第十三話 再会
「どうも、こんにちは」
「……」
「お兄さんって呼んだほうがいいですか?」
「……」
結月は俺のこと覚えていないんだね……結月は俺の家に遊びに来たこともないし、俺が親に結月のことを話したこともない。だから、父ちゃんも母ちゃんも結月が俺の元カノなんだって知らない……
「いつき、愛想悪いわよ!」
「いつき、もう家族なんだから、ちゃんとしろ」
母ちゃんと父ちゃんが俺の無愛想な態度を責めた。
「あっ、ごめん、すごいかわいい子だったから、見とれちゃって……」
「いつきも年頃の男の子になったわね。でも浮気したら愛ちゃんにチクっちゃうからな」
「いつきくれぐれも義妹に手を出すなよ~」
俺はとっさに言い訳をすると、母ちゃんと父ちゃんはやれやれって感じで軽口叩いてくれた。だが、かわいいって言われても、結月の表情は変わらなかった。ずっと凍り付いたままだ。
「今日はもう遅いから、外食にしよう? 結月ちゃん、なにか食べたいものある?」
「なんでもいいです」
「そう言われると困るわね……あっ、この間、近くにオープンしたファミレスがすごい評判で、なんだってそこのイタリアンは絶品だそうよ」
「じゃ、そこに行きましょう?」
母ちゃんは知らない。結月の凍り付いた表情は別にお母さんを亡くしてからのものではない。俺と付き合って、ある日からずっとこんな表情になっていた。
「父ちゃんといつきもそれでいい?」
「俺は別に、結月ちゃんが行きたいなら」
「俺もそれでいいよ……」
俺らは例のファミレスにやってきて、案内されたままに席に座った。俺の隣に結月がゆっくり腰かけた。兄妹になるんだから、このほうがいいという母ちゃんの考えによるものだ。
彼女の横顔は一年前より綺麗になったが、どこか冷たかった。
「結月ちゃん、なにがいい?」
「お兄さんと同じでいいです」
「じゃ、いつき、あんたはなににする?」
結月の食べるものも実質俺が選ぶことになったから、俺はメニューを開いて、慎重に目を配った。
俺は結月の好きな食べ物を知らない。付き合っていた時も、彼女は何も自分のことを教えてくれなかったから。聞いても、なんでもいいよという回答しか返ってこない。
なんで俺が結月の食べるものを選ばなければならないの? ふとそんな疑問が頭をよぎる。
でも、向こうが俺のことを忘れているなら、俺も彼女のことを忘れて、普通の家族になったほうがいいのかな……なにが正解だろう。そもそも正解なんてあるのかな。
傷つけた側と傷つけられた側の溝は深い。それを埋める方法は果たしてあるのかな。
でも、このまま、時間が過ぎていくだけだ。答えが今出ないなら、またいつか考えればいい。俺は定番のカルボナーラに指さした。
「あら、珍しいね。いつきってクリームあんまり好きじゃないって思ってたよ」
もちろん今でもクリームはあんまり好きじゃない。ただ、女の子に人気なメニューだから、これなら結月も文句はないだろう。
そういえば、なぜか姫宮の弁当に入っているクリームソースは食べれた。姫宮からのプレッシャーなのか、それとも単に姫宮が作ったクリームソースがおいしいのか、俺はそのときだけ、
「これでいい?」
「ええ、大丈夫です、お兄さん」
結月は変わっていなかった。俺と付き合ったときのままだ。どこか他人行儀で、それは恋人だった過去でも、家族になった今でも変わらない。
にしても、お兄さんか。彼女を見るまではいいお兄さんになる覚悟はできてたはずなのに、結月に改めてお兄さんと呼ばれると、どうもその覚悟が揺らいでしまう。結月を、俺の性格が変わってしまうほど俺を傷つけた人を家族として見るのは想像よりも難しかった……
晩飯を済ませて、家路についた。なぜか結月は俺の隣を歩いている。
心のどこかで期待していた。俺のことを忘れたふりをしているだけなんじゃないかって。そして、今、俺に謝ってくれるんじゃないかって。だが、そういうことはなかった。
「ありがとう、お兄さん、私のために苦手なカルボナーラを選んでくれたでしょう」
「別にそんなに苦手じゃないよ」
「そう? ならいいけど」
彼女は敬語を使わなくなった。それがまた俺の心を揺さぶる。まるで付き合っていた時に戻ったみたいで、辛い記憶がよみがえる。
「帰ろうか、お兄さん」
「うん……」
俺は窓を開けて、芽依の部屋の窓を叩いた。すると、芽依はすぐに窓を開けてくれた。よく見てみると、芽依の手には小石と絆創膏がある。芽依も今俺の窓を叩こうとしたのかな。
「どうしたの? いっき」
「そっちこそなんか用事ありそうなんだよね」
「あっ、クレープがおいしかったから、お礼を言おうと思って」
そんなことを言うために、俺の額がまた負傷するかもしれないのか。今度はちゃんと芽依と話しあう必要がありそうだ。
「実は、
「えっ、妹? おばさん妊娠したの? お腹全然大きくなってないじゃん! びっくりだよ」
俺のほうがびっくりだよ……いくらなんでも天然すぎる。
「結月が来たの……」
「えっ?」
「お母さんを亡くして、うちで引き取ることになった……」
芽依は驚愕して、なにを言っていいか分からない感じだった。無理もない、結月と付き合っていた時、芽依は俺のことをかなり心配してくれていた。
「いっきはどうするの?」
「普通に家族として接するしかないかな」
「できるの?」
「あんまり自信がない……」
芽依は俺の返事を聞いて、悲しそうな顔になった。
「いやなことがあったらいっきの話聞くから!」
「うん、そう思って窓叩いたんだ」
「いっきって私がいないとダメなんだね、えへへ」
「そうだね、ありがとうね、芽依」
俺がお礼を言うと、芽依の顔が少し赤くなった。そして、お互いにおやすみと言って、窓を閉めた。
もちろん、今夜は眠れそうになかった。
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