第七話 家族旅行

「いつき〜」


 1階から母ちゃんの声がした。


「なに?」


 俺は自分の部屋から大声で返事した。


「ちょっと降りてきて〜大事な話があるんだ」


 俺は階段を降りて、リビングに行った。そこに芽依と芽依の両親の姿があった。


「どうも、こんにちは」


 俺は芽依の両親に挨拶すると芽依の両親はいつきくん元気だったかと聞いてくれた。


「元気です」


 俺は軽く答えて、母ちゃんに呼ばれた理由を尋ねた。


「母ちゃん、どうしたの?」


「いつき、ちょうど今有栖さんたちと話をしていてね」


「それで?」


「両家揃って家族旅行しにいこうって話になったわ」


「えっ?」


「ほら、もうすぐゴールデンウィークでしょう。たまには旅行にいくのも悪くないでしょう」


「でも、ゴールデンウィークってどこも混んでるはずじゃ?」


「そういうこともあろうかと、母ちゃんは前もって予約しといたよ!」


 さすが俺の母ちゃん、抜かりない。


「それなら行きたいかも」


「いっきが行くなら私もいく!」


「芽依はいつきくんのこと大好きだね」


「えへへ」


 芽依のお母さんがそういうと、芽依は少し照れ笑いした。


「ところで、どこにいくの?」


「これはいい質問だ〜 みんなで箱根温泉に行くんだよ」


 母ちゃんはよほどこの旅行を楽しみにしているのか、会話がノリノリだった。


「温泉か」


「芽依の浴衣姿に見とれないでね〜」


「頑張る」


 芽依の浴衣姿か、ちょっと楽しみかも。なんせ高校生になってから、芽依と花火大会とかも行ってないから、かれこれ一年以上は芽依の浴衣姿を見ていない。


「父ちゃんはなんて?」


「ええ、さっき電話したら有栖さんたちと一緒に行けるなら是非ってね」


 俺と芽依だけじゃなく、父ちゃんと芽依のお父さんも仲がいい。何だって大学の同級生らしい。


「秋月さんたちと旅行するの楽しみですね〜」


「そうだよ、健二のやつと久しぶりに飲めるんだから楽しみだな」


 芽依の両親もノリノリだ。まあ、俺にはまだ分からないけど、社会人になったらこういう旅行はいい気晴らしになるらしい。


「じゃ、母ちゃん、俺の甚平も荷物に入れといてね」


「そんな古いやつは捨てたわ」


「えっ?」


「箱根に行って綺麗な浴衣でも借りて着なさい」


 さすが母ちゃん、断捨離が早い。よく今まで父ちゃんと離婚しなかったもんだな。


「いっきの浴衣姿!? 超見たい!」


「まあ、似合うかどうかは分からないけどね」


 なぜか芽依が急にギャルっぽくなったのは気のせいか? 旅行って不思議だよね。人の性格すら変えてしまう。


「そうだわ、いつきくんの浴衣姿は似合うに決まってるでしょう」


 なぜかここに居るはずのはい人の声が聞こえてきた。振り返ると俺と芽依は同時に声を発した。


「「くっ」」


「お母様、こんにちは」


「あら、愛ちゃん、来てくれたのね! 早く座って! いつき、早くお茶入れてきなさい!」


 あれ、なんで母ちゃんと姫宮は知り合ってるんだ?


「そうね、いつきくんがいないときに、ちょくちょく遊びに来ていたら、お母様と仲良くなったわ」


 俺の心を読んでか、姫宮は俺の疑問に答えてくれた。って、そんなことまでしてたの? 何を企んでいるの? まさか……母ちゃんを仲間に入れて、俺で遊ぶ気じゃないだろうな。母ちゃん、そいつは魔王だ、惑わされるな……


 俺は母ちゃんに言われたまま、お茶を入れて、姫宮の前にゆっくりと置いた。


「なんで、姫宮さんがいるのよ」


 さすが芽依、空気を読まずに大胆に疑問をぶつけてくれる。


「私が呼んだわよ〜 いつきの大事な彼女だもん」


「けっ」


 こいつ、母ちゃんに俺らが付き合っていること話したんだな。こりゃ姫宮の陰謀通りに、俺らが付き合っているうちに、万が一俺が心を開いたら、振られるだけじゃなく、母ちゃんまで悲しむことになる。


 こうなったら日給を15円に増額してでも引き留めるしか……って、これじゃ、姫宮の思う壷じゃん! なんて恐ろしい女だろう。俺が引き留めたらきっと、「そんなに私のことが好きなの? 無様な姿を晒してまで別れないで欲しいって、よほどプライドがないかしら? あっ、ミドリムシにプライドも自尊心もなかったわ〜」って言われるに違いない。


 くっ、どうすればいいんだ、俺。


「お母様、これ、前にお母様が言ってたシュークリームです。食べてみたらすごく美味しくて、つい買ってきちゃいました。有栖さんのお母さんとお父さんもよかったら食べてください」


「いつきくんの彼女なの? なんて出来た女の子だ」


「あっ、これめっちゃ人気のシュークリームじゃないですか。愛ちゃんだっけ? 貰っていいの?」


 おまけに芽依の両親の心まで掴んだ。芽依もシュークリームを好奇な目で見ている。


「私もこれ食べていいの?」


「いいわよ、有栖さんもぜひどうぞ」


 芽依、欲望に負けるなよ……って言っても無駄か。


「はい、いつきくん、あーんして〜」


「あぁーん」


 いつも昼休みで姫宮に弁当を食べさせてもらってるせいか、つい癖で口を開いてしまった。なんて無様な姿を母ちゃんや有栖さんたちの前で晒したんだろう。姫宮、さて、これが目的か……


 俺は真っ赤になって、そんな俺を見て母ちゃんはひゅーひゅーって冷やかしてきた。母ちゃん、歳を考えてよ……


「じゃ、私も! いっき、口を開いて」


 こうなったらやけだ。俺は芽依が手に持ってるシュークリームを貪った。悪くない味だ。


「やったー」


「有栖さんにしてはやるんじゃないかしら」


 こいつら、たまに休戦したりするんだよな。今回のきっかけはやっぱり美味しいシュークリームか。


「愛ちゃん」


「なんですか? お母様」


「愛ちゃんのためにね、新しい浴衣買ってきたの!」


「それはありがとうございます! とても嬉しいですわ」


 あれ、自分の息子に浴衣を借りなさいって言っときながら、姫宮には新しい、しかもいかにも高そうで綺麗な浴衣を買ってきたのは親としてどうだろう。もう困った時に心の中で母ちゃんって唱えるのやめようかな……


「って、家族旅行なんだろう? 姫宮は家族じゃないよ」


「問題ない! どうせそのうち、いつきのになるんだから」


「そうですわ。私ちゃんといつきくんとのを考えています」


「「なに!?」」


 俺と芽依は同時にびっくりして素っ頓狂な声を発した。姫宮って俺と結婚する気なの? 結婚して持ち上げといて、その後離婚を切り出して俺をどん底にたたき落とす計画なのか! にしてもバツがつく事になっても俺で楽しみたいのか……魔王はやはりレベルが違う。


 こうやって、ゴールデンウィークから箱根で2泊3日の温泉旅行が決まった。

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