第八話 星が瞬く夜
「車出すよ」
父ちゃんは八人乗りの車を運転し始めた。助手席には母ちゃんが座り、真ん中は芽依の両親が座っている。後ろの真ん中の席に、俺が腰かけると、芽依と姫宮が俺の両サイドを陣取っていた。
「有栖さん、後ろはやはり私といつきくんの二人が座ったほうがよくないかしら~ なんせ
「姫宮さんこそ、私の親と仲良くなったみたいで、前に座っていっぱい話してきたほうがいいよ。あとは
休戦したと思ったら、また勃発してしまった。テンション上がるのはわかるが、少し静かにして情緒というものを楽しんでほしいよね。てか、任せるってなに? 俺って看護が必要って芽依に思われてるのかな……
さすがゴールデンウイーク、朝八時に出発しても道がすごい混んでいる。これならつくのに五、六時間はかかりそうだ。
「ねえ、なにかゲームしない?」
親同士が歓談していて、俺ら後ろの三人組もなにかしようという提案が上がった。
「いいわね。旅行にピッタリじゃないかしら」
「一応家族旅行という名目なんだけどな……」
「なんか言ったかしら?」
「なんもないです……」
ぼそぼそぼやいたら、姫宮は満面の笑みを浮かべてきた。これから家族になるんじゃないかしらといわんばかりの笑顔だ。母ちゃん……いや、この件に関しては母ちゃんも共犯者だから、どうしようもない。
「ババ抜きはどう?」
俺はカバンからトランプを取り出して、そう提案した。定番なんだけど、面白いから定番なんだよね。
「いいじゃないかしら?」
「うふふ、普通のゲームじゃ、面白みに欠けるから、ここは少し勝負しない? 姫宮さん」
芽依は今まで見たことのない邪悪な笑みを浮かべて、姫宮に勝負を挑んだ。嫌な予感しかしない。
「
「ふ~ん、乗ってくるなんて
こいつらさっきからノリノリなんだよね。てかさっきからなんなんだ? 幼馴染だの彼女だのって、ちゃんと名前で呼べばいいじゃん。
勝負は拮抗している。なんだって勝者は俺に先に浴衣姿を見せる権利があるとかで、二人はかなり本気っぽい。芽依はなぜそんなにこだわるのか知らないが、姫宮はきっと俺に自分の浴衣姿を見せて、見とれて涎を垂らす俺の顔を見て楽しむつもりに違いない。姫宮は魔王でも仮にも学校一の美少女なのだから、ほんとに涎を垂らす恐れがある。芽依、頑張れ!
にしても、この二人はポンコツというには生ぬるい。感情が顔に出すぎている。芽依のババを引こうとしたら、口笛吹き出すし、姫宮のババを引こうとしたら、目をそらして、外の景色を見つめるし。
おかげで、ババ抜き開始早々、3分もたたないうちに俺は上がった。それからはまるで地獄のようだった。
二人はにらみあい、挑発の言葉を掛け合った。
「幼馴染にしてはやるではないかしら?」
「そっちこそ彼女なのに、大人気がなさすぎない?」
「早く浴衣姿を見せたほうが有利だわ~」
「同意ね」
傍からしたら、二人は世界の運命を背負って戦っているように見えるかもしれないが、俺からしたら、ただの茶番にしか見えない。二人ともこんなに表情に出ているのに、なぜかババを単に交換するゲームに成り下がっている。表情に出すぎて逆に深読みしたのかな。まるでラブコメのように、一時間ババ抜きならぬ、ババ交換が延々と続いた。
「そろそろ引き分けでもいいかしら?」
「そうね、このままだと消耗戦になる」
二人ともつかれたか、あっさり引き分けに落ち着いた。でも、もうすでに消耗戦になっている気がする。今日の芽依は難しい言葉使ってるけど、相変わらずどこか抜けてる……
旅館について、なぜか部屋割りがおかしなことになってる気がする。父ちゃんと母ちゃんと芽依の両親、そして、俺と芽依と姫宮の二部屋。
「しかたないよ。二部屋しか取れなかったんだもん」
俺が文句を言うと、お母さんは乙女みたいに言い訳をしだした。
「それに父ちゃんたちは飲みたいから、気遣ってあげて?」
父ちゃんをだしに使ってるけど、ほんとは母ちゃんも芽依のお母さんと女子会したいだけだろう。いいのか? 年頃の息子を美少女二人と同じ部屋に寝かせても……問題が起きても知らないからな。芽依の両親もこれでいいの? 大事な娘が俺に襲われてもなんとも思わないの? よほど俺に信頼があるのか、俺が女の子を襲う度胸のないチキンだと思われてるのか……
「いっき、着替えるから、ちょっと部屋の外に出てってくれない?」
「私は別にいいわよ~ いつきくんがいても」
「じゃ、私も! いっきここで見てて!」
いやいや、なにを見ろというんだろう。芽依、姫宮に張り合うな! 魔王と張り合ったら、君はただの頭おかしい子になっちゃうよ……少しは乙女の矜持とまではいかなくても、恥じらいを持とうよ?
俺が部屋から出て、二人が着替え終わるまで、休憩スペースでコーヒーを飲んでいた。朝五時に起きたせいか。今となって睡魔が襲ってくる。
「いっき」
「いつきくん」
振り返ると浴衣姿をしている美少女が二人もいた。芽依はピンク色を基調とした可愛らしい浴衣を着ていて、それに対して姫宮は青色のきれいな刺繍が入っている浴衣を着ていた。
「どうかな?」
「どうかしら?」
二人は恐る恐るに感想を聞いてきた。
「すごく似合っているよ」
もちろん本心だ。いくら小さいころからずっと一緒にいた幼馴染でも、魔王で日給10円で雇っている彼女でも、浴衣姿の女の子は格段に美しい。真顔を貫こうとしても、少し顔に綻びが生じた。
やばい、これじゃ、姫宮の思うつぼじゃないか! って、なにも言ってこない。というより顔が真っ赤になっている。体調が悪いのかな。芽依は芽依でやったー! ってはしゃいでる。やはり、女の子は褒められるとテンションが上がるもんなんだね。
そして、俺は部屋に戻り、借りた紺色の浴衣に着替えた。二人はそれを見てうわーという声を発したが、ありがとうだけ言って、俺はさっさと温泉に入っていった。早く、移動の疲れを取りたいからだ。
温泉から出て、旅館の庭で座って牛乳を飲んでいたら、周りがすっかり暗くなっていた。
「星がきれいだわ~」
ふと気づいたら、姫宮は俺の隣に座って、空を見上げていた。確かに、都会から離れたおかげか、星が異様に輝いて見える。
「そうだね」
「月が見えないのは残念だけどね」
言われてみれば向きのせいなのか、雲のせいなのか、月の姿がどこにもなかった。
「なんで?」
「これじゃ、月がきれいですねって言えないじゃないかしら?」
「星がきれいならそれでもいいんじゃない?」
「鈍感な人ね、でもそういうところもとてもいいわ」
「そうかな、よく言われるけど」
「ええ、とても鈍感よ」
そういって姫宮は湯上りの髪をかき上げた。星の光に照らされた姫宮はやけに美しく見えた……
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