第六話 芽依の策

 ダン、ダンと小石が窓にぶつかる音がした。


 時計を見てみる深夜の3時だ。


 俺は眠気混じりに窓を開けるとパジャマ姿の芽依がいた。


 運良く小石は俺の額に飛んでこなかった。もし今ぶつけられたら眠気は一気に覚めて、激しい不満に変わるだろう。


 よく見てみると芽依の左手には絆創膏がある。この子、言われたことをちゃんと守っているのね。


「やあ」


「やあという挨拶をする時間じゃないと思うけど?」


「聞いてよ! いい策が思いついたよ!」


 俺の嫌味をきれいさっぱり無視して芽依は得意げに喋った。


「凄い眠いけど、いますぐ窓を閉じて布団に戻りたいけど、一応聞いてあげるよ」


「おう! 聞いてよいっき! さっきまでずっと姫宮さんからいっきを守る方法考えてんだけど……」


 この子人の話聞かない子だったっけ? てか俺のために夜中3時まで考えてくれたの? 明日ちゃんと学校に行ける? 君にとって学業はなんだろう。


「内容は内緒〜 明日を楽しみにしといて!」


「うん、でも、明日ちゃんと学校にいける?」


「なんで?」


「いま何時だと思う?」


 芽依は部屋の時計を見てみるとびっくりした声を出す。


「もう3時じゃん!」


「うん、その3時に俺は芽依に起こされたんだよね」


「やばい! 明日眠くて学校サボっちゃいそう!」


「サボっちゃったら、君のいう策とやらは無駄になるんじゃないの?」


「くっ、背に腹はかえられない! 明日授業中で寝るわ!」


 背に腹はかえられないか……一体なにとなにを比較して言ってるのだろう。芽依の常識はもはや俺の理解の範疇を超えたのかも。


「授業で寝たら、成績悪くなるよ」


 ここは幼馴染として芽依にアドバイスするべきだ。


「成績が悪くなったら、その分内申点が悪くなって、いい大学に入れなくなるよ」


「ほへ」


 ごく当たり前のこと言ってるんだが、芽依は初めて知ったような間抜けな声を漏らした。仕方ない、ちゃんと説明してあげようか。


「そんで、就職にも響いて、人生がパーになるよ」


「大丈夫! 私、いっきのところに永久就職する予定だから!」


「俺はよほどの金持ちにならないと家政婦は雇えないよ……」


 俺に家政婦として雇ってもらうって考えてるの?芽依、残念だが、君の家事スキルは壊滅的だ……金持ちになっても雇うかどうかはまだ議論の余地がある。


「あっ、いっき! 絆創膏持ってきたよ!」


「ありがとう、でも今日は小石ぶつけられてないから」


「じゃ、今度ぶつけられた時のために取っといて!」


 この子、今度は俺に小石ぶつける気なんだね……末恐ろしい幼馴染だよ。母ちゃん、天然な女の子は可愛いけど、もう少し人の体を破壊したりしない幼馴染が欲しかったわ……


 俺は窓を閉じて、再び布団に入り、死んだように眠った。





 朝学校に着いて席に座ると、葵が満面の笑みでやってきた。


「いつき、宿題うつさして〜」


「はるとかれんのうつしてよ」


「あの二人は馬鹿だから当てにならないわよ」


 お前、どの口で言ってるの? 学期末テストでいつもビリを争っている葵がはるととれんを馬鹿にしてる。


「拒否する」


「えっ、そんな殺生な! いつもうつさしてくれたじゃん!」


「諸事情があり、今後葵に宿題をうつさせるのは辞めようと思ったんだ」


「そんな事言わないでよ! 私のちょっとえっちな写真あげるから〜」


「それなら……っているか!」


 ちょっと動揺した自分がいた。葵はスタイルがいいからな。でも携帯は姫宮に監視されてるし……いや、そういうことじゃない! 友達のそんな写真を貰っていいわけがない……よね。


「どうしてもだめ?」


「だめ」


「私がこれで路頭に迷って飢えても?」


「とんだ被害妄想だよ」


「ううっ」


 あれ? 葵は顔を手で伏せて、泣き出したぞ? 宿題うつさしてもらえないだけで泣くの?


「しかたないよ、ほらよ」


「やったー! 5分後に返すね!」


 嘘泣きだったのか! 人の心配を返せ! だったら写真を素直に貰うべきだった……ってだめ! 


 そんなものが姫宮に見つかったらきっと、「いつきくん、私という彼女がいながら、クラスメイトのこんな写真を持っているんだね。よほど欲求不満かしら? 猿でもつがいがいれば別のメス猿に手を出さなくなると言うのに、あなたは猿以下かしら〜」って嫌味を言われるに違いない! それはごめんだ。





 こんなやり取りをしている間に、姫宮が登校してきた。


 芽依は俺に目配せして、姫宮のところに向かった。自信満々そうに見えたから、よほどいい策でもあるのかな。ここは芽依に期待しとこう。


「姫宮さん」


「なにかしら? いつきくんの幼馴染さん」


 とうとう芽依のことを有栖さんで呼ばなくなったよ! さすが魔王だ。呼び方だけで人を翻弄する。


「えっ!いっきのです!」


 そして芽依、なぜ自慢げなの? バカにされてることに気付こうよ……


「で、なにか用かしら?」


「毎日20円あげるから、いっきと別れてくれない?」


 俺は目を見開き、芽依を見つめた。俺の視線に気づいたのか、芽依は俺を見てピースサインしてきた。芽依の天然をなめてたわ……この子は筋金入りのおバカだ。


 しかし、このセリフで思い出すものがある。





 俺は1000円を彼女に渡した。そして一緒に下校しようとしたとき、ほかの男子がやってきた。ほかの男子は2000円を彼女に渡して、カラオケ行こうよと言った。そしたら、彼女は俺にごめんと言って、その男子について行った。俺の1000円より、2000円のほうが価値あるに決まってる……





「なにを言ってるのかしら、有栖さん」


「だから、私が、毎日20円を姫宮さんに渡すから、いっきと別れてくれって」


「おバカさんね……」


 珍しく俺と姫宮の感想が一致した。


「いいかしら? たとえ、30円、40円を渡されても私はいつきくんと別れたりはしないわ〜」


「じゃ、50円は?」


「「はあ」」


 俺と姫宮は同時にため息をついた。


「そろそろ授業始まるから、席に戻ってもらってもいいかしら?」


「くっ」


 芽依は悔しそうに自分の席に戻る前に俺のところに寄った。


「ごめんね、いっき、姫宮さんはガードが硬すぎるよ……私の策でも通じなかった」


 どこの諸葛亮孔明だよ。ほんとにこの策が通じると思ってたの? ほんとにそうなら、これからもっと芽依に優しくしよう。幼馴染の俺もが芽依を見放したらそれこそ終わりだよ。母ちゃん、俺は優しくて自慢の息子か?


 芽依は爪を噛みながら席に戻っていった。頼むから、自分の爪を大切にしてあげて? と俺は内心で芽依の爪に同情した。

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