第二話 「魔王」との昼食
チャイムが鳴り、昼休みが始まった。
はると、れん、葵に芽依がやってきた。
「ごはん食べようか」
「おなかすいたよ」
「私も、もうペコペコだよ」
「いっきの弁当作ってきたよ」
あれ? 中学校以来じゃない? 芽依が弁当を作ってくれたのは。
「芽依、大丈夫か? 熱でもあんの?」
俺は不思議に思って、芽依に軽口叩いたらはるととれんがため息をついた。
「「いつき、お前って鈍感だよね」」
「いや、そんなことないと思うぜ?」
「もう病院に行ったほうがいいよ。って、鈍感を見てくれる病院はないか!」
葵が自分でツッコミを入れて笑いだした。愉快なやつだ。
「ちょっといいかしら?」
俺らが振り向くと、姫宮の姿があった。
「いつきくん、屋上で一緒に弁当食べよう?」
「いや、いつきはいま俺たちと食べてるんだよ」
「そうだ、順番があるんだよ」
俺が答える前に、はるととれんが姫宮に返事した。どうやら、姫宮の魔の手から俺を守ろうとしてくれたみたい。ありがとう、さすが親友だ!
「私はいつきくんの彼女だよ? あなたたちも友達なら気を遣っていつきくんに恋人と弁当を一緒に食べさせるべきなのでは? それとも脳みそはアメーバくらいしかなくてそこまで考えられなかったのかしら? あっ、脳みそ自体がない可能性も否定できないわね。これは失礼しました」
さすが魔王と呼ばれるゆえの辛辣な口ぶり、汚い言葉一つ使わずに人をぞっとさせる。はるととれんは気圧されてすっかり黙り込んで目を泳がせていた。おい、俺を守ろうとしてくれるんじゃなかったのか! 親友ってなんだろう。
「ちょっと姫宮さん、恋人とか彼女以前に、私はいっきの幼馴染だから、一緒にご飯を食べる資格はこっちにあると思うけど? しかもいっきの弁当は私が作ったんだから!」
「あら、有栖さん、幼馴染といっても友達にも恋人にも分類されない中途半端なポジションじゃない? その中途半端なポジションを振りかざして遠吠えしても私の心には響くとでも思っているかしら~? もう少し負け犬らしく吠えてくれたら頭撫でてかわいがってあげるわ~ それに私もいつきくんのお弁当を作ってきたわよ」
どうやら、芽依が弁当を作ってくれたのは俺を姫宮から守るためらしい。こうなったのは俺の自業自得なのに、ここまでしてくれてほんとにありがとうね、芽依。
「まあまあ、芽依ちゃんも愛ちゃんも落ち着いて? 芽依ちゃんはいつもいつきと食べているから、今回は愛ちゃんに譲ろうか?」
葵! こいつ俺を裏切ったな。友達だと思ってたのに、あっさりと俺を魔王に引き渡した。もう宿題移させて! って頼まれても絶対に見せてやらん!
芽依は俺を見やり、いっきは私と食べるんだよね? と聞いてきた。ありがとう、芽依、最後まで守ろうとしてくれて。
「では、いつきくん、屋上に一緒に行こうか?」
でも、ごめん、かりにも魔王なんだ。逆らうと俺の人生が破滅するかもしれない。俺は姫宮の後ろについていった。
ううっと芽依は悔しそうに爪を噛んだ。
屋上のベンチに座ると、俺らは先客たちに変な視線を向けられた。
「あれって魔王じゃない?」
「隣の男子ってまさか彼氏?」
「彼氏じゃなくても一緒にいるだけですごいよ! 真なる勇者だな」
みんなは口を揃えて称賛してくれた。でも、ごめん、俺は勇者じゃないんだ。ただ魔王の圧力に屈した臆病者だよ。どうか俺をあざ笑ってくれ。できれば俺が聞こえないところでお願いします。
「とりあえず、今日の給料もらっていいかしら」
「あっ、はい」
俺は財布を取り出し、中身を見ると、10円玉はなかった。
「100円玉しかないけど」
「10日分まとめて支払ってくれてもいいわよ」
「それなら」
俺は100円玉を姫宮に渡した。
「これで飲み物買ってくるわ」
魔王の十日分の給料が飲み物一本ってのはある意味シュールだな。
姫宮が屋上の自販機でお茶を買ってきて一口つけたら、俺に渡してきた。
「えっ?」
「いつきくんも喉乾いたでしょう? 飲んでいいわよ」
「いや、それじゃ、間接キスになるんじゃ?」
「私が許可するから飲んでいいよ。それとも私と間接するのはいやなのかしら?」
姫宮はニコニコしているが、目が笑っていない。
なるほど、俺がいやらしく間接キスをしているところを見て楽しむつもりなんだろう。その手には乗らないよ!
俺は
姫宮がペットボトルを受け取って、ごくごくと飲みだした。やった! なにもしてこない。これって姫宮に勝ったってことじゃない!? でも、姫宮みたいな美少女がじゅるじゅると俺が口づけたところからお茶を飲んでるのを見て少しばかりくすぐったい気持ちになった。
だが、この気持ちを決して表に出すわけにはいかない。どれだけ痛烈な言葉を言われるか分かんないから。
「では、お弁当を食べましょう。」
「うん」
「あーんして?」
「自分で食べれるよ!」
「給料もらってるから、その分彼女として働くわ」
なるほど、俺が豚みたいに無様でご飯を食べさせられるところが見てあざ笑いたいのね。 でも、こればかりはどうしようもない。母ちゃん、墓を急いでくれや……
俺が食べたのを見て、姫宮は微笑んだ。やはり嘲笑ってきたのか。まあいい、今回はお前の勝ちにしといてやろう。
教室に戻ると、芽依が不機嫌そうに俺を待っていた。
「食べて」
そうだった。芽依の弁当が残ってるんだった。母ちゃん、今日晩飯はいらないよ……
夜、ベッドに横たわって、食べ過ぎで苦しんでいると、窓からノック音がした。
カーテンを開くと、芽依が叩いている。家が隣同士だから、芽依は昔よく俺の部屋の窓をノックして、窓越しで色々お話してた。でも、高校生になってからはすっかり俺の窓を叩かなくなったけど、今日は珍しく窓をノックしてきた。
「ちゃんと弁当食べた?」
「芽依の前で食べてたから分かるでしょう」
「そうだね」
「今日守ってくれてありがとうね」
「お礼はいらないよ、
ごめんね、芽依、せっかく弁当まで作って俺を魔王から守ろうとしてくれたのに、俺が不甲斐ないせいで、君の努力は泡と消えたよ。
「ほんとにありがとうね。もう遅いから、寝るね」
「ちょっと待って!」
「なに?」
「
「そうだね」
芽依の声が俺の部屋まで響いてきた。
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