第2話

 冷たい風が頬を打つ。草木もまばらな大地には大小様々な岩が転がってはいるが生き物の姿は見えない。

 時折、グギャーッという魔物の鳴き声が聞こえてくるだけで辺りはとても静かなものだ。


 オレはコカトリスの卵を採取するために、マルメルーニャ王国内にある死霊の谷に来ている。色つきのコカトリスはこの死霊の谷でないと出現しないのだ。

 まあ、もっとも死霊の谷でも色つきのコカトリスに遭遇する確率は高くはないが。

 ちなみにマルメルーニャ王国というのはオレが住んでいる国の名前だ。

 オレはこのマルメルーニャ王国の王宮料理人になりたくて修行をしている。


『手間をかけずに美味しい料理を作る。』


 オレはその考えをこの国中に広めたいと思っている。そのためには、王宮料理人になって知名度をあげることが一番の近道だと考えている。


「んー。今日も死霊の谷は誰もいない、かぁ。ここには美味しいコカトリスの卵があるっていうのに、採取しにこないだなんてもったいないよなぁ。」


 オレは採取したコカトリスの卵を入れるために背中に袋を背負っている。この袋見た目とは違い中は異空間になっており、いくらでも物が入るので、とても重宝している。オレの愛用品だ。

 この袋を買おうとすると下手をすると王都に一軒家が建つほどの金額になってしまうくらい高価なものなのだ。

 それをなぜオレが持っているかって?

 それは簡単な話だ。この死霊の谷で手にいれたのだ。

 もともと死霊の谷では低確率でレアアイテムを入手することができる。主に死霊の谷の洞窟の最奥や切り立った崖の下などで見つかることが多い。

 ただ、洞窟には数多くの魔物が住んでいるため、最奥まで到達するのは至難の業だ。もちろん言うまでもなく切り立った崖の下に行くのだって危険がつきものだ。そのため、レアアイテムは高価になりがちだ。


 そんなレアアイテムである袋だけを持ったオレは軽装で死霊の谷にいる。なぜかって?軽装の方が動きやすいからな。


 オレはサクサクと歩き、ひとつの洞窟の前で立ち止まる。ここは、以前来たときに赤色のコカトリスが巣くっていた洞窟だ。

 そろそろ次の卵を産んでいる頃かもしれない。そう思ってオレはこの場所に来た。

そっと洞窟の中を伺う。

驚いたこたに、洞窟の中からは珍しく人間の気配がした。


「珍しい。こんなところにオレ以外の人間が来ているなんて。さては、色つきのコカトリスの卵が美味だと知ってやってきた冒険者かな。」


 オレは興味を持って洞窟の中にそっと足を進めた。

 洞窟の中にいるだろう冒険者と色つきのコカトリスに気づかれないように音を立てずに歩いていく。

 コカトリスは物音に敏感だからな。オレが下手に音を立てて洞窟の中にいる冒険者の邪魔をするわけにはいかないし。

 まあ、邪魔をしないために一番いいのはオレが洞窟の中に入らないことなんだけど、そこは勘弁して欲しい。だって、オレは気になって仕方がないのだ。この洞窟の中にいる冒険者が。冒険者がいるなんて珍しいしね。

どんな冒険者がいるのかとても気になる。


 しばらく洞窟の中を進んでいくと人間の気配が濃厚になった。もうすぐそこに冒険者がいるのだろう。

 でもおかしい。人間の気配はひとつだけだ。

 通常であれば、この死霊の谷はパーティを組んでくるようなところだ。

 オレは慣れているからいいけれども、通常であれば高レベルの魔物ばかりいる死霊の谷には一人で来るような冒険者はいない。一人でいるのは生存率を下げるからだ。

 少なくとも3人で来る場所なんだが・・・。

 その3人というのも現在一番の手練れだという冒険者が組んでいるパーティの人数だが。


「ひぃ・・・っ!く、来るなっ!!カーフ、カーフ・・・。」


 おや?どうやら様子がおかしいな。

 カーフというのは回復魔法の名前だ。その回復魔法を何度も唱えている。

 しかも、カーフというのは高度の回復魔法である。使えるのは冒険者の中でも聖職についている者だけだ。

 だが、聖職は回復力の高い魔法を使うのは得意だが、その分攻撃力は高くない。だから、このような場所に一人でいることはまずあり得ない。

 しかも、声からして女性のように思える。果たして聖職についている女性が一人で死霊の谷に来るだろうか。

 答えは否としか言えない。


 助けに行くべきか。いや、でもオレは冒険者ではなくて料理人見習いなんだ。

 料理人見習いに助けられる冒険者。助けられた相手はその屈辱で憤死しないだろうか。


 迷ったのは一瞬だった。


「カーフ・・・。カーフ・・・。そんなっ・・・もう、魔力が・・・。いや、いやよ・・・。こんなところで死にたくはないわ。」


 女性の魔力が枯渇してしまったらしい。それはそうだろう。高度な回復魔法を何発も連続で発動させたのだ。いくら魔力の量が多い人間とて魔力が枯渇してもおかしくはない。


 ここで死んでしまうくらいならば、オレが助けた方がマシだよな。近くにこの女性のパーティメンバーはいないみたいだし。

 もしかして、他のパーティメンバーは全滅したとかか・・・?


 嫌な考えが頭に浮かぶが、まずは女性を助けることに専念しよう。


 オレは女性に攻撃をしかけている魔物を視界に入れた。それは赤いコカトリスだった。

 色つきだ。きっとオレが以前みかけた色つきのコカトリスに間違えない。

 赤い色のコカトリスは通常よりも攻撃力に秀でている。これなら、低レベルの冒険者なら一撃であの世行きだ。

 目の前の女性はその攻撃を何回を受けているようなのでそれなりの高レベルの冒険者だと思われる。しかし、女性には色つきのコカトリスを倒すだけの攻撃力が備わっていない。


 オレは迷わずコカトリスの前に姿を現した。そうして、女性からオレへとコカトリスの注意を向けさせる。

「オレが相手だ。・・・あんたは逃げろ。」


 女性は突如沸いて出たオレに驚いて目を見張る。だが、逃げる気配はない。あまりの恐怖に腰を抜かしてしまっているのだろうか。

 だが、コカトリスも待っていてはくれなかった。視界にオレを認識すると、オレに向かって攻撃をしかけてくる。

 オレは女性から離れるようにコカトリスを誘導していく。すべての攻撃を避けながら。


「オレがこいつを引きつけるから、あんたはさっさと逃げろ。オレはこいつから逃げることはできても、倒すことはできない。だから、早く逃げろ。」


 オレは決して強くない。だって、料理人見習いだから。ただ、オレは相手の弱点をつくことが得意なだけだ。そして、逃げ足も普通の人よりは早いだけなのだ。

「あ・・・。あ・・・。」


 女性はオレの言葉を聞いて、一歩一歩後ずさる。そうして、岩場の影に隠れた。

 どうやら洞窟の外まで出るだけの体力がないらしい。仕方ない。あれだけ高度な回復魔法を連発していたのだ。きっと魔力の回復薬も切れてしまったのだろう。

 

 仕方ない。コカトリスを撒くか。


 コカトリスを撒くのはかなり大変だ。こいつ妙に気配に敏感だからなぁ。しかも、オレ以外の人間がいるし。あの女性は気配を消すのが得意そうには見えない。そうなると、あの女性からコカトリスを遠くまで引き離さなければならない。


 オレはコカトリスに向かって高くピィィィィッと口笛を鳴らした。

 コカトリスの目の色が黒から赤に染まる。これは、コカトリスの警戒心が高まった時におこる。つまり、コカトリスは今、オレに対して警戒心を更に高めたあ状態だ。これならば、コカトリスはオレ以外の存在を気にもとめないだろう。


「こっちだ。」


オレは低く呟くと、洞窟のさらに奥に進んでいく。もちろん、コカトリスはオレの後を追ってくる。嘴で攻撃をしかけながら。

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