第2話 5月、ある日の取り出し授業

学校通訳の主な仕事の一つに、母学級での授業についていけない外国人の児童生徒を取り出して、別の教室で、母語日本語取り交ぜて、指導をする取り出し授業というものがあります。


小学校4年生から来日して中学校入学したペルー人男子生徒と、3月に来日したばかりでいきなり中学校に入学したコロンビア人男子生徒の取り出し授業を行いました。ペルー人の男の子は在日期間が長い分多少日本語が分かるのですが、勉強が好きではない。コロンビア人の男の子は、来日したばかりなので、平仮名ですら分からない所から教えます。これに、ちょっと曰く付きのチリ人「67キロ嬢」を入れて、最初は3人一緒に教えていました。教科書とは関係なく、例えば世界地理で、どこの国の首都がどこなのか?日本語があまりできなくても関係のないところからやってみたのですが、この3人は本国で数年間は小学校に通っていたはずなのに、答えられたのは母国の首都がどこか、のみです。米国の首都を聞けば、ニューヨークと答えるし、日本の首都を聞いても知らない、と言う。フランスや中国、オーストラリアなんかはもはや壊滅状態です。「これはね、日本語が分からないとしても、この先必要なことだからね。時間があったら、世界地図を見て、皆が知ってる国の首都位分かるようになろうね。」と話しましたが。。。。。。

更に困ったのが、コロンビア少年が、結構イケメンなのです。で、当然スペイン語が母国語でコミュニケーション取れるチリ人少女は、なんと彼に一目ぼれをしたらしく、コロンビア少年を黒板に出ていかせて、問題の解答を書かせていると、関係ないのに、67キロ嬢が黒板に出て行って、彼の腰に腕を回して、抱き着いた状態で、うっとり彼の板書を見てるんです!私は、「ここはそういうことをする場所ではありません!」と言って、次回からは3人を一緒に取り出すのを止めました。コロンビア少年は、とにかく教室にいても、一切授業が分からない上に、彼は割と学ぶのが好きなので、取り出し授業に来たいと抵抗しました。チリ人少女はイケメン少年と一緒に居たいので、やはり取り出し授業に来たいと、駄々をこねました。ペルー人少年は、勉強が嫌いですから、教室に居れば、「日本語分かんないし。」と言っていれば、好き勝手できます。が、取り出し授業に来ると勉強しなくちゃなりませんから、単独取り出しになって、取り出し授業の時間が3時間から1時間に減るのをこれ幸いと思ったようです。私としては、彼らの母国語での学習時間を減らすことに抵抗がありましたが、3人一緒では弊害が出てきましたから、致し方ない選択でした。


この3人のその後が又困りもので、ペルー人生徒は結局度々私に取り出し授業をされるのを嫌い、「母学級の授業が分かるので、取り出しは行きません。」と言い、ほとんど取り出しには来ませんでした。じゃあ、それで大丈夫なのね、と思うと実際授業の内容は全く分からず、高校進学もできなかったようです。頭に来たのはその母親で、後で周りのラテン系たちに、「うちの息子が高校進学できなかったのは、あの学校通訳が毎日中学校に来て、うちの息子を指導しなかったから。」と吹聴していたそうです。朝から晩まで仕事するのは良いですが、子供の教育を学校に丸投げして、自分は全然学校に関与せず、息子が中学でドロップアウトしたのは他人のせい。そうじゃないだろ!と突っ込みたいところですが、自分の落ち度を他人のせいにする人間はよくいますから、反論する気にもなりませんでした。最終的に息子の教育レベルの責任は親のものだと思います。

チリ人少女は、勉強は嫌いだけど、異性には興味深々というこれまた困った状態になってしまいました。おまけに両親が朝早く家を出て遅くまで帰らないという仕事の仕方で、栄養管理ができておらず、また衛生観念もなく、何日も入浴せず、また好きなものだけ食べて、という生活を続けたようです。その結果、周りの人間が顔をしかめるような、不潔さと肥満を呈し、止まらぬ食欲と親の監視が不行き届きなのを良い事に、遂に不登校となったようです。親は帰国させるから、とそのまま放置を決め込んだのですが、経済状態のせいか、そのまま数か月帰国もせず不登校の状態が続きました。彼女は従弟(小学生)に「学校に行きたい。」と時折ぼやいたようですが、結局そのままのようで、今はどうなってるのか分かりません。

コロンビア少年は、他の小学校で開催されてる国際教室にも行って、それなりに努力していたのです。が、あの東北震災の後で、突然母親が、「どうせ行ったって分からないのだから、学校を辞めさせます。」と言って、退学させてしまったそうです。残念ながら、外国籍児童生徒には就学の義務がないので、これを止める手立てはありません。私は、母親に会う時があって「そんなことをしたら、将来困ります!」と言って止めたのですが、母親は馬耳東風。辞めたって、15歳過ぎなきゃ就労もでいないのに。。。。。この母親自体が、早くに母親を亡くして、なんと10歳で小学校をドロップアウトしています。なんか自分の名前を書くのが精いっぱいのような人でした。

母国で義務教育をドロップアウトしても、ラテン系諸国はそういう人たちが多いので、真面目に働けばそれなりに食べるのには困らないかもしれません。が、日本でそれをやると、就職や結婚にあたっても不利なだけです。ましてやそう言う事が子供達にはその時点で到底理解できません。簡単に学校を辞めてしまって、親が元気なうちはプラプラしてても良いのですが、成長すると自分自身でお金を手に入れたくなるのは当然です。で、給料の良い職を探すのですが、そこで初めて自分の学歴が相当不利なことに気が付くのです。そして小中と学校に行ってて、高校行かなかった子に多いのですが、ある程度日本語が話せるので、「通訳ができる!」と思ってしまうのです。それで通訳の仕事を探すのですが、2つの言語が話せる事と通訳をするということは別物です。通訳の募集があっても、同じ募集に大卒の社会経験のある日本人が来たら、雇用される確率は非常に低くなります。でもその時点で彼らにそんな事は分からないようです。

他の中学校で、中学校3年生から、パソコンゲームにはまって不登校になり、(それも修学旅行だけは参加した、というツワモノ。)そのまま卒業させてもらえたペルー人生徒がいました。彼は電話で話したら、外国人と気が付かない程流暢に日本語が話せるので、やはり卒業したら、通訳で高い給料貰って、という考えがあったようです。が、義務教育も不十分なまま卒業し、運転免許もない彼に、そんな美味しい職はありません。(コンビニも外国人を雇う所は少ないようです。)遂に彼は困って、ハローワークに相談に来たようです。で、相談員に時給850円の工場労働(自宅から近い)を紹介されたら、「安いから嫌です。」とのたまったとか。。。。。。

ラテン系の子供達は、あまりにも自分の実力を過信しているので、本当に絶句します。

唯、そういうイタイ子供達ばかりではありません。親御さんたちが真面目で、小学校に入れた時点で、生活も成績も日本語が分からないながら、私達のような学校通訳を使って、子供を管理し、学校と連絡を取り合い、きちんと子供に向き合い、高校に進学させる人たちもたくさんいます。そういう家庭の子供たちは通訳になりたいと言う意思があれば、それなりの進学校や国際科のある高校を目指していきます。仕事も真面目で、面談も自ら来るペルー人のお父ちゃんは息子を叱咤激励し、とある公立高校の国際科に受からせました。他にも子供を小学校入学前に日本に連れてきたコロンビア人のお母さんは、大卒ながら、それに拘らず工場労働を始め、その傍ら、娘の世話をし、成績表が分からないと、私のところに持ってきて翻訳を依頼し、学校の三者面談も決して欠席せず、最終的には彼女の娘は私が目を見張るような遜色のない成績を上げるようになり、なんと市内で2番目に偏差値の高い進学校に入ったそうです。

結局は、日本でもそうですが、子供の未来は、親の在り方に帰するところが多いと思います。


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