第三話 彼女の時間

 携帯が鳴って、出てみたら、姫宮の声がした。


『いつきくん?』


「姫宮か? なんで俺の番号を知っているんだ?」


『いつきくんがトイレに行ってる間に机の引き出しからいつきくんの携帯を取り出して調べたわ』


「俺、ロックかけたよね」


『ああ、おかげで色々とパスワード試したから大変だったわよ』


「よく10回以内にロックを解除できたね」


『というわけで携帯のロック設定をオフにして』


 さすが魔王、人の携帯を勝手に見た上に、悪びれずにロック設定をオフにしろと命令してきた。また俺の携帯を見る気か。


「それは置いといて、どうしたの?」


『明日遊園地にいくわよ』


「いってらっしゃい」


『何を言ってるのかしら? いつきくんも一緒にいくんだよ』


「俺に拒否権は?」


『ない』


 ですよね、魔王に対して、俺みたいな雑兵に拒否権なんてあるわけないよね。しかし、遊園地か。またなにか企んでいるのだろう。なんで姫宮は俺にこんなに時間を割いてくれるんだろう。割いた時間に見合うだけの楽しみがあるというのか。まったく俺で遊ぶのをやめて欲しい。ほかに価値のあることはいくらでもあるのに……


「分かった。行けばいいだろう」


『賢いわね。もしこなかったら、いつきくんは月曜日に学校に行く気が失せることになるかもしれないわ』


 こいつ、何する気だ。もはや恐怖しかないわ。遊園地に行くのになぜわくわくする気持ちより戦慄が勝るのかな……


 電話を切って、ため息をついたら、窓を小石にぶつけられてる音がした。


 窓を開けると、小石が勢いよく俺の額にめがけて飛んできた。痛みとともに、俺の額から血がこぼれ落ちた。


「おはよう! いっき」


「その小石はどこから持ってきたの?」


「こういうこともあろうかと昨日家に帰りながらいっぱい拾ってきたの」


「うん、今すぐ全部捨ててきて」


「いやだよ、せっかく拾ってきたのに」


「じゃ、今度は小石を投げるときに絆創膏も用意しといてね」


「あっ、はい」


 俺の額の血を見て、芽依は少し申し訳なさそうにしていた。よかった! 君にはまだ情けというものが残っていたんだね。


「で、なんか用事?」


「うん、明日日曜日だし、久々に遊びに行こう」


 珍しいな。中学校から芽依は俺と二人きりで出かけなくなったのに、今日はどういう風の吹き回しだ?


「うれしいが、残念ながら明日予定が今さっき埋まっちゃった」


「明日なんかあんの?」


「姫宮が遊園地に一緒に行ってくれって」


「魔王が?」


「てわけで、また今度誘ってくれ」


「待って!」


「うん?」


「私も一緒にいく!」


「何言ってるんだ?」


「私が魔王からいっきを守る」


 ありがたい申し出だ。俺の幼馴染ってこんなに出来た女の子だっけ? どちらかというと小っちゃいとき、俺のおもちゃを強奪したり、俺を池に突き落としたりとわがままで傍若無人なイメージしかない。


 きっと高校生になって人間として成長したんだろうね。それか、俺が魔王の餌食になったから、幼馴染の情から俺を守る責任感が芽生えたのかな。


「ありがとう! ちょうど今心細いと思ってたとこなんだ。芽依が来てくれるなら心強いよ」


「お、おう。そんなにうれしいのか。まあ、私がついてるから、安心していいよ」


「ああ、安心するとも! なんなら芽依が姫宮を引き払ってくれたら……」


「そうする!」

 

 なんと頼もしいんだ。これから芽依師匠と呼んでもいいかい? 母ちゃん、俺はいい幼馴染を持ったよ……





 俺と芽依が遊園地の前で姫宮を待っていたら、やたらと通行人の視線を感じる。


 そうか、俺は幼馴染だから見慣れててなんとも思わないが、芽依は超のつく美少女だ。かわいく切りそろえたショートヘアに、人懐っこそうなたれ目、そして目元にちっちゃいホクロがついてて、かわいいときれいを足して二で割ったような感じ。俺の知らないところで結構人気があって、たくさん告白されているらしいが、なぜか芽依はそれを俺に話してくれなかった。


「待たせたかしら」

 

 姫宮がやってきた。


「いや、そんなに待ってなく……はないかな」


 そんなに待ってないよと言おうとしたが、かれこれ三十分待ったから、俺は言いよどんだ。


「あらま、有栖さんも来ているのね。いつきくんの財布でも届けてくれたのかしら? ありがとう。もう用が済んだら帰って頂ける?」


「ち、違うよ! 私も今日一緒に遊ぶの!」


「それはびっくりだわ。たかが幼馴染の分際で私といつきくんのデートを邪魔する気かしら〜 少しは空気を読んだらどう? あっ、空気というのは概念であって、酸素と窒素の混合物じゃないから、そこらへんはよろしくね」


「それくらい知ってるし!」


 さすが魔王、いきなりとんでもない毒舌をかましてきた。でも、芽依はその魔王を引き払ってくれるって昨日約束してくれたから、ここは芽依に任せよう。


「姫宮さん、単刀直入に言うわ。いっきと別れてほしいの!」


「あら、いつの間に有栖さんがいつきくんの保護者になったのかしら〜 まさか養子縁組をしてきたのではないだろうね? それならこれからいつきくんのことを秋月樹じゃなく、有栖樹って呼んだほうがいいわね。では、有栖樹くん、遊園地に入ろうか」


 なんて厭味ったらしい言い方だ。この魔王一体レベルいくつなの? もう限界突破したって言われても信じちゃうよ。 でも、頑張って芽依! 俺の運命は君が握っているから。


として言ってるの! 姫宮さんは何を企んでいるか知らないけど、いっきで遊ぶのやめてほしい! だいたいこんな普通な男のどこがいいの?」


 そうそう! もっと言ってやれ! って、あれ、俺の悪口になってない?


「別になにも企んでないわ~ いつきくんに告白されてオーケイしただけよ? にしても幼馴染なのにいつきくんのいいところ知らないなんて誰が聞いても腹を抱えて笑い倒しちゃうに決まってるわ~ ほんとそのたれ目はなんのためについてるのかしら~ 目が悪いなら今日は私といつきくんのデートに割り込むんじゃなくて、さっさと眼科に行ったほうがいいよ。目は大切よ?」


「くっ」


 芽依は黙り込んだ。待って! 黙り込まないで、言い返してやれよ。


「……すまん、いっき、今日は一時撤退だね」


 姫宮を引き払ってくれるんじゃなかったの? 撤退しちゃうの? ほんとの戦いはこれからでしょう? 母ちゃん、なんでもっと気の強い幼馴染をくれなかったの?


「言ったでしょう?タイムイズマネーって。早く入ろうか」


 こうして、俺ら三人は遊園地に入っていったのだった。

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