第2話
そして迎えた週末、私は車で一時間のアウトレットパークに向かっていた。車に乗っているとスイスイと流れていく景色が楽しい。たっぷり満喫できるし、やっぱり少し遠いところを選んだ甲斐があったな。会社から距離があるから会社の人にも会わなさそうなのもプラスなところだよね。週末まで会社のこと考えたくないしね。
目的地に着いた私は早速レディスのファッションショップを巡り、気に入った服をいくつか試着した。冬物は体のラインが出にくいものが多くて素晴らしい。この土地は冬は厳しく寒いし、雪が降って通勤も辛くなるけど、それでも着るものに悩まされないのは嬉しい。次はあっちのお店も見てみようかな。何だか楽しくなってきたな。
「あ、ヒナちゃん先輩!こんなところで会うなんて奇遇ですね♪」
「うぇ!?」
突然声を掛けられて変なところから声が出てしまった。声の方を見ると結城さんがすっごいニコニコ顔で手を振っていた。恥ずかしくないのだろうか。私はちょっと恥ずかしいぞ。会社の人に会わないと決め込んでいたから心の準備ができてなかったけど、気心の許せる結城さんで助かった。
「結城さん、奇遇だね。こんなところでどうしたの?」
「冬物の準備ですね。コートを見てました。ここ良いですね。広くていろんなお店があって。居るだけでも楽しくなっちゃいます。ヒナちゃん先輩も冬支度ですか?」
「まぁ、そんなところ……。ここはたくさんお店あるから好きなんだよね。遠くても来ちゃうんだ」
「ですよね~」
半分は気分転換なんだけど、結城さんにはあんまり弱いところ見せられないしね。単に買い物にきただけということにしよう。
「ヒナちゃん先輩、こんなところで立ち話も何だし、せっかくだしどこかに入って少しお茶しませんか?」
「それもそうだね。ありがとう。ちょっと疲れてたし丁度良かったよ」
お一人様だとカフェには入りにくかったからこれは渡りに船。結城さんと会えたのはラッキーだったな。丁度前から気になっていたところがあったんだよね。私たちは大人のデザートをコンセプトとしたカフェに入ることにした。
「このお店、わたしも丁度気になってたんです」
「そう、それは丁度良かったね」
さて、クレープとドリンクはどれにしようかな。やっぱりお店の名前を冠したものが良いのかな。あ、でもクレープじゃなくて、お店の中暖かいしソフトクリームも良いな。結城さんはメニューを見ないで私の方を見てるけど、もう決めたのかな?
「ヒナちゃん先輩、突然なんですけど、今みたいにプライベートで会うときはルナちゃんって呼んでも良いですか?
「うぇ!?」
突然のことでまたしても変なところから声が出てしまった。この子はいきなり何を言っているんだ?それにしても"ルナちゃん"か。そう呼ばれるのは中学生以来だな。
「別に良いけど、結城さん、どうして?」
「ありがとう、じゃあ早速、ルナちゃん。だって、会社では"ヒナちゃん先輩"って呼んでるじゃない?だけどここは会社関係ないところだし、ただの同い年の友達として接したくなっちゃって。出会った場所が会社ってだけのね」
「あー、分かる分かる。確かにここは会社じゃないからね。会社と同じ感じだと気が張っちゃってリラックスなんてできないからね。呼び方変えると気分も変わるよね」
なんだ、この子も私と同じでプライベートと会社はなるべく分けたいんだな。会社でも相当砕けた態度だけど、この子もこの子で気を使ってたんだろう。会社の外では存分に同い年の友達として接したまえ。うん?結城さんはなぜかいたずらっぽい笑顔でこちらを見つめているけど、まだ何かあるのかな?
「だからルナちゃん、ルナちゃんもプライベートでわたしと会うときは"結城さん"なんてよそよそしい呼び方じゃなくて、下の名前か、何かあだ名でも付けて読んで欲しいな」
そう来たか。別に良いけど、私はネーミングセンスには自信があるぞ。
「じゃあ、
「ぷぷ、ふふふ……なぁにその呼び方?ふふ、お母さんみたいじゃない。別のにして?ぷぷ……」
あれ?大真面目だったのに笑われてしまった。まぁ楽しそうになってくれたし別に良いか。
「じゃ、じゃあ、カレン、で」
無難に下の名前にしてみたが、何でだろう。女子が名前で呼び合うなんて普通のことなのに、何で私はこんなに照れてるんだろう。
「ふふ、ルナちゃん顔真っ赤でかわいい。でも、ありがとう。これでわたしたち、会社の外では同い年の友達同士だね」
「何だか面と向かって言うと恥ずかしいね。カレン、カレン、あなたはカレン……」
「はいはい、カレンだよ~ルナちゃん♪」
私たちはそれぞれの呼び方を改め、ひとしきり笑い合ってから注文をした。私はカスタードクリームのクレープとお店の名を冠したラテ、カレンは小豆と抹茶のクレープとキャラメルマキアートだ。
「そう言えばカレンは良くここに来るの?」
「うぅん、今日が初めて。まだこの土地に来てから半年だし、まだまだ探検中、ってところかな。他にもこういうモールって結構あるの?」
カレン呼びは直ぐ慣れそうだけど、タメ口で話されるのはまだ慣れない。嫌じゃないけど何かムズ痒い感じがする。
「うーん、何か所か。探してみると色々あるよ。今度案内してあげようか?」
「ルナちゃんありがとう!楽しみにしてるね」
カレンはうわぁ、と言ってパッといつもよりも明るい顔になった。会社でもいつも明るく振る舞ってるけど、今はいつもよりも元気そうだな。表情豊かな美人って魅力的で羨ましい。まるで……。
何故か分からないけど、カレンを見ていると結花姉さんの顔が頭をよぎる。今はカレンと居るのに、何でだろう?私は意識を奪われていたのか、カレンが心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
「ルナちゃん、ぼーっとしてどうしたの?」
「いや、カレンの表情がコロコロ変わって可愛いなって、見とれてた」
本当のことを言うのも何だか失礼な気がしてとっさに取り繕ったけど、何だこの歯の浮くようなセリフは。これなら正直に話した方がマシだったかもしれない。
「あはは、ルナちゃん何それ。だけど、わたしは今でこそ自分の見た目を気にするようになったけど、大学に入ったばっかりの時は凄い地味だったんだよ。高校の頃は真面目っ子だったからあか抜けてなくてね。これ見て。高校の頃のわたし」
カレンにスマホを見せられた私は心臓がドクン、と大きく高鳴ったのを感じた。これがカレン?私は今のカレンの顔とスマホの中の美少女を何度も見比べた。髪の長さ自体は今と同じセミロングだけど、随分と印象が違う。確かに髪をダークブラウンに染めてウェーブをかけて、眉毛を整えてデカ目カラコンを入れて化粧を施したら今のカレンになりそうだ。だけどこのスマホの中の人物は、まるで高校時代の結花姉さんの生き写しだ。まさか本人?いや、でも制服が全然違う。
「ルナちゃん、どうしたの?そんなにわたしの変貌振りにビックリした?」
「いや、知り合いの高校時代にそっくりで、ビックリしちゃって。さっきボーっとしてたのも、実はカレンの顔見てたらその人のこと思い出しちゃって、何でだろうって思ってたんだ。お陰で謎が解けたよ。いや、ほんとにビックリした」
未だに心臓の高鳴りが収まらない。こんなことってあるんだ。そうか、思い返してみると人見知り気味な私が直ぐにカレンと気心知れるようになったのも、きっと無意識の内にカレンの奥に記憶の中の結花姉さんを見ていたからだったんだ。
「ふ~ん、不思議なこともあるんだね。その人、わたしのドッペルゲンガーかな?」
「私からしたら、カレンの方がドッペルゲンガーだよ」
「ふふ、安心して。わたしはその人じゃないけど、ちゃんと人間だよ」
そうこうしている内に注文の品が届いた。カレンの小豆と抹茶のクレープも美味しそうだ。後で一口交換しよう。そう言えば結花姉さんも洋菓子よりも和菓子が好きだったな。顔立ちだけじゃなくて好みも似ているのかな。
ハッ、いけないいけない、今は結花姉さんとじゃなくてカレンと一緒なんだ。ちゃんとカレンをカレンとして見てあげてなきゃ失礼だな。うん。
「あ、これ美味しい。やっぱりカスタードは正義だね」
「ルナちゃん、カスタードが好きなの?」
「うーん、どうかな。甘いもの全般、というより食べ物全般が好きかな」
「ふふ、ルナちゃんらしい。いつものお昼ごはんもでも残さず食べてるしね。好き嫌いしないでエラいエラい」
「恥ずかしいから子ども扱いしないで。カレンは和菓子風なクレープだけど、洋菓子より和菓子が好きなの?」
「どうかな。今日はそういう気分だっただけだよ」
「ふーん」
中身が全くない他愛のない会話が心地良い。こんな会話、真面目な結花姉さんとはすることほとんどなかったし、やっぱりカレンは全然違う、カレンはカレンだよ。当たり前だけど。うん。
「そう言えばルナちゃん、投資に興味あるの?」
ん?私、カレンに投資の話なんてしたことあったかな?
「どうしてそう思うの?」
「だってルナちゃん、この前のお昼休み、投資の雑誌を随分熱心に読んでたじゃない。それで、興味あるのかなぁって」
あの時カレンに見られてたのか。興味があったのは投資じゃなくて結花姉さんの記事だけなんだけどな。だけど投資に興味が無いかと言われると、忌まわしいことにそうでもない。私が答えに
「わたし、投資ってよく分からないんですよね。入社した時に確定拠出年金?みたいなのを説明されたけどチンプンカンプンで。何で減っちゃうかもしれないのにやんなきゃいけないんだろう。そもそも投資って何?運用って何?って。もしルナちゃんが詳しかったら教えてくれると嬉しいんだけどな」
どうしよう。カレンに教えること自体は簡単だけど、踏み切ることはとても難しい。私は中学生のときに短期的な相場に打ちのめされて、相場から逃げて、投資からも逃げ出して、結花姉さんから逃げて、逃げて、逃げて、10年かけてこんな山奥の研究所にまで逃げてきたんだ。そんな私でもカレンに投資を教えると、私自身がきっとまた投資をしたくなってしまうだろう。それは今までの生き方の否定になるのではないか?これは私にとっては大きな決断に思えるし、投資から距離を置く直前にした約束もある。
「ごめんカレン、ちょっと考えさせて。確かに私は投資に興味が無い訳じゃないよ。だけど、昔色々とあったから、自分と向き合う時間が欲しいの」
私は頭がクラクラしたような感覚に襲われた。たぶん顔を青ざめさせていたのだろう。カレンが心配そうな顔をしてこちらを見ている。。
「私こそごめんね、無理言っちゃって。ルナちゃんの気が向いたらで良いよ。無理しないでね」
いつの間にかクレープもドリンクも空になっていた。一口交換しようと思ってたのに、残念だったな。
その後私たちは解散し、私は真っ直ぐ帰ることにした。何だかんだで服は試着しただけで買い忘れちゃったから、一体何のために車で一時間のアウトレットパークまで行ったのか分からなくなってしまった。そのことに気づいたのは帰り道だったからもう後の祭りだ。
自宅の女子寮に向かいながら、私は昔のことを思い出していた。私が中学生でまだ投資と相場の世界に身を置いていた頃、結花姉さんにしごかれいたお姉さんとした約束だ。私はマネーゲームの失敗から逃げたくて、もう一生マネーゲームからだけじゃなく投資からも距離を置くと決め込んでいたけど、引き留めてきたから賭け事をすることにしたんだ。私のFX口座で何かの通貨を売るか買うかしてもらい、そもまま持ったままにする。それで私が投資をまたやろうと思った時に儲かっているか損しているか、という賭け事だ。儲かっていれば私の勝ちで投資の世界に復帰する、損していたら今度こそ一生投資からは距離を置く。
寮にたどり着く頃には10年振りにFX口座を確認する覚悟はできていた。これで儲かっていたらカレンに投資を教える。損していたら断る。この場合、私はどっちを期待すれば良いんだろう。
私は薄暗くなった自室に入り、明かりも点けずに意を決してログインすると――何と取引が行われた形跡がなかった。得も損もしていない、ドローだ。この場合ノーゲームと言った方が正しいか。どうしよう、一体どういうことか10年振りに連絡を取ろうかな。ううん、意味ないなそれは。
「そういうことか。自分のことは自分で決めろ、自分で責任を持て、ってことだね」
スマホのディスプレイだけが光る部屋で自然と独り言がこぼれた。口座を確認をするということはまた投資をやりたいと思っている何よりの証拠。私は背中を押してもらえることを期待していたのだろう。
私は口角を釣り上げ、カレンに投資について教える旨のメッセージを送った。リハビリには丁度良いだろう。
「良いじゃない。やってやろうじゃねえかよ!」
私はようやく部屋の明かりを点け、自分しか居ない部屋の中で意気込んだ。楽しみにしててね、カレン。
ちなみに後で隣の人からうるさいと苦情が来たのはご愛嬌だ。
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