招き猫のロリババアにつきまとわれて天狗のバーで働くことになった俺は雪女の恋の相談に乗ったりラブエネルギーを集める天使に殺されかけたりしながら片想いの女の子にアタックするのかしないのか!?
第23話 決戦は金曜日!ってことでもないけどイベントがスタートしていろんな人外が人間のフリをして店にやってきてもうてんてこまいで大変だ。
第23話 決戦は金曜日!ってことでもないけどイベントがスタートしていろんな人外が人間のフリをして店にやってきてもうてんてこまいで大変だ。
そして、ついに金曜日がやってきた。
出掛けようと準備をしていると、寝ぼけ眼のタマさんが、もぞもぞと布団から這い出してきた。
「はやいのぉ。まだ昼にもなっておらんぞ。どうしたのじゃ?」
「準備があるから早めに出るって言ったろ?」
靴紐をしばりながら答える。
「そうだったかのぉ。まあまて。儂も一緒に行くぞ」
意外だ。今日のイベントにはあまり興味なさそうな顔してたのに。
「まあ、大勢が集まるのは煩そうではあるがな。今日は色々ありそうな予感がするのでな。お主のためにもそばにいてやろうと思ってな」
フラフラ立ち上がったタマさんが手で顔を拭いながら玄関に歩いてくる。
色々ってなんだろう。まあタマさんは気まぐれだし、飽きたら部屋に帰って寝るだけだろうから好きにさせておこう。
猫耳少女とアパートを出る。夏がもうすぐそこに近づいているような陽気だ。
「うーむ、気持ちの良い天気じゃな。おい篤。少し散歩して行かぬか?」
日の光を浴びて目が覚めたようだ。タマさんは両手を天に向け、伸びをした。
「ちょっとならいいけど。あんまり長くは嫌だよ」
「むー相変わらずつれない男よのー。こんな美少女とお散歩出来るというのに」
「見た目は可愛くても婆さんじゃんか」
「むむ! なんということを! 儂、ちょっと傷ついたぞ」
「冗談だって。嬉しいよ。タマさんみたいな美少女と出歩けるんだから。照れてちょっと意地悪なこと言っちゃっただけだよ」
タマさんが本気で肩を落としたので、慌ててフォローする。
「そうか? ふふん。そうじゃろ。にゃはは。素直になれ」
簡単に機嫌を直したタマさん。
結構ちょろいんだ。
足取りも軽やかになった猫耳少女の後を歩く。
太陽は眩しく、空は高い。こんなに良い天気だと、ぶらぶら歩きたくなるタマさんの気持ちもわかる。
「最近はお主も表情が明るくなってきたの。初めてこうして散歩をしたときは下を向いて、ため息ばかりついていたがのぉ」
「そうだっけ?」
「うむ。前の職場で相当疲弊しておったのじゃろうな」
「まあね。今だって会社時代のことを思い出すと息が詰まるような気になるけどさ」
「辛いことは簡単に忘れられるわけでもないじゃろ。無理に忘れようとしないことじゃな」
あら。珍しい。過去のことはさっさと忘れろなんて言っていたのに。
「まあ、あれじゃ。儂のようなモノと人間とは考え方も違うからの」
「うん。でも、タマさん達みたいな常識外な存在に出会っちゃったら、落ち込んでいるどころじゃないってのもあるんだけどね」
「にゃはは。そんなもんよ。自分で自分の世界を決めつけていては世界は狭くなる一方じゃ。想像もできない奇妙奇天烈で刺激的な世界は、実はすぐ近くに広がっているのじゃ。常識なんてものは取っ払って、視野を広げ自分の目で世界を見る。それが幸せへの第一歩じゃな」
本当にタマさんの言う通りかもしれない。まさか妖や天使や神様なんかと知り合うとは思っていなかったし。でも、俺は別にたまたま人外と呼ばれるヒトに出会っただけで、もしタマさんと出会わなかったとしても、転職活動をして別の会社に入ったりすれば、そこで出会った人とまた違った世界を見ることができただろうし。
「うむ。そうじゃな。あの晩、死ななくて良かったのう」
本当にそうだ。会社を辞めたあの日は、何もかもが嫌になっていた。人生に絶望していた。
まさか、こんなに穏やかな気持ちになる日が来るなんて思いもしなかった。
「絶望は全てを暗くする。太陽すら疎ましく思える。しかし、希望があればどんな世界でも笑って生きていける。そういうもんじゃ」
そうかもしれない。希望ってほど未来を期待してはいないけど、会社で働いていた時よりもずっと心は軽い。それだけで、もしかしたら俺は幸せに近づいているのかもな。
「儂のおかげじゃろ?」
にゃはは、と目を細めてタマさんが笑った。
「……そうかもな」俺は素直に頷いた。
☆
店につき、カーテンをあけ、外の空気を入れる。こもった空気が洗い流されて心地の良い風が店内に吹き込む。元々は住居用の部屋なのでベランダの窓を開ければ空気はすぐに入れ替わる。
「お主のおかげでこの店もまともになったのぅ」
ソファ席にだらりと腰掛けたタマさんが店内を見渡した。
「元がひどかったからね。普通にしたら普通になっただけだけど」
本当はもっときちんと綺麗にしたいが、なかなかそこまで手は回らない。というか、俺が片付けても天さんがすぐ汚すからいたちごっこなのだ。
「その天狗の姿が見えぬが」
「ああ、多分家で準備してるんじゃないかな? なんかつまみを作って持ってくるって言ってたよ」
普段はナッツとか乾き物ばかりしか出さない店だけど、今日は天さんが腕によりをかけておつまみを作ってくるらしい。
「なるほど。それは楽しみじゃ。あやつも変に凝ってた時期があっての。漬物だの煮物だの、小洒落た洋風の芋料理なんかも作っておったぞ」
昔は天さんの料理も店の売りのひとつで、中々の人気だったらしい。どうして今は店で出さなくなったのか聞くと「飽きたからや」と、いつものあの屈託のない笑顔で言われた。
せっかく才能があっても継続できなきゃ仕方がない。ま、才能があっても自分が楽しくなければ意味がないのかもしれないけど。
カウンターをふきあげて、冷蔵庫のドリンクをチェックして、開店に備える。
タマさんはソファでゴロゴロしながら、時折、無駄話を挟んでくるだけで、特に手伝ってくれるわけではないが、まあ別に手伝いを期待してるわけではないし、放っておく。
しばらくすると、鉄扉が開かれた。
天さんが来たのかと思ったら、スタイルの良い金髪の女性だった。
「おう、ミカか。どうした、早いのぉ?」
「あらタマさん。ヤッホー。あっくんの手伝いに来たのよ」
「本当ですか?」
予想外の言葉だった。
「だって、神様連中が来るっていうんじゃ、あっくんと天さんだけじゃ大変そうじゃない。優里ちゃんが来るっていうならそばでラブエネルギーを集めたいし」
なるほど、自分の仕事も兼ねてか。でも、それでも手伝ってくれるのは嬉しい。長い金髪をなびかせて店内に入ると、カウンターの上に紙袋を置いた。
「これは?」
「差し入れ。私の世界で有名なお菓子。おいしいわよ」
「へー、ありがとうございます。あとで皆で頂きます」
「で、開店準備はどう? 何か手伝うことある?」
「そうですね。じゃ、ベランダをちょっと掃除してもらっていいですか? お客さんが多く来た時用にベランダにも席を作ったんですよ」
「おっけー。まかせてー。あ、そういえば。優里ちゃんの様子をチェックしてから来たんだけど、今日は朝からオシャレしてたわよー。大学でも同級生に『今日の優里いつもより大人っぽいね』なんて言われてたわ。なんでかしらね? あっくんに会うからおしゃれしてるのかしらね?」
なんて、含み笑いで情報を投げてくる。それを言われて俺はどうしたらいいんだ。
「ドキドキしたらいいじゃない。ラブエネルギーをいっぱい出してもらわないと困るもの」
ウインクを残してミカさんが上機嫌でベランダに出て行った。
「お、集まっとるな?」
しばらくすると天さんもやってきた。
「ほい。煮込み作って来たわー」
大きな寸胴鍋を両手で抱えている。結構な重量っぽいけど、よくその細腕で階段を登ってこれたな。
「鼻は折れてもオレは天狗やぞ。このくらいチョチョイのチョイやっ」
そう言って寸胴を持ち上げた天さんだが、
「ありょ、おわっ」
グラグラと足がもつれて転びそうになる。慌てて手を伸ばしてなんとか天さんを支える。
「気をつけてくださいよ。せっかく掃除したんですから」
「ワハハ。すまんすまん」
顔をくしゃくしゃにして笑う天さん。寸胴をカウンター裏のキッチンのコンロに置いて火にかける。
「味見するか?」
にまっと笑って蓋を開けると湯気と共にワインで煮込まれた牛肉の良い匂いが広がった。
「うわあ。美味しそうですね」
「せやろ」
小皿によそってもらい、ひとくち頬張る。
「んっま!!」
めちゃくちゃ美味かった。肉は柔らかく汁は濃厚だ。完全にシェフの味。すごい。ズボラな天さんが、こんな手間暇かかりそうな美味しいものを作ってくるなんて思いもしなかった。
「いやー。そんなに喜ばれると嬉しいわぁ」
横からタマさんとミカさんも顔を出して、それぞれ味見をさせてもらう。
「美味しい!」
「うむ。なかなかじゃ」
二人にも高評価をもらい天さんはますます上機嫌。
「さあ、ちょい早いけど開店や。お香、焚くで。今日は忙しくなる……と良いなぁ」
天さんはカウンターの脇からお香を取り出して火をつけた。
橙色の煙がゆらゆらと上り、古い本を開いた時のような、どこか懐かしい不思議な香りが店内に広がった。
このお香が開店の合図なのだ。人外のお客さん達はこの香りを頼りに店に来る。
「後輩ちゃんはいつくらいに来そうなん?」
スマホを見れば『八時には行けそうです』というラインが来ていた。あと二時間弱か。
「そかそか。早めの時間なら客も少なそうやな。あんまり遅いと煮込みも無くなってしまうからなー」
おたまで鍋をかき混ぜながら天さんが言った。確かにこんなに美味しいとすぐに無くなってしまいそうだ。
俺はスマホを取り出して早く来たほうがいいよ、と優里ちゃんにラインを送った。
「こんちわっす〜」
お香を焚いてすぐ、扉を開けてピンク髪のツインテールが顔をひょこっと覗かせた。
丸い眼鏡をかけた傘神様様だ。星柄模様の黄色いタイツにミニスカート。オーバーサイズのパーカーにごつい厚底のスニーカー。サブカル女子って感じが妙に似合っている。
「おう
「僕たちもいますよ」
「ちと早かったか?」
その後ろから座高計神と和式便所神もいる。ダボっとした半袖のボタンを一番上まで止めた座高計神はニットキャップを被り、片手にスケボーを持っている。和式便所神の方はスクエアタイプのサングラスにアロハシャツ。
それぞれスタイルが違うファッションなのが、なんだか笑える。こんな三人が揃って歩いていたら、何の集まりなのか想像できない。
「どうぞ入ってください。みなさん今日の服、いいですね」
「でしょー! 洋服ってのもなかなか良いもんだね」
傘神様が背負っていたリュックを下ろすと、中にはたくさんレコードが入っていた。
「藪坂っちの恋愛を応援するために、ロマンチックな選曲で来たから期待してにょー」
グーっと親指を突き立てて言うと、傘神様は特設のDJブースに向かった。まあ、カウンターの横に無理矢理ミキサーとターンテーブルをセッティングしただけなんだけど。
「じきに仲間もくると思うにょー」
機材のセッティングをしながら傘神様は白い歯を見せた。
いよいよイベント開始って感じになってきたな。
傘神様がヘッドホンを片耳に、レコードを回し始めた。
さあ、今日はどんな夜になるのだろう。
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