第5話



コカトリスは妖艶な美女の姿に変身した。それは人間と見間違うほどの出来だ。この姿でコカトリスという魔物だと言ったとしても誰が信じるだろうか。

直接この目でコカトリスが変身する姿を見ていたオレも信じられないのだから。

それにしても、このコカトリスってば、やけに胸がでかくないか・・・?


「ふふんっ。妾の美しい姿に見とれておるようじゃのぉ。どれ、妾と子作りせぬか?」


呆然とコカトリスを見つめていると、コカトリスが妖艶な笑みを浮かべて近寄ってきた。


「えっ・・・あ、いや・・・。オレ、まだ見習い料理人なのであなたと子供を養えるだけの経済力がないので遠慮させていただきますぅ~~!!」


「そうか。残念じゃ。仕方が無い、そなたがその気になるまで、そなたについていくのじゃ。』


「へ?」


コカトリスは妖艶な笑みを浮かべながらそう言い放った。

オレは、コカトリスが言う意味がよくわからなくて、首を傾げる。


「じゃが、妾がここを離れると卵が心配じゃな・・・。無精卵とはいえ、妾が産んだ卵じゃ。他の者に奪われるのは気に食わぬ。この卵は、そなたに全部与えるのじゃ。ゆえにそなた、この卵を全て運び出すのじゃ。」


「え?」


コカトリスが巣を離れる?

何を言っているのだろうか。さっきから理解できない言葉のオンパレードでオレの頭は混乱している。

でも、この卵を全部オレにくれるってことだけはなんとなく理解した。

・・・くれるんだよな?

でも、卵は10個以上ある。一度に運び出せる量ではない。多くて3つ持てれば良い方だろうか。

三往復じゃ足りない。

誰かに運ぶのを手伝ってもらうか?でも、誰にだ?

同じ見習い仲間は死霊の谷までくることすら難しいだろう。


「リューニャ-!リューニャーー!!どこなのー!いたら返事しなさーい!!」


どうやってコカトリスの卵を運びだそうかと考えていると、オレを呼ぶ女性の声が聞こえてきた。

この声はシラネ様だろうか。


「ここだよー!」


オレはオレを探しているシラネ様に合図を送る。もう10分経ってしまったのか。

って、思わず普通に返事しちゃったけど、シラネ様。思いっきり叫びながらオレを探してるけど、自殺行為だよ。それ。

この洞窟内の魔物は気配に敏感なんだから。普通に歩いているだけでも奇襲される可能性が高いのに、大声を上げながら歩くだなんて、まるで魔物に狙ってくださいと言いながら歩いているようなものだ。


「あ、いたいた。よかった無事だったのねー。」


シラネ様はオレの姿を視界に入れると笑顔でこちらに手を振ってきた。

そして、シラネ様はオレの元へと駆け寄ってくる。


「・・・リューニャ。どういうこと?」


オレの元に駆け寄ってくるなり、シラネ様は急に笑顔から般若のような表情に豹変した。


「ぐえっ。シラネ様。おちついて・・・。」


襟首を掴みあげられて思わず変な声が出てしまった。っていうか、シラネ様、聖女なのになんでこんなに力があるのだろうか。


「落ち着いていられるわけがないでしょ!なんでこんな真っ裸のオバサンがリューニャのそばにいるのよ!?こんなところで二人で何をしてたのよっ!?」


シラネ様はそう叫ぶと、コカトリスをビシッと指さした。

オレはシラネ様の指に従うようにコカトリスの方に視線を動かす。

そうだった。コカトリスは人化したけれど、服は着ていなかったのだ。まあ、持っていなかったってのもあるとは思うが。

オレについてくるというのならば、全裸じゃ流石にまずいだろう。着替えが必要だな。


「なあ、シラネ様。こいつが着れるような服持ってないかな?」


「はあっ!?それより私の質問に答えなさいよ!」


「なんじゃ。このキンキンとうるさい女子は。まさか、リューニャのつがいではあるまいな?」


「えっ?シラネ様がオレのつがい?そんなことないでしょ。」


「ちょ、ちょっと。つ、つがいだなんて・・・。」


コカトリスのシラネ様とオレがつがいだという言葉にオレは呆れた声を上げた。どうして、シラネ様とオレがつがいだなんて思うんだろうか。

さっき会ったばかりのシラネ様がつがいなわけがないだろう。

シラネ様も憤慨しているのか、顔を真っ赤に染め上げている。そりゃそうだよな。

聖女ともあろうシラネ様が見習い料理人との関係を誤解されているのだ。怒りたくもなるだろう。


「ふむ。つがいではないのだな?」


コカトリスは確認するようにオレに尋ねてくる。オレは、深く頷いた。


「もちろん。オレなんかが、シラネ様のつがいじゃシラネ様が可哀想だ。」


「そうかそうか。良きことを聞いたのじゃ。では、リューニャのつがいは妾だけなのじゃな。」


コカトリスはそう言って嬉しそうに笑った。それを見た、シラネ様が額に青筋を浮かべる。


「ちょっと、どういうことなの?」


「えっと。その人・・・コカトリスなんだ。」


「は?」


シラネ様の表情が怖かったので、事実をそのまま告げる。だが、この女性がコカトリスだということが信じられないのはオレも理解している。

オレだって目の前で変化されなければ全く気がつかなかっただろう。


「リューニャ?頭でも打ったの?」


「いや、本当にコカトリスなんだ。さっきの赤色のコカトリスだ。」


「そうじゃ。妾はトリスというのじゃ。リューニャのつがいじゃ。」


コカトリス・・・もといトリスはそう言って満足そうな笑みを浮かべた。

まさか、コカトリスのつがいに認定されてしまうだなんて。想定外なんだけど。

でも、ま、いっか。

そのおかげで色つきコカトリスの卵が安全に手に入るのだから。


「あー、トリスこれからよろしくな。」


「うむ。」


「ちょっ!リューニャなんでコカトリスと仲良くなってるのよぉ~!ってかそのオバサンほんとにコカトリスなのぉ~~!!」


洞窟内にシラネ様の甲高い声がいつまでも反響していた。

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