3.Man

 真っ黒な空を窓から眺める。

 願いが叶うなら、彼女と共に暮らしたかった。しかし、あの時に勧誘を断っていたら、生活が困難になっていただろう。そして、あのかなしき惑星で殺されてしまうのだ。僕はそれでもいい、どっちにしろ未来は無かった。でも、彼女のことを考えると話は別である、心中なんてごめんだ。


 昔から機械をいじるのが好きだった。子供の頃は、旧時代のおもちゃを拾っては修理するのが好きだった。よく、母親に「もっと人と会話しなさい」って怒られたっけな。あの言葉は、僕の将来を見据えて言ったのだろう。そんな、幼き頃の姿は、今もこうやって、船内のスクリーンを修理している自分と重なる。


 午後7時。彼女は、今頃夜ご飯でも食べているのかな。地球の空は、もう暗闇の時刻だ。孤独に暮らしてなければ良いが、あの地域に人は……

 この声が聞こえなくても、この想いが伝わらなくても。僕は、彼女のことを想い続ける。そうしなければ、生きるのが辛くなる。


「お疲れ様、お前がきてくれて助かっているよ」

「どうもお疲れ様です、キャプテン」

 キャプテンというと若い印象のある言葉だが、彼は90歳に近い老人だ。とはいっても、あと30年くらいは生きれる年齢ではある。

「その紙なんです?」

 彼は、半分に折った少し厚めの紙を片手に持っていた。

「ああ、これ? シェイクスピアの演目……だよ。大好きなんだ。」

「シェ……シェイクス? 人の名前ですか?」

 キャプテンは、聴いたこともない人間の名前を発した。僕は、地方の出身にしては珍しく大学を出ている。そのレベルまでは、物事を知っているつもりだ。


「そうか、君らの世代じゃ誰も知らないよな」

「すみません、僕らの世代は書物しかありませんから……」

「わしらが生まれた時は、まだ情報が沢山あったんだよ……ウィリアム・シェイクスピア、1600年ごろの劇作家でね、君は演劇を知っているかい?」

「演劇……聞いたことないですね」

 平和だった頃の日本は知らない。人口も数えられないほどだったらしく、やることがない人間は、娯楽を行ったと聞いた。それを人類は「自由」と呼んだらしい。キャプテンは、直接の世代ではないにしても、祖父母が旧時代に生きていたはずだ。僕の知らないこともよく知っている。

「じゃあ映画は知っているかい?」

「あぁ! 映画は知っていますよ。えーっと、文明発達世代の産物ですよね、教科書で習いました。僕の彼女も小さい頃に観たことがあるって……」

「その映画を実際に人がやるようなものかな、それが演劇じゃよ」

 キャプテンの表情は優しかった。こちらを無知だと決めつける様子もなく、演劇のことを教えてくれた。

「その演劇の内容を示した紙をプログラムって言うんだ」

「でも、なんでそんなものを?」

「亡くなった妻がこの公演を大好きでね……それに釣られて、私もよく演劇を見に行ったものだよ」

 

「私はシェイクスピアのとある名言が好きでね」

 彼は真剣な顔つきで、こう言った。

「……Your soul is carried to the most suitable place with destiny」

 英語は、あまり得意ではない。キャプテンが私に何を伝えたいのか、答えが気になって問いかける。

「それ、どういう意味です?」

「ふふ、意味は……」

 その刹那、警報機が船内に鳴りはじめる。キャプテンは大慌てで、コックピットに戻っていった。

 船内のスクリーンでエネルギー残量を見た時、何となく悟っていた。


 時速12万キロのスピードで、我々人類はこの銀河を彷徨さまよっている。

 僕は、エンジニアだから知っている。最初から知っていた。この船には、帰りの動力が積まれていないことを。


 船内で呟いた。「Hello……」

 言霊は、空気になって消えた。

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