してくれ」
なにを企んでいるか知らないが、姫宮と同じベッドで寝たら、それこそ眠れないだろう。仮にも学校一の美少女だから、俺みたいな年頃の男の子には刺激が強すぎる。
「じゃ、私がいっきと一緒に寝る!」
芽依が俺と姫宮のやや後ろでわけ分からないことを言い出した。じゃってなに? 因果関係はないよね。
玄関に入って、すぐにでも部屋に戻って寝ようとしたが、俺は家の変貌に驚いて動けなかった。ここってほんとに俺んちなの?
玄関から見える範囲でも、家の隅々がピカピカになって輝いてる。まるで新築の建物みたいだ。母ちゃんって久しぶりに張り切ったのかな。
俺が帰ってきたのに気付いたのか、結月はリビングから出てきた。彼女はエプロンに身を包み、ゴム手袋をつけて、はたきと雑巾を持っていた。
「これって全部結月ちゃんがやったの?」
「うん、私にはこれくらいのことしかできないから」
一瞬彼女の姿がシンデレラと重なった。母親を失って、義理の母の元で暮らして、毎日雑用を押し付けられているみたい。でも、彼女はシンデレラじゃない。シンデレラは王子を裏切らないから。
「とにかく、ありがとう。母ちゃんも喜ぶよ」
「それならうれしいよ」
やはりちゃん付けが正解だったみたい。このほうが普通に会話できる。そう、これなら、俺も彼女との過去を忘れられるかもしれない。
「じゃ、結月ちゃん、昨日寝不足だったから、先に部屋に戻るね」
「寝不足だったの? 大丈夫?」
俺は激しく動揺した。付き合っていたころも、俺のこと一度も心配したことがなかった。なのになぜ今になって、俺のことを心配してくれるのさ……頼むから、やめて。
「大丈夫、では」
俺は当たり障りのない返事を残して、自分の部屋に入った。
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