第4話
カレンと着せ合いっこをしてから二週間、会社の私は開発した薬を製造するための
「もう、それはアンタが段取りをやるやる詐欺したのとスケジュールに織り込んでなかったのが悪いんでしょ!何でアンタまで私を責める側に回ってるの!信じられない!」
「はは、ヒナちゃん先輩、荒れてますね。ほら、人の目もあるから、お茶でも飲んで落ち着いてください」
「ハァ、ハァ、ごめんね結城さん、ありがとう」
給茶機の安物の煎茶をゴクリと飲むと少し気持ちが治まった気がした。社食でお昼を食べながら結城さんに
「そうだ、ヒナちゃん先輩、わたし証券口座開いたんですよ。この前ヒナちゃん先輩に少し教えてもらって、投資に興味が湧いてきちゃって」
「そうなんだ。ようこそこちらの世界へ。一応言っておくけど、私は強要はしてないからね。結城さんの自己責任、ね」
「はい、それは分かっています、分かってるんですけど……」
結城さんはパスタの続きを巻き取り口に運んだ。一口一口が小さいな、と思って口元を見ていると口角が少し上がった気がした。
「口座作ったは良いけど、何から手を付けたら良いか分からなくて、ヒナちゃん先生、教えてください!」
「先生って……。うーん、別に良いけど、人それぞれだし、目的にもよるからなぁ」
「細かいことは分からないけど、教えてくれるんですね!ありがとうございます!早速ですけど、今週末空いてますか?証券口座の画面見ながら教えて欲しいから、ウチに来てくれると嬉しいです」
結城さんの目がキラキラしている。これは断れないな。どんな部屋か興味あったし、丁度良いや。
「うん、大丈夫。場所もこの間モールから帰るとき送ったから分かるよ」
「はい、楽しみにしています!」
―――
――
―
そして迎えた週末、私は約束通りカレンの部屋までやってきた。カレンの部屋は小綺麗な1DKで、私の小汚い古びた女子寮とは大違いだ。これで社宅扱いで自己負担額は同じなんだから納得いかない。
家具はオレンジ色のカーテンにベッド、クッションと全体的に暖かみが感じられる。部屋の中心には茶色のカーペットとノートパソコンが乗った白いテーブルがある。今日はあれを使うのかな。
カレン自身はグレーのラフなパーカーにベージュのワイドパンツと控えめな恰好をしてるけど、カレン自身の華やかさがむしろ際立って全然地味に感じない。会社とは違い今日は赤く縁の太い眼鏡にセミロングの髪を二つ結びにまとめている。まるで結花姉さんが部屋着で眼鏡をかけてリラックスしているように見え、思わずドキリとしてしまった。ここに居るのは結花姉さんじゃなくてカレンなのにね。
「いらっしゃいルナちゃん。それ、この間私が選んだコーデ!着てくれて嬉しいな」
「カレンが選んでくれたものだし、せっかくそのカレンに会うんだしね」
カレンが満面の笑みを浮かべている。うん、カレンの部屋まで車で誰に見られる訳でもないし、相手は気心の許せるカレンだし、すっぴんにジャージで行こうとも思ったけど止めておいて良かったな。終わったらどこかにお出かけするかもしれないしね。
「ルナちゃん、じゃあ早速……」
カレンはリラックスを誘うクマの描かれた人を駄目にするクッションに腰かけてノートパソコンを開いた。私もカレンの隣に座ろうかな。あのオレンジ色のクッションを取りに行って、っと。
「ルナちゃん、何してるの?ルナちゃんはここ」
ん?どこ?指差しているのはカレンの脚なんだけど……。
「え?まさか膝の上?私重いかもよ?」
「心配してくれてありがとう。ルナちゃん小さいからそんなことないと思うけど、辛くなったら足を開くから間に座ってくれれば良いよ。涼しくなってきたからルナちゃんにくっつけば暖かいかなって」
いや心配した訳じゃなくて恥ずかしいんだけど。それに寒いなら暖房でも点ければ良いじゃない。女の子の友達同士ってこういうものなのかな。でも座らないと進まなさそうだし、ここには二人だけだし、カレン相手なら別に良いか。
「それじゃ、お言葉に甘えて。っと」
「うん、いらっしゃい。やっぱりルナちゃん細くて重くないね」
いつも胸のせいで太って見られるから細いなんて言われたの初めてだ。そんな嬉しさもつかの間、カレンの上に座ってることが想像以上に恥ずかしくて、部屋に入った時からしていたカレンの良い香りも強くなって頭がクラクラしてきた。さらにカレンは私の胸の下に腕を廻し、ヨッと私を自分の方へと抱き寄せた。
「ふゎっ!」
突然のことに私はバランスを崩してカレンにもたれ掛かってしまった。カレンはスリムだけど女性らしい柔らかさがあって、それが背中で感じられて心地良い。って、近い、近い!カレンの吐息や体温も感じて心臓がバクバクして張り裂けちゃう!
「ルナちゃん、顔真っ赤だけど大丈夫?風邪引いてるなら無理しないで良いよ」
「ううん、大丈夫・・・・・・」
「そう?なら良かった♪」
カレンのせいでしょ!私はこんなになってるのにどうしてカレンは澄まし顔していられるの!?私をぬいぐるみか何かだと思ってるのかな?何かしゃくだなぁ。
しばらくしてパソコンの起動が終わったのか、カレンが私から腕を離して操作を始めた。なぜだか名残惜しい気がしたけど、きっと私の胸を支えていたカレンの腕がなくなったからだな。まだドキドキしてるのは恥ずかしさが抜けてないからだな。うん、そうに決まってる。
「そう、これこれ。株式、投信、FX、債券、金銀プラチナ、
カレンの声が近い。落ち着かないけど今日はこれをレクチャーに来たんだから、ちゃんとしないとな。
「コホン、それぞれが何なのかをちゃんと説明すると日が暮れても終わらないし、何が大切か分からなくなっちゃうから、今日のところは所々をざっくりにかな。詳しくはカレンがもうちょっとレベルアップしてからにしようか」
「気を遣ってくれてありがとう。それでお願いしま~す」
カレンの細い腕がまた私の胸の下に廻された気がするけど、体勢が安定して丁度良い。さて、どうやって説明していこうかな。
「まずこれら全部に共通することがあってね、価格がコロコロ変わるの。一日一回とか時々刻々とかの違いはあるけどね。これを利用して安い時に買っておいて値上がってくれば資産価格が増える、これが基本中の基本ね」
「ふむふむ」
「株式っていうのは企業の所有権を小口に分けたもの。例えばウチの会社だと大体1千万株発行してるから、ウチの会社の所有権は1千万個に分割されてて、その一つ一つが株式ということね。だから、例えばその会社に利益が出れば会社の資産が増えて、それに合わせて所有権のお値段も上がる。これが株価の上昇ね」
「なるほど。じゃあ、株価が毎日コロコロ変わるのは毎日の会社の利益が反映されてるの?」
株価は利益とかの企業業績だけで決まるっていうよくある勘違いかな。
「ううん、それだけじゃないよ。上場している株は取引所で自由に売買できるんだけど、その時の値付けも自分でできるの」
「値付けを、自分で?」
「そう。コンビニとかスーパーでは値段をお店が決めてるからしっくりこないかもだけど、株の場合はそうなの。その株をいくらで買いたいって言う人と、いくらで売りたいっていう人の値付けのマッチングが最後にできたのが株価になるから、企業の利益とか資産価値とは直接的な関係は無いよ。値付けの理由は何でもよくて、業績はその一つに過ぎないの」
「そういうものなのか」
カレンは何だか納得していない様子だ。カレンの膝の上に座ってるせいで声でしか分からないけど。
「例えば、利益が出たことで会社の資産価値に対して株価が安くなったり、配当金がたんまり出るって期待で株を高値でも買いたい人が出て来れば株価は上がるけど、利益が出てても不祥事とかで株を買いたい人が出てこなければ株価は下がっちゃう。利益の発表の前に期待が先行して株価が既に上がっちゃって、いざ発表されると利益は出てるけど期待ほどじゃなくて株価がダダ下がり、なんてことは株あるあるの鉄板ネタ。株価の背後には期待と思惑の人間ドラマが隠れてるものなんだだよ」
「なるほど。でもルナちゃん、人間ドラマだなんて大げさなこと言うね~」
カレンが笑って私を抱えながら身体を左右に揺らす。慣性で頭がグワングワンするけど、ゆっくりだからこれはこれで楽しい。大げさ、か。傍目には笑い話かもしれないけど、生死を賭けた勝負をしている場合もあるんだぞ。大げさなもんか。
「ルナちゃん、株式は企業の所有権で、じゃあこの債券っていうのは?」
「債券は国とか企業にお金を貸した証書だね」
「国とか企業にお金を貸す?それって銀行のやることじゃないの?」
「お金を貸すのは銀行の専売特許じゃないから、銀行以外の人や組織がやっても良いんだよ。私がカレンにお金を貸しても良いのと同じだよ」
「そんなもんかぁ。ところでルナちゃん、この前社食で貸した昼食代いつ返してくれるの?」
「ぐっ、きょ、今日帰る時にでも……」
「ふ~ん?まぁ、私はいつでも良いけどね」
社食代は従業員証のカードで支払えるけど、従業員証も財布も忘れちゃったときにカレンに借りたんだよな。逃がさないという意思表示なのか、カレンの引き締めが少し強くなった気がする。しっかりしてるなぁ。
「えっと、債券の大きな特徴は、株とは違って満期があることだね。満期まで持っていれば利子を付けてお金が返ってくる。株と同じように途中で他の人に売ることもできるから、やっぱり期待と思惑の人間ドラマが展開される」
「あれ?いくらの利子が付くかは確定してるから、売る時の値段も確定してるんじゃないの?」
これも最初はそう思うよね。でも違うんだよなぁ。
「例えば1口100万円、年利1%、満期2年の債券をカレンが買ったとして、その1年後に1口100万円、年利5%、満期1年の債券がまた出たとするじゃない。するとこれから債券を買う人は、わざわざカレンの債券を残り1年の利子までつけて101万円で買おうなんて思わないわけよ。だからこの場合は満期前に売る場合はお安くしておかないと売れない。逆に年利0.5%の債券との比較だったら高くても買ってもらえる」
「言われてみると、そうだね。確かに」
「もちろん金利以外の要因も複雑に絡み合うからこんな簡単じゃないけどね。債券も価格が変動する、ってことだけ分かればまずは大丈夫」
カレンがウーンっと伸びをし、今度は右手で頭を撫でてきた。もちろん左手で私を抱えるのは忘れない。もうこれ完全にぬいぐるみだよね。カレンは会社では聞いたことがないような大きなため息をした。
「株も債券も何だか難しいね。何かもう、プロにお金だけ渡すから勝手に運用して増やしといて!って感じ」
「そういうのもあるよ」
「え!?どれどれ?」
カレンの喰いつきが良い。確かに字面だけだと楽してお金増えるみたいに聞こえるからね。
「この投信っていうの。投資信託の略ね」
「ああ、この間、株とか債券とかの福袋って言ってたものだね。年金で買ってるのもそれだって言ってたし、確かに年金はお金だけ渡して勝手に運用してもらってるね」
「そうそう。その福袋の中身の値動きに配当金や利子が加算されて、手数料が差し引かれたものが基準価額っていう数字になって、基準価額が上昇すれば資産が増えるっていう投資商品だね」
「でも、年金と同じだったら何か面白味に欠けるというか、せっかく証券口座開いた甲斐がないというかだね」
「そんなことないよ。自分で証券口座開いて買う場合は年金の時よりもずっと多くの選択肢があるし、年金とは違って途中で現金化もできるしね。残念ながらお金だけ丸投げして何でも良いから増やしといて、は、こういう普通の公募投信であるかは知らないけど、どこの国や地域だとか、株とか債券とかどの資産に投資するのかとか、女性活躍とか環境だとかのテーマとか、自分で気に入ったのを選べるよ」
「うーん、それはそれで選ぶのが大変そう。でも、プロが運用するならどれでも安心だよね」
「え?カレンそれ本気?」
思わず声を上げてしまったけど、まぁ、気持ちは分かる。驚いたのか頭を撫でていたカレンの手が止まってしまった。
「え?ルナちゃん、私何か変なこと言った?」
「変じゃないけど、危ない考え方だなって。相場全体が下がり調子だったらプロでも勝ちようが無いから当然資産は目減りするよ。もちろんそういう時にも儲かるようにと設計されている投信もあるけど、そういうのは相場全体が上がり調子の時には置いてけぼりにされるものだよ」
「う~ん、難しいなぁ。結局何をどうすれば良いの?」
それは目的で変わるし、常に突き詰めて適宜調整していくのが投資とか資産運用なんだけど、いきなり初心者のカレンにそれを言うのは厳しすぎるかな。
「一応、何も知らない初心者でも簡単に始められる方法もあるにはあるよ」
「そうなの?何々?」
「それは……」
突然グ~ッと特大の音がどこからか聞こえてきた。せっかく良いところだったのに、一体何だ?カレンが笑いを堪えてるのか小刻みに震えている。え?ひょっとして私のお腹の虫?しかもカレンに抱きしめられてる?ずっとこうだったの?自覚したら急に顔が熱くなってきた……。
「ふふ、ルナちゃん、わたしお腹も空いちゃったし、どこかご飯に行かない?」
「カ、カレンがそう言うなら仕方ないね。これからが面白かったのに、残念だなぁ」
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