第3話
ゲインッ。
コカトリスが洞窟の奥に進んでいくオレを追ってくる。そうして、入り組んでいる洞窟で、オレは陰になりそうな場所を見つけて息を潜める。
コカトリスが来るまであと少し。
息を潜めながらコカトリスがオレを探しに来るのを待つ。すぐに、コカトリスは姿を現した。
だが、オレが気配を絶っていることと、死角になるような場所に潜んでいることで、コカトリスはオレの姿に気がつかずに通り過ぎようとしていた。
オレはその瞬間をジッと待つ。コカトリスがオレに背を向ける瞬間を。
そうして、オレの前をコカトリスが通り過ぎた瞬間に、コカトリスの首にビー玉サイズの石を投げつけた。
思いっきりではなく軽くでいい。
ただ、コカトリスの首の後ろにある一点に当てるだけでいいのだ。
狙い通り、オレが放った石はコカトリスの首に命中した。
「クケッ・・・。」
コカトリスは一声鳴いて、地面にドサッと落ちた。どうやら気を失ったらしい。
「よしっ!」
実は魔物にはそれぞれ急所が存在する。その場所を刺激されると気を失ってしまうのだ。
その一撃は強くなくてもいい。軽くでもその場所を突くことができれば、魔物は一瞬で気を失ってしばらくは起きてこない。
その間にオレは魔物の素材をもらっているのだ。
オレはコカトリスが気を失ったことを確認すると、その場を後にする。早く女性を安全な場所に連れ出さなければならない。
そう思って踵を返したとき、驚愕する瞳でこちらを見つめている女性と目があった。
「あ、大丈夫だった?でも、こっちは洞窟の奥で危険がいっぱいだから外に向かった方がいいよ。」
怖がらせないようににっこりと笑って告げると、女性はヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
「びっくりしたわ。あなたなんでそんなに軽装なの?それになんで一撃で色つきのコカトリスを倒せるのかしら。規格外すぎるわ。」
「あー。まあ、オレは冒険者じゃなくて見習い料理人だから軽装なんだよ。あと、コカトリスの急所を狙ったから一撃で気絶させることができたんだ。でも、しばらくするとコカトリスが目を覚ましちゃうから早くここからでようね。」
オレが女性の質問に答えると、女性は先ほどよりも丸く目を見開いた。
「な、なんで見習い料理人なのに冒険者よりも強いのよっ!普通コカトリスに急所があることを知っていてもその場所を正確に狙える人なんてS級冒険者ですら難しいわよ!あなた一体何者なの!?」
「えっと・・・。オレは料理人見習いのリューニャです。王宮料理人になるのが夢です。」
何者と聞かれたので、一応名前を名乗ってみた。
だが、そうではなかったらしい。
「違うわよ!ただの見習い料理人がコカトリスの急所を狙えるはずないわ!」
「えっと。でもただの見習い料理人なので。それよりここを出た方がいいですよ。早く行きましょう。話はそれからってことで。」
早くしないとコカトリスが目を覚ましちゃうからね。
そのことに女性も気がついたのか「ハッ」とした目でこちらを見てきた。
「倒さないの?」
「倒せないので。」
女性の質問はなぜ倒せないかということだった。だからオレは正直に倒せないと回答しておいた。
だって、オレは冒険者じゃないし、見習い料理人だから倒せるような力も技術もないのだ。
「倒せないっ!?だって、コカトリスは気絶しているのよ!とどめを刺すくらい簡単じゃないの?」
「無理です。だって、オレ武器持ってないし。それに、魔物であれ血を見るのは苦手なんです。」
「でも、あなた一撃でコカトリス気絶させられたじゃない。」
「急所を狙えば力がなくとも気絶させられるので。」
「ふぅ・・・。わかったわ。コカトリスの討伐報酬は惜しいけど、倒せないなら仕方が無いわね。」
そう。コカトリスの討伐報酬はかなり良い。しかも色つきのコカトリスなので、一ヶ月は食うに困らないほどの報酬がもらえるはずだ。
でも、倒せないものは仕方が無い。
気絶している最中に、攻撃をしかけてコカトリスが目を覚ましてしまったら危険だしね。気絶している最中にコカトリスを仕留めようとしたら一撃必殺だ。
とてもじゃないけれど、オレの攻撃力でどうなるものではないのだ。
「あなたは倒さないんですか?コカトリス気絶してますよ?」
「無理よ。私は回復専門なの。コカトリスに有効な攻撃魔法は使えないわ。」
「そうですか。」
じゃあ、なんでこんな場所に一人でいたのかという疑問は残るが、ひとまずはコカトリスから距離をとるのが先決だ。
オレは女性を促して洞窟の外へと出た。
「お礼を言っていなかったわね。私は、シラネよ。一応聖女という肩書きを持っているわ。私のことはシラネ様と呼びなさい。」
洞窟から脱出すると、女性は落ち着いたのか自ら名のってきた。
やはり高度な回復魔法を連発できるだけあって、聖女という二つ名を持っていた。
聖女と言えば一国に一人、多くても二人くらいしかいない高レベルの冒険職だ。
となると、シラネ様という少女は少なくとも冒険者ランクはA以上なのだろう。
「オレは、リューニャ。先ほども言いましたが見習い料理人です。」
シラネ様が名乗ったのでオレも名乗ることにした。
っていうか、なんで様付けしなきゃなんないんだろうか。
見たところオレよりシラネ様の方が年下だと思うんだけど。
まあ、一国に一人か二人しかいない聖女職だから、それも仕方がないのかな。
「じゃあ。シラネ様。気をつけて帰ってください。オレはもう一度洞窟の中に入ってきますので。いくら聖女様でも一人でコカトリスと対峙するのは危ないですよ。」
ここに来た理由は色つきのコカトリスの卵を見つけることなのだ。シラネ様を街まで送り届けるのが仕事ではない。
なんたってオレは見習い料理人であって、シラネ様の護衛でもなければ、シラネ様のパーティ仲間でもないのだから。
これ以上シラネ様に付き合う必要もないだろう。
「ちょっ!ちょっと待ちなさいっ!私みたいな美貌の持ち主のいたいけな少女を助けたんだから、もっとこうなんかあるでしょ!助けた代わりにキスしろとか。オレの嫁になれ!とか。そういうのはないの!?」
シラネ様から離れようとしたら、急にギュッと腕を掴まれてそう叫ばれた。
いや、別に王宮料理人になる以外興味ないしなぁ。
確かにシラネ様は美しいとは思うけどさ。
真っ白く透き通るような肌に青い瞳は神秘的な印象を与えるし、輝くばかりの金色の髪も神々しく見える。でも、胸がなぁ。
オレはシラネ様の胸元に視線を移した。
まだ、発展途上なのかな。
「ちょっと!あなた今、失礼なこと考えたでしょ!!こう見えても私、16歳なんだから!まだこれから育つのよ!!」
そう言ってシラネ様は胸を反らせた。
そうすると、余計に胸がないことが強調されるんだけど。本人は気づいているのだろうか。
「うん。気をつけて帰ってね。」
まあ。シラネ様に興味ないし。
これ以上遅くなるわけにもいかないし、オレはシラネ様の制止を振り切って再度洞窟に潜っていった。
色つきのコカトリスがいたのだ。
その最奥にはコカトリスが大事に守っている卵があるはずなのだ。
「ちょっと!待ちなさいって!なんで勝てもしないコカトリスがいる洞窟に戻るわけ!?」
「なんでって言われても、色つきのコカトリスの卵が必要なんだよ。」
「はあ!?なんですって?」
コカトリスの卵を採りに行くとそうシラネ様に告げると、シラネ様は綺麗な眉を吊り上げた。
「コカトリスは大事に卵を守っているのよ!卵を奪われたコカトリスは激昂するわ。先ほどの比じゃないのよ。生きて帰れないわよ!」
どうやらシラネ様は言葉はキツいが会ったばかりのオレのことを心配してくれているらしい。
「でも、今日はプリンを作りたい気分だから。コカトリスの卵が必要なんだ。」
「へ?プリン?なんでプリンにコカトリスの卵っ!?そんな高級なプリン聞いたことも食べたこともないわ!というか、危険を冒してまでコカトリスの卵でプリンを作る人なんて聞いたことがないわよっ!!」
うーん。
やっぱりコカトリスの卵は入手困難だから、プリンにする人いないのかぁ。
美味しいんだけどなぁ。コカトリスのプリン。
一度食べたら危険を冒してでも卵を採りに行きたくなるほどのおいしさなんだけど。
「美味しいよ。コカトリスの卵で作ったプリン。他のプリンなんて食べれなくなるんだ。」
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