第3話 謎が謎を呼ぶ



ありがとう……。

私は幸せです。もう何も思い残すことはない。

ありがとう。@なをさん。@ジャスミンさん。

ありがとう。褒殺隊……。









「これは……」

「これって……」

二人は顔を見合わせた。

「犯人の名前、バッチリ書いてある……」

二人の声は重なった。


 同日、春日井と川田は早速二人の容疑者にコンタクトを取った。そしてこの二人がクロで間違い無いと断定し、捜査状を取り、強引に署まで連行した。そして、二人の厳しい取調べにより、事件はあっさりと解決するかに思われた。

 しかし、コトは予想外の方向へと舵を切る。



「あのね、私そんなつもりじゃ……」

「ちょっと張り切り過ぎてしまいましたね」



 別々に取調室に連行され、春日井と川田にしつこく追求された容疑者の二人はそれぞれ、そんなコメントをした。しかし、二人のアリバイは一分の隙もない完璧なもので、どれだけ問い詰めても、どれだけ調べても、文字通り、"褒め殺し"を行なったと言う証拠しか出てこなかった。

 そう、この二人と被害者はリアルでの直接的な接点が無く、実際にインスタグラムというSNS上での交流を行なっていただけの関係だったのだ。しかし当然ながら、彼らの投稿には、被害者の死の直前、壮絶な"褒め殺し"の競演を果たした痕跡が残っていた。

 結局、被害者は褒め殺しにあった末に、興奮し過ぎたのだろうか。それとも偶然なのだろうか。結果的に、心臓発作を起こして死んでしまったのだ。

 そして容疑者の二人は、証拠不十分、事件性は無いとされ、釈放された。



 春日井と川田は署内の執務室にいた。川田は声を荒げる。

「私は絶対、褒め殺しのせいだと思います! 奴らは絶対にクロです!」

そう言うと、川田はキイイと言いながら、悔しそうにハンカチをギリギリと噛んだ。その動きに合わせて、川田の大きな胸が揺れた。

「やめろ、みっともない」

春日井は冷静に言う。

「でも、春日井さんの華やかな経歴に傷が……」

川田は大きな瞳をうるうると潤ませ、大粒の涙がその長いまつ毛を伝って地面に落ちた。そんな川田の頭を春日井はぽんと叩く。

「こんなの、傷でも何でもない。なんせ、奇跡とやらが起きたんだ。これでよかったのさ」

川田は、穏やかな声でそう話す春日井を見上げて、ううう〜と小動物のような唸り声をあげた。

「でもでも! 被害者が息を吹き返すなんて! こんなこと絶対あり得ないですよ! これは絶対何かのトリックですっ!」

その言葉を聞いて、春日井は無言で窓の方に歩み寄り、外の景色を眺めた。

「まあな。こんなことはありえない。悔しいが証明もできない。被害者が心臓発作を起こして死に、そして笑った。さらに明くる日、息を吹き返すなど……。しかし、私たちは徹底的に調査と取調べを行なった。それで明らかになった事実はあの二人が"褒め殺し"をしたという事実だけだ。……私たちの完敗だ」

 それを聞いた川田はいよいよ、うわーんという声をあげながら泣きじゃくった。

 そんな川田の姿を見て、春日井は一瞬呆気に取られたあと、手の甲で口元を押さえながらくっくっくっと笑った。

「全く、お前はまるで子供だな」

春日井は本当に可笑しそうに笑った。徐々に暮れ始めた遠くの空に浮かぶ夕日に照らされて、オレンジ色に染まっていた。今度は川田が泣いていたことも忘れてそんな春日井の姿に釘付けになっている。

「初めて見ました……。課長が笑ってるとこ……」

「笑うさ。私だって」

「ふふふ……。いつも真顔か怒ってる顔しか見ないので、笑えないんだと思ってました」

「お前なぁ、人をなんだと思ってる……。たく、なんかお前、面の皮が厚くなってないか?」

「伊達に"不機嫌王子デカ"のお供してませんからね」

「調子に乗るな。鼻水出てるぞ」

「はわわ……! これは、涙です!」

川田は顔を赤くしてズルッと鼻を鳴らした。


                    終わり

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褒め殺し殺人 瑞原えりか @erie1105

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